ユーアイン・ユーラシア第十一開発基地③
ハッチのしまったコックピットの中は薄暗かった。そのおかげで各所で計器類が点滅している事が分かる。
ユキはシートに座り、これが自分の機体なのだと改めて実感していた。
それぞれの手を操縦桿に乗せる。
「……それで、私はなにすればイイノダロウ?」
シゲフミの怒号で慌ててコックピットに乗ったが、冷静になると疑問ばかりが浮かんでくる。
イニシャライズはどうすればいいのか、なぜ機体は黒かったのか、なぜ黒椿と呼ばれていたのか、特に指示はないのか。
何をしていいのか分からず、訓練学校のときの癖でヘルメットに手を伸ばす。
頭の上半分を覆い隠すようなヘルメットをシートの上から伸ばし装着した。視界が真っ暗になるが、すぐに格納庫内の映像が映る。視線や頭の動きに合わせて流れるように動く映像は、まるで自分の目が機体のカメラと繋がっているような錯覚すら覚えた。ただ、前方だけでなく後方まで見えるので、首があらぬ方向まで回っているようで慣れないうちは少し気持ち悪くなる。
格納庫を見回していると、映像が薄くなり文字が浮かび上がってきた。
「……何語!?」
日本語でも英語でもドイツ語でもない。何かを問いかけてきているようだったが、只々困惑するしかない。というのも、何を聞かれているか分からないだけでなく、返答すればいいのかどこかのスイッチを押せばいいのか、それすら分からない。ユキは無意識にソフィアの方に視線を送っていた。
助けを求める視線も機体の中からでは伝わらない。
不意に文字が変わり、映像が消えた。
「…………」
しばらく待ったが何の反応もない。
何か間違ったのかと思いヘルメットを外すと、ハッチが勝手に開いた。
イニシャライズの方法も分からないので一旦下に降りようとハッチに手を掛けた。勢いでコックピットに乗ってしまった手前、少し気恥ずかしい。
引き上げられた時とは違い、降りるのには時間がかかった。下で待つ四人の視線が痛い。きっとシゲフミさんに怒られるだろう、と気が重かった。
本人としては数十分かけて降りていたんじゃないかとような気分だったが、実際は五秒程度で降りることが出来た。
「ユッキーさん、イニシャライズお疲れ様であります」
最初に口を開いたのはベルだった。コックピットに乗ってヘルメットをかぶっただけのユキは口篭もる。
「ユキちゃん、イニシャライズはヘルメットを被るだけで自動的に行われるの」
「そういえばアタシも説明なしでいきなり乗せられたわ」
エリザは懐かしそうに語った。説明なしのイニシャライズもこの基地恒例のようだ。
「それよりもさ、名前はクロツバキでいいの? 色も、おやっさんが勝手に決めちゃったけど」
「えっ……」
一段落した安心感で言われるまで忘れていた。最初は驚いて言葉も出なかったこの漆黒の機体も今ではとても愛着がわいている。椿という花の名も日本らしいように思えた。
「黒椿、いい名前ですよね。この色も名前にぴったりです。それに、せっかく頂いた名前を捨てる訳にもいかないですし」
ユキはニコッと満面の笑みを浮かべる。そこにいた全員の頬が緩んだ。もちろん、シゲフミも例外ではない。
「だそうですよ、シゲフミさん」
フンッと顔を背けたが満更でもない顔をしている。それを誤魔化すように矢継早に話を進めようとした。
「で、武器はどうする? 訓練学校のときはライフルとショットガンを使っていたようだが、この機体じゃ二つは持てないぞ? まあ、作戦ごとに持ち替えればいいんだけどな」
「おやっさん、半年ほど前にその二つを合わせた武器が入っていたであります」
ユキの返答を待たずにベルが割って入る。
「あれか。ただ、あれを使うとなるとマガジンがな…両肩を付け替えるしかないな」
「それなら副兵装も付けるべきであります」
「そうだな。サイズの問題であまり選択肢はないが――」
「明日動かすなら早く換装しないと間に合わないであります」
「換装するパーツにも塗装しなきゃいかんしな」
シゲフミとベルの討論はパイロットを置いたまま、ゴール間近まで進んでいった。いや、討論だけでなく、相談しながら更に奥の方へと二人は進んで行ってしまった。
ユキに出来たのはその二人の背中に届くように精一杯大きな声で一言。
「あ、あの……よろしくお願いします」
ベルは振り返り大きく頷き、シゲフミは前を向いたまま右手を上げた。まかせろという事なのだろう。
二人が予備パーツの陰に隠れるまで見送ると、それを待っていたようにエリザが口を開く。
「試作品ばかりの機体になりそ」
「そ、そうかもしれないですね」
一抹の不安と大きな期待が胸を埋め尽くしていた。
ソフィアがパンッと手を鳴らす。
「さて、次は居住区にいきましょう」
はい、と返事をしてユキたちは彼女の後についていく。先ほど出てきたドアとは違うドアへ向かっていた。そのドアの先にはまた迷路が待っているのだろう。
そのドアに向かう途中、ユキの視界の端に見覚えのある箱が入ってきた。
真っ黒い一メートル四方のその物体。どこかで見たのだが、それが思い出せない。
特別気になるものではなかったので誰かに聞くわけでもなく、足を止めずに通り過ぎた。
「あ、リアユニットの事聞くの忘れてた」
格納庫を去る間際、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。




