ユーアイン・ユーラシア第十一開発基地②
白く明るい照明に照らされた廊下を並んで歩く。
「アライア大佐、これからどこに行くんですか?」
「とりあえず格納庫、そこにもうひとりの隊員がいるの。あと、ここでは階級はつけなくていいのよ」
ユキは返事が出来ずにいた。訓練学校で最初に習ったのは上官への言葉使いと体力作りであったが、配属初日に片方が不要になるとは思っていなかった。
ソフィアも新人のこの戸惑いに慣れた様子で説明を付け加える。
「さっきも私、アルビナさんって呼んでいたでしょ?」
「それは、そうですけど……」
「ここは少し特別なのよ。アルビナさんから聞いてないかしら? ユキちゃん」
「そういえば最初に言われました……って『ユキちゃん』!?」
思わず声を荒げてしまったのですぐに手で口を押さえた。
「あら、名前より苗字のほうがよかったかしら? カミチカって発音難しいの」
少し驚いた様子でユキの顔を見る。身長差のせいで覗き込むようになっていた。
「あ、いえ、問題はそこではなく――」
「たーいちょーう!」
説明をしようとするユキの声を吹き飛ばすほど大きい声が廊下の先から飛んできた。その後ろから声の主も走ってくる。
ライトを跳ねかえす艶やかな金色の髪。左右に揺れるその髪の隙間から青い瞳が見える。
「隊長、その子ですか?」
すかさずユキは自己紹介をした。相変わらず言葉足らずのところがあったが、先ほどよりは上手くできた。
「アタシはエリザ・マーレイ。イエーガー隊所属、階級は少尉」
よろしく、と握手を交わす。
「エリザ、格納庫で待ってるって言ってなかったかしら?」
「隊長が遅いので迎えにきました」
ビシっと敬礼。スフィアはあらそう、と一言残して廊下を進んで行く。
基地の廊下は入り組んでいて迷路のようだった。防衛上の理由から曲がり角が多い造りになっている。角が多いことで防衛ラインを複数設けることが可能になり、更に方向感覚を狂わすらしい。ただ、それは基地の新人も例外ではない。
「ユキちゃん、迷子にならないように気を付けてね」
「新人は例外なく迷子になるから。本当に」
二人とも真面目な顔だったので冗談でないことはすぐに分かった。
「き、気をつけます」
「マリアなんて大泣きして大変だったんだから」
エリザは肩を竦め思い出し笑いをしていた。スフィアも思い出したようで口元を緩める。
「たしか、そのときはナターシャが見つけたのよね」
「それ以来マリアはナターシャにべったり」
ユキの知らない名前が次から次に出てきた。そんな彼女にも分かるようにスフィアが言う。
「マリアとナターシャはシルム隊で、今日は任務だからここにいないのよ」
「いま基地にいるのは私達だけなんですか?」
この問いにはエリザが答えた。
「ゲヴァルト隊がいるわよ。たぶん基地まわってるうちに会うわ」
ユキが相槌を打ち、角を曲がると突然視界が広がった。
「ここが格納庫」
そこはドームのような大空間だった。ヴィクトリアが壁際に三体、中央に三体、その裏と反対側の壁に空のカタパルトが三台ずつ並んでいる。その奥にはヴィクトリアの交換用パーツ、武器などがケースに収められていた。様々な場所でオレンジ色の作業着を着たメカニック班が作業をしている。
息を飲むユキの元へ黒いパイロットスーツに身を包んだ女性が近づいてきた。
前髪をカチューシャで上げ、細い黒縁メガネをかけている。小柄のユキと変わらない背丈の彼女はメカニックと何か打ち合わせをしていたようで、片手に分厚い書類を持っていた。
「ユキ・カミチカさんでありますね?」
丁寧な言葉使いだが、その口調はとても軽い。
「ユッキーでいいですありますか? それともカミッチとか?」
彼女はぐいぐいとユキに更に近づく。
「え? あの――」
「あ、それともユキちゃんとかのほうがいいでありますか?」
質問の連続に返答する隙もない。ソフィアはその光景を温かい目で見守っていたが、エリザが見かねて二人の間に入った。
「ベル、少し落ち着け」
