ユーアイン・ユーラシア第十一開発基地①
無窓の部屋。
本棚に並べられた分厚いロシア語の本。
壁に飾られた時計と絵画、数々の勲章。
応接のための革張りのソファとローテーブル。
この部屋の主が使っているデスク。
神近幸はそのデスクの前で直立不動の姿勢をとっていた。軍服が似合わないまだ幼さの残る顔立ち。線は細く、腰まで伸びた黒髪を後ろで一つに束ねている。
「ゆ、ユキ・カミチカ、です。ほ、本日より、よろしくお願いします」
呂律の回らないたどたどしい自己紹介。そのうえ言葉も足りていない。
「そう緊張するな。多少の失礼は笑って流すくらいの器量はあるぞ」
笑みを含んだ声。その声はこの部屋の持ち主のものであった。彼女はユキの前に座り、デスクに肘をついている。
「私はアルビナ・グリンコフ。ここユーラシア第十一開発基地の司令官だ。階級は中将。まあ、実際はただのまとめ役といったところだが」
ユキと同じように髪を一つにまとめているが、その色は薄い金。相手を委縮させる鋭い目付きをしている。ただ、右目は眼帯で隠されていた。
軍服を纏った彼女は冷厳さを漂わせている。
「ユキ・カミチカ軍曹、ここは少し特別な場所だ。ユーアインという軍隊の中にありながら、かなり独立している。というか、厄介払いされた人材の集まりだ」
ユキは緊張でひきつった顔のまま話を聞いていた。
「それ故にこの戦争の様々な側面を君に示すだろう。君がそれに対して何を感じ、どうすることが良いと考えるのか。悩み苦しむと思うが、ぜひ答えを導き出してほしい」
芯のある強い声。決して大きな声では無いが、体に響く。
「は、はいっ」
アルビナが何を言いたいか、少し考えたが分からず一拍おいて返事をした。
そのユキの困惑を読み取り、フッと笑みをこぼしてから口を開く。
「それから、これが君の身分証兼カードキーだ。常に持ち歩いておけ」
ユキは返事をしてからそれを受け取った。記されている自分の顔写真、名前、階級、所属を確認し視線をアルビナに戻した。
彼女は胸ポケットから自分の身分証を半分ほど出している。ここに閉まっておけということだった。
ユキがそれに従ったところで、ドアをノックする音がした。
「ソフィアか? 入れ」
「失礼します」
アルビナに促されドアを開けたのは一人の女性だった。肩まで伸びた銀髪にルビーのような赤い瞳をしている。少し下がった目尻と柔らかい表情をした彼女はユキを一度見てから横に並んだ。
「彼女が新しい仲間ですか?」
「ユキ・カミチカ軍曹だ。訓練学校をかなり優秀な成績で卒業しているぞ。まあ、あがり症のようだがな」
アルビナの紹介に続けてユキが名乗る。先ほどのように言葉足らずでぎこちない自己紹介。そんな様子にソフィアは口に手を当ててクスクスと笑っていた。
「ほんと緊張しているのね。私はソフィア・アライア、イエーガー隊の隊長。階級は大佐よ」
にっこりとほほ笑み、手を差し出す。ユキはそれが握手だと気が付きあわててその手を握った。両手で。
それを見ていたアルビナが横から口を出す。
「彼女はこの基地運営の実質的リーダーだ。怒ると怖いから気をつけろ」
「アルビナさん、変な紹介はやめてください。ここのリーダーはあなたでしょうに」
怒ると怖いという点は否定しないのか、とユキは心の中で呟いた。
ふたりに年齢差はあったが、まるで友達のようなやりとりだった。この基地が少し特別な場所だと言っていたのはこういうことなのか、とユキは漠然と考えていた。
アルビナの視線がユキに向けられる。
「言い忘れてたが、お前はイエーガー隊だ。ソフィアが直属の上官になる」
「よろしくね」
「ご、ご指導よろしくお願いします」
ピシっと敬礼。
「とりあえず入隊の手続きはこれで終わりだ。あとのことはソフィアに聞いてくれ」
バトンタッチといった感じで右手を上げる。
「はい。では、恒例の基地案内に行って参ります」
バトンを受けたソフィアが敬礼し、部屋を後にした。それに続いてユキも敬礼、失礼しました、と部屋を出ようとした。
そこで声が掛かる。
「ユキ軍曹、さっきの話のつづきだが、答えが見つかったときは報告してくれ」
ユキは返事をしてから部屋を出た。




