災厄のあと
目を開けると日の光が視界を埋め尽くした。
順応した瞳に映ったのは開かれたカーテンとはめ殺しの窓。太陽は最も高い位置にいる。
ユキは青いストライプ柄のガウンを着て、ベッドの上で丸くなっていた。
白いシーツに白い枕、白い布団カバー、人工的な無臭。
医務室だ。
「ユキ、目が覚めた?」
丸めた背中の方から聞こえた声に振り返ると、小首を傾げた女性が座っていた。サイドテールがパイロットスーツ越しに肩に乗っている。
「ナターシャさん……任務お疲れ様です」
彼女は優しく微笑む。釣られてユキも口元を緩めた。
「ナターシャさんっ!」
バサッと身を起こす。ゆっくりと思考が回復し始めた。
「私……基地は? メーアは?」
「大丈夫だよ――」
ユキの両肩に手を乗せた。
「大丈夫だから、落ち着いて」
そのままベッドに寝かせ、肩まで布団を掛ける。もう少し休みなさい、と微笑みかけた。
「基地は無事だったよ、地下の方はね。地上部は瓦礫の撤去をしてるところ」
そうですか、と相槌を打った。彼女の頭の片隅に爆撃機が迫っているという幼い声が残っている。
医務室が無事だったのは司令塔から離れていたからだった。
少しずつ記憶が整理されていく。
「私は……」
戦闘中にブラックアウトした。いや、ブラックアウトのような症状で気を失った。
「砂漠に落ちたところを救助されたのよ」
「黒椿はどうなりましたか?」
「回収して今は点検中」
被弾したのは交換可能なパーツのみ。試作品のアイゼンフリューゲルとツヴィリングは無理にしても本体の方はどうにかなるだろう。
「格納庫も銃撃戦で荒れちゃってその片付けもあるからね。みんな大忙しだよ」
彼女は努めて笑顔を作った。
「うーん、お腹空いてない? 何か飲む?」
「大丈夫です。任務終わりなのにすいません」
ナターシャが目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻る。
「あれからもう一週間たつのよ」
意味を理解するまで見つめ合ってしまった。
「そんなに寝てたんですね」
混乱した頭で捻り出した言葉。身なりは整えられ、関節や筋肉にもほとんど違和感がなかったため気付かなかった。意識して体を見回せば、左腕には留置針が刺さっていた。
「ずっと看病してくれてたんですか?」
「私は非常勤だよ」
いつもは別の人間がそこに座っていたらしい。
「基地の機能が回復するまで私達が基地防衛の担当だから」
本来防衛を担当するゲヴァルト隊は一名脱走し、現在二名。その二人も事実関係の確認をされているだろう。実験担当のイエーガー隊は一機中破。小隊として機能しているのはシルム隊だけだった。そうなるのは必然だ。
「それじゃ、誰が――」
ガラッと扉が開かれた。
「ナターシャ、お待たせ」
緩やかに波立った髪を揺らしズカズカ入ってくる。Tシャツにジーパンというラフな格好だった。
「カレンさん、ユキ起きましたよ」
「おー、やっと起きたか」
起き上がろうとするユキを、そのままでいいと手を上げて止める。
「ナターシャも忙しいところ悪かったな」
「私も様子を見にいこうと思っていましたから」
そう言って立ち上がると一礼して席を外した。ユキがお礼をいうと彼女は笑顔を残して扉を閉めた。
「カレンさん、ずっと看病してくれてたんですね」
先ほどまでナターシャが座っていた椅子に腰を下ろす。
「おう、それはそれは献身的に看病したもんだ」
ミュージカルのように大げさな身振りでその様子に表現する。冗談めかしているが、起きたときに体を思うように動かすことが出来たのは真摯な看病によるところは大きい。
思わず口元を緩めたユキの目に見覚えのある手の動きが映り、表情が固まる。コスプレさせられたときを思い出していた。
「体はどう? 痛くない?」
「えっ、あ、はい。ばっちりです」
体の痛みもないし、一週間も寝ていたので体調もよい。体も清潔に保たれていたので気分もよい。
「そうか、ストレッチも体拭くのも入念にやったかいがあった」
ユキは上半身を起こす。
「おかげさまですぐに復帰できます」
「まあ、そんな焦ることはないさ。機体だって整備中だし、休めるときに休んでおくもんだよ」
カレンの表情が一瞬曇った。ゲヴァルト隊のヴィクトリアは運用を禁止されている。隊員が脱走したため、疑いが晴れるまで軟禁状態なっていた。
ユキの視線に気づきニカッと笑う。
「私がこんなに尽くすことなんて滅多にないんだぞ」
自分で言うのもなんだが、と付け加えた。
「大丈夫ですよ。もう動けますし」
「まあまあ、そう言うな。もう少し看病させてくれ」
目元から笑顔が消えていた。自分の隊の人間がケガをさせた相手に対する謝罪とせめてもの罪滅ぼし。部下が軍に反逆したため毎日尋問され、他人の看病をする余裕などはないはずだ。それでもユキの体が正常に保たれているのは時間を作り頻繁にここにきていたからだった。
冗談めいて言っていたのも、いつもより少し明るく話すのもそれを隠すために努めているからだ。
ユキは言葉が見つからずにいた。
ベル、コードネーム・ヴァイスメーアが軍から離反したのはユキを連れ帰るためだった。そもそもの原因は自分にある。しかし、説明することができなかった。プロジェクトのことも自分の生い立ちも。
決してカレンに責任はない。その相手に謝られるのは罪悪感があった。
「そういうことだから、ゆっくりしたまえ」
「あ、あの――」
真実は話せない。それでもせめて看病された分のお礼はしたかった。
焦ったユキが導き出した答えは一つ。
「今度、その……こ、コスプレしますね」
虚を突かれたカレンは目を丸くしてポカンと口を開けていた。
思い切って話題を変えようとしたユキ。空気に湿っぽさは無くなったが、代わりの雰囲気も如何ともしがたいものだった。
「そうか――」
ネコ科のような目が輝き始める。ユキの両肩をガシッと掴んだ。
「あの楽しさが分かってくれたか」
「あ、いえ、そうではなく――」
「じゃあ、今度はナースコスにしよう」
「患者が看護師役ですか?」
「ワンピースタイプで色は白だな」
カレンは純白の白衣と黒髪のコントラストをイメージし何か満たされた顔をしていた。が、思案顔になる。
「白だと本物っぽ過ぎるな。ミニ丈と網タイツ、赤のメガネとパンプスで――」
「あ、あの具体的な内容はその時にしませんか?」
それもそうだな、と手を離した。頭が急冷され普段のテンションに戻る。
「そういえば、これコックピットの中に落ちてたぞ」
そう言ってベッドの横のナイトテーブルの引出しに手を伸ばす。
「これ……」
白鼈甲の簪。メーアにもらったものだった。
「ポニーテールはやめたのか?」
「いや、それは――」
言葉に詰まり目線が泳ぐ。
「とりあえず、一番上に入れておくぞ。ヘアゴムもそこに何個か入ってるから」
ユキは相槌を打つ。喉を上下させてから口を開いた。
「いろいろと面倒をかけてすいません」
事の発端は全て自分に起因する。
レジスタンスの襲撃、メーアの離反、それによって基地は半壊、関係者は尋問を受けることになった。
全て自分のせい。
「ん? 気にするなって」
カレンは看病のことだと思い、気にも止めずに返事をした。




