追撃戦④
「あれ、もしかしてブラックアウト?」
「違う」
ローが言った。
「侵食に耐え切れず気を失った」
結果的に気を失ったことに変わらない。
リリィは同じことだろうと文句を続けたが相手にされなかった。
「怪我していなければいいが……」
「このまま持って帰ろっか?」
砂に埋まりこのままではハッチを開けることも出来ない。
「リスクが高い。コックピットを開けて別々に運ぶ」
途中で意識を取り戻せば再び戦闘になる。中破したとはいえ黒椿はまだ戦える。
めんどくさいと呟くリリィ。お前のせいだと切って捨てるロー。
二機は高度を下げていった。
「そういえば、どっちがパイロット乗せるの?」
「お前だ。小さいからコックピットにスペースがあるだろ」
事実だが言い方が気に食わない。あてつけでもいいので反論したかった。
「途中で暴れだしたらどうするのさ」
「拘束するから問題ない」
影から逃げるようにスラスターに吹かれた砂が巻き上がる。
「他人事だと思って――」
二筋の閃光が足元を通り過ぎた。
咄嗟にスラスターの推力を上昇させなければ、そこは二機のコックピットがある位置だった。
「あっぶなっ!」
叫びながらその光の出所を睨む。
レーダーの外、最大望遠でもうっすらと黒い影が見えるだけだった。月明かりだけでは機体を識別することも出来ない。
「次が来る」
機体が見えなくても、それほど超長距離だからこそ正体がわかる。
「ヴァンパイアだ」
「ヴァンパイア? んじゃ今のはレールガン?」
黒椿からデータを受け取り、その位置情報から完全マニュアル操作で狙い撃ってきた。
「基地には爆撃機が向かってるんじゃなかったの?」
「既に撃墜したんだろ。ほら、もうこっちに向かっている」
フライトユニットを装備したフェンリルがフルスロットルで接近していた。その両手には手甲、腰には巨大な刀身をぶら下げている。
二機を黒椿から離そうと手甲に内蔵されたマシンガンを放った。
「あのフェンリルは、たしかルーンといったか」
武器を持たないローの代わりにリリィがライフルを撃ち返す。
「あ、エリザって人だ。近寄られたら終わりだよー」
「分かっている」
片腕を落とされた女騎士は常に視界の隅にヴァンパイアを入れながら回避、上昇していった。
いくら反応速度が高くともレールガンを避けるのは至難の業だ。やむなく黒椿から離れる。
エリザはユキに呼びかけ続けていた。
通信機能に問題はないが、一向に返事が来ることはなかった。
「無事でいてよね」
砂漠に横たわる黒椿を横目で確認し、敵機へと意識を集中させる。
敵は二機。
そのうち一機は片腕が無く、武装らしい武装はない。もう一機はリアユニットに損傷があるが、ダメージの程度は分からない。武装はライフルのみ。それに対してルーンは万全の状態で、後方にはレールガンが控えている。
不安要素は未知の機体であることだけだ。
ルーンは標的を定め、エリザはオープン回線を開いた。
「お前ら何者だ? レジスタンスじゃないだろ」
ライフルを構える女騎士に向かって接近していく。戦闘力を失った機体より残った戦闘力を削ぐ方を選んだ。
爪が月光を跳ね返す。
「答えるわけない、か」
リロードの隙に一息に肉薄した。二枚の爪が火花を散らしながら装甲を掠める。
「あっぶなー! もう、今日はこればっかりだ」
突然聞こえた子供の声にエリザは眉根を寄せた。マリアと同じくらいの年齢だろうか、その動きは天才と言われた彼女に引けを取らない。
「お前らの目的は何だ? ヴィクトリアの奪取か?」
「もくてき? 秘密だよ。ひ、み、つ」
縦横無尽に飛び回るリリィ。それに迫るエリザ。
「なら力づくで聞きだしてやる」
「ははっ、やれるものならやってみなよ」
ライフルを収めた女騎士の手首から短い直刀が現れる。接近戦に特化したルーンに白兵戦を挑む気だった。
ルーンのカメラ越しにエリザの目に闘志が宿る。
「上等だ、ガキが!」
爪と直刀が火花を散らせる。
感情的に戦う二人の横でローは撤退するタイミングを見計らっていた。
既にユキを連れ帰る方法がないことは分かっている。ユキ本人を連れ出そうにも、機体ごと連れ帰ろうにも天網がそれを許さない。
レールガンの射程にいる限り動きを止めることは死を意味する。
「リリィ、早く撤退するぞ」
「こいつを倒してからでも遅くないでしょ? ちょっと待っててよ」
交差するたびに散る火花。女騎士の装甲には引っかき傷が増えていた。
対するルーンは無傷のまま。確実にリリィを追い詰めていた。
「あまり調子に乗るな。この基地のパイロットはエース級か、それ以上だぞ」
「わかってるよ! もう少し待って」
ルーンの爪が女騎士の肩を剥いだ。バランスを崩した隙に腰に掛けた大剣を取り付け、振り上げる。
「うわっ! やっぱ前言撤回、早く逃げよ」
胸元を深くえぐられながら辛うじて致命傷を避けた。
一度上昇し、ライフルをパージする。
その先には隻腕の女騎士が待ち構えていた。
「最初からこうしていればよかったんだ」
ローは二機の間に割り込むようにライフルを放つ。弾幕を張るようにばら撒き、リリィからエリザを引き離した。
二つの光。
レールガンが二機の女騎士の眼前を通り過ぎて行った。
「――!」
その光から視界が回復したとき、リリィの目に映っていたのは大剣だった。
三日月を描くように振り下ろされた一撃は女騎士の頭、片腕、両足を切り落とした。
五つに切り裂かれた機体が砂漠へと吸い込まれる直前、ローの駆る女騎士が残骸の一つを掴み離脱を始める。
「全く、世話が焼けるな」
ルーンのマシンガンを避けながら、低空飛行のままスロットルを上げていく。レールガンの次弾装填までに射程外へと逃げるつもりだった。レーダーの外にいるネローザとの距離は分からないが、超低空で移動すればいずれは角度がなくなる。ルーンも無理な追撃はしてこないはずだ。
ハンドバックのように抱えられたリリィは声に出してため息を吐いた。
「ほんと、天網さんはやっかいだね」
「お前は調子に乗り過ぎるんだ」
はいはい、とやる気のない声で彼女は相槌を打った。運転手付きのリムジンにでも乗っているようにくつろいでいる。
「天網さん、今回は敵だったか」
残り火のような意識の中でユキが最後に聞いたのはリリィの声だった。