両肩を押さえ一歩下がらせる。ベルと呼ばれた彼女もそれで我に返ったようで、一呼吸してから再びユキに話しかけた。
「これは失礼しました。ゲヴァルト隊所属ベル・フランケルであります。階級は曹長です」
「ユ――」
自己紹介する合間もない。
「ユッキーさん、これからイニシャライズでありますね。ヴィクトリアの方の準備は既に完了していますよ。そういえば、ユッキーさんは訓練学校でもHF-455だったらしいですね。特機や試作のリアユニットを除けば最速の機体で――」
「べ、ベル?」
エリザの助言の効果が切れた。
「実際に動かすのは明日になりますけど、楽しみでありますね。あ、立ち会いよろしいですか?その前におやっさんを呼ばないと――」
「ベル、少し落ち着きなさい」
今度はスフィアが間に入った。柔らかい言い方であったが、この基地ナンバーツーの制止は効果絶大で、ユキを押し倒さんばかりの勢いを完全に止めることが出来ていた。
これは失礼しました、とベルは照れ笑いを浮かべている。
「では、おやっさんを呼んで参ります。ユッキーさんは先に機体のほうに向かってください」
敬礼をしてから走り去っていった。それを見送り、ユキはソフィアのほうに体を向ける。
「おやっさんというのはメカニックの方ですか?」
「そうよ。格納庫のリーダーってとこかしらね」
ソフィアを先頭にユキのヴィクトリアの下へと向かう。隊ごとに配置が決まっており、イエーガー隊は壁際の一列だった。彼女の機体は最も奥に配置されている。
歩を進め、一体目の機体の前まで行くとエリザが先頭のソフィアを追い越した。そして、これを見ろと言わんばかりに大きな動きを付けて紹介を始める。
「ちなみにこれがアタシの機体、ルーンよ」
ヴィクトリアの基本モデルであるHS-300シリーズの機体だった。地上戦をメインにリアユニットによっては空中戦も可能な万能型である。騎士の身に着ける甲冑のようなフォルムをし、肩や脚にはスラスターが設けられている。機体の背中に付いているリアユニットは高機動・飛行可能なフライトタイプであった。二枚の翼に二基のフラットスラスター、そこから全方位可動式のスラスターが伸びている。左右の腰にはライフルとマガジンが掛けられていた。
リアユニットや腰部のパーツの組み合わせは複数あるが、訓練学校ではこのシリーズをフェンリルと呼んでいた。
「フェンリルとは違うんですか?」
何の気なしに疑問を口にしたせいでエリザの目は吊り上がった。彼女の人差し指がユキの鼻先にまで迫る。
「フェンリルの『ルーン』なの! 分かる? あんたは日本人の『ユキ』でしょ?」
最後の例で何が言いたいかを概ね理解することができた。フェンリルは分類上の名称であり、個体を示すわけではないということだ。ただ、機体に名前を付けるなんて聞いたことがない。
二人の横で笑顔のままのソフィアが説明を添える。
「イエーガー隊は自分の機体に名前を付けているの。試作型を装備することが多いから。ユキちゃんも考えておいてね」
ソフィアの話がひと段落するのを待っていたエリザが被り気味に口を開く。
「それに、あの爪は試作品だからルーンにしかないわよ」
エリザの言う爪とはルーンの両腕についている接近戦用の武器で、その名の通り鉤爪状の三枚刃のことだった。刃は収納可能で、間にはマシンガンの銃口が二つ突出している。彼女のお気に入りで、自慢の武器だった。
ベルほどではないがパイロットとして機体や武器には人並み以上に興味があるユキは、これから会う自分の機体の武器はどんなものかとときめいていた。
エリザの機体の前を通り過ぎ、ソフィアの機体の前まで来るとその足が止まる。
「これ、特機ですか?」
見たことのないヴィクトリアがそこにはあった。
「X-00Gヴァンパイアよ。私はネローザって呼んでいるの」
フェンリルよりも重厚な四肢を持ち、背中には蝙蝠のような翼が折り畳まれている。その翼で包むように大型ライフルを二丁装備していた。猟銃を更に狙撃用にカスタマイズしたような無骨な造り。パイロットの柔らかい雰囲気とは真逆の機体であった。
