災厄のあと②
褐色の砂漠土に黒色が生まれる。
太陽が下がり、砂丘の裏に影が出てきた。ここまで日が落ちると気温も落ち着いてくる。
カレンは用があると言って部屋をでていったため、ユキは一人で外を眺めていた。残留針も抜かれ、自由に動けるようになったがそんな気分でもない。
コンコンと扉が叩かれる。
ユキが返事をすると、軍服のソフィアが部屋に入ってきた。艶やかな銀髪に夕日が映る。
「元気そうでよかった」
「はい、おかげさまで」
上半身を起こしていた彼女は背筋を伸ばした。この基地の実質的リーダーで今最も忙しい人物。
おおよその見当がつく。
「歩けるかしら? これから私の部屋にこない?」
断る理由がない。むしろ聞きたいことがあった。着替えようとするユキに、そのままで構わない、と薄手のカーディガンを羽織らせる。
「少し遠回りになるよ」
部屋から出ると襲撃の傷跡が視界に入った。シャッターの下りた廊下、壁のヒビ、ガレキ。爆発によって穴の開いた基地はシャッターで区画され外気と砂を防いでいる。
目立った損害は地上部だけで地下へ降りるといままでと変わらない無機質な廊下が残っていた。
部屋に向かう間、基地の現状やユキの体調など情報整理も兼ねて話をした。ソフィアはずっと温和な表情をしていた。
「エリザが泣いて心配していたわよ」
「本当ですか? 謝りにいかないと」
負けん気が強く、悪戯好きな彼女が泣いているところはイメージできない。特に後輩の前では気にも止めなかった風に装いそうだ。
「今日は自分の部屋にいるって言ってたから、絵描いてるのかしらね」
「そうですか」
ゲヴァルト隊だけでなくイエーガー隊も軟禁状態にあった。とはいえ、隊長は基地のリーダーでもあり、一人はつい先ほどまで意識不明。実質エリザだけが部屋で待機だった。
ソフィアの部屋の前に着く。
「はい、到着。入って」
カードキーをしまいながら背中越しに言った。白いテーブルとイスが二つ。生活感のない部屋だった。二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。
「さて、いきなりだけど何があったのか話してくれる?」
ソフィアの双眸が真直ぐ向けられる。
どこから話せばいいのか、どこまで話していいのか。迷うユキはその目を見ることが出来なかった。
「格納庫で何があったの?」
「それは――」
言葉を選びながら、メーアに拉致されたこと、ヴィクトリアで逃げたことを話した。メーアと自分、プロジェクトのことにはもちろん触れない。
ソフィアは柔らかい表情のまま、親身に話を聞いていた。
その赤い瞳は目の前の少女に焦点を合わせているが、その先の真実を見通すように深く澄んでいる。
「二機のヴィクトリアは?」
「初めて見るタイプのものでした。武装もリアユニットもユーアインでは見たことありません」
そのパイロット、ローとリリィと通信したことまでは言えなかった。
「格納庫にいた。レジスタンスの男は?」
「襲撃のリーダーのようでした。ベルさんがその手助けをしていたようです」
ソフィアは相槌を打った。防衛システムが作動しなかったこともヴィクトリアを強奪したことも頷ける。
「目的は?」
「よく分かりませんでした。宗教的というか」
プロジェクトについて話せないため曖昧にしか答えられなかった。
「頬のケガもそのとき?」
ユキは首を縦に振る。ソフィアは相槌を打ち、しばし考え込んだ。
「今回の襲撃は雌雄の羊っていうレジスタンスだったの、知っているかしら? けっこう有名なグループなのだけど」
呼吸が苦しくなった。
哀れむ眼差しと狂信的な儀式。あの時は状況を理解することで精一杯だったが自分がどんな立場に置かれていたか改めて思い知らされた。
腹の底から恐怖が湧き上がってくる。
「ユキちゃん、ごめんね」
「えっ?」
涙が頬を伝っていた。
手が震える。胸が締め付けられる。空気が肺に入っていかない。
ユキは目元を拭い、呼吸を整えた。
「だ、大丈夫です……すいません」
「ごめんね、辛いことを思い出させちゃったね」
「いや、違うんです。安心したというか……」
決して嘘ではない。身の安全を感じ、緊張の糸が切れてしまった。
まだ声は震えている。
それでも彼女は口を開いた。現実と向き合うために。
「それで、その雌雄の羊は何でこの基地を襲ってきたかは分かりましたか?」
彼女は姿勢を正した。赤い瞳に視線を向ける。
「もともと彼らは軍の非人道的な作戦や計画に反発しているグループなの――」
一呼吸。
「例えば、人体実験とかね」
ソフィアは鉄仮面を被ったように表情を変えなかった。
「それも有名な話ですか?」
「よくある噂話よ」
彼女の顔色を窺っても真意を探ることは出来ない。
ユキは思い出していた。
戦闘中の共鳴率は記録として残るというメーアの言葉。
今回は敵だったというリリィのソフィアに対する言葉。
そして今、ソフィアは失楽園プロジェクトの存在を示した。
彼女はプロジェクトの存在を知っている。
ユキは確信した。