「ソフィアさんの印象と真逆の機体ですね」
スフィアは目を見開いて驚いていた。思ったことをそのまま口にしたのは失敗かと思ったが、彼女の表情はすぐに笑顔に戻った。ただ、今回の笑顔は子供の用に無邪気な笑顔のように見える。
「ふふ、ありがとう」
感謝された理由は分からなかったが、ユキは相槌を打った。
そしていよいよ自分の機体とのご対面だった。特機に目を奪われていたせいでここまで自分の機体の全貌を見ずにいた。
「これが、私の機体?」
その声は驚きで満たされていた。配備されることになっていたHF-455は機動性に特化したヴィクトリア、通称ユニコーンに両腰の三連スラスター、ルーンと同じフライトユニットを装備した機体のはずだった。
しかし、実際に配備されたリアユニットは見たことのないものだった。
ツバメのような翼。もちろんそこには羽毛ではなくスラスターが複数搭載されている。その上、色は黒。まるで星のない夜空のような青味を含んだ漆黒色だった。
本来、ユニコーンに限らず量産機はどれもライトグレーに青や白のラインが入っている。例外は訓練学校で使用していた黄色のラインくらいだ。
「ツバメみたいですね」
「ツバメみたいね」
「ツバメかしらね」
黒いユニコーンを見上げるようにして三人は言葉を探していた。ユキも楽しみにしていた自分の機体を前に嬉しくないはずはないのだが、驚きが勝っていた。
その三人のもとへ先ほどの身軽な声が届く。
「お待たせ致しました。おやっさんの登場であります」
ベルが敬礼をしていた。その後ろには不機嫌そうに眉間にしわを寄せる男が立っていた。男の割に身長が低く、筋骨隆々とした年配の男。遺伝か加齢によるものか分からない真っ白な髪が刈り上げられ、その体つきに勝るとも劣らない屈強な面構えをしていた。
ユキは少し委縮していた。
「お前が新入りか? 俺はシゲフミ・モリオカだ。ここの機体は俺が面倒を見ている」
書類を片手に胸を張るシゲフミの姿はメカニックというより将軍という肩書のほうがよく似合う。
ユキは上擦った声で自己紹介をした。同郷ということで話が盛り上がるかと思ったがほとんど無反応だった。むしろ、早く済ませて他の仕事をしようとしているようだった。
彼の姿を見ていたソフィアがユキの耳元で囁く。
「気を悪くしないでね。無愛想だけど根はいいひとよ」
本当ですか、と小声で話すユキに怒号が飛ぶ。
「はやく黒椿に乗り込め。個体認証するんだろ」
懐かしい日本語に彼女はビクッと背を正した。
「は、はい。よろしくお願いします」
コックピットから伸びるワイヤーに脚を掛け、引き上げられていく。
それを見送るエリザがシゲフミに声を掛けた。
「おやっさん、クロツバキってこの機体のこと?」
「それ以外に何がある。かっこいい名前だろ?」
鼻を鳴らし、どうだと言わんばかりの顔をしている。特機でもないユニコーンが既に黒く染められていたのは彼の仕業だった。おそらく名前に合わせた色にしたのだろう。自慢の一品を紹介する匠のような口ぶりにぐうの音もでない。
その横にいたベルがエリザの言いたかったことも含めて口を開く。
「勝手に機体を改造してはダメでありますよ。色も名前もパイロットに決定権があるんですから」
「わかってるよ。だが、あいつだって黒椿と聞いて納得してただろ?」
シゲフミを除く三人が顔を合わせた。
しばしの静寂。
「いや、納得しておりませんでした。」
「というか、気づいてなかったんじゃない?」
「ユキちゃん、怖がっていたもの」
三人に言われ、さすがの強面も少し縮こまった。
「それよりもシゲフミさん――」
ソフィアが彼の持つ書類を指差す。
「それ、イニシャライズの説明書ではないの?」
シゲフミの視線が書類を向いたまま動かなくなった。が、すぐに近くの台車に書類を置き、何事もなかったように手をヒラヒラとさせた。
「ま、こんなのいらないだろ。自分の直感の方がよっぽど役に立つというもんだ」
これにはソフィアも呆れ、開いた口が塞がらなかった。




