人型兵器ヴィクトリア
プロローグ
その教室では三十人の生徒が席に着いていた。その前では彼女らの視線を一身に浴びる年配の女性が立っていた。鋭い目つきとへの字に曲がった口元で一見して生真面目な性格だと分かる。空気が張りつめているのは新入生最初の講義だからではない。この後行われるだろう恒例行事に恐怖しているからだ。ある種の都市伝説。いつの間にか耳にした噂。卒業生は悪代官の吊るし責めと呼んでいる。
悪代官、もとい講師が口を開く。
「では、神近幸さん――」
名前を呼ばれた少女は息を飲んだ。その耳には周囲の胸をなで下ろす音が聞こえてくる。
「立って、リーゼに付いて説明してちょうだい」
「は、はい」
窓際の最後尾、講師と視線を合わせないようにしていた彼女は意を決して立ち上がった。
腰まで伸びる黒髪を一本に束ねた小柄な少女。切り揃えられた前髪の下に憂鬱な瞳が沈んでいる。
断頭台への階段を上っていく自分の姿が頭を過っていた。
「リーゼとはG国に現れた未確認物体で、半日で国を壊滅、要塞を作り、一ヶ月で周辺九ヶ国を制圧、要塞を増設して勢力を拡大させていきました。初期はアルバトロス型のみで、他の型が現れたのはヴィクトリアが――」
「ついでにヴィクトリアの説明もしてもらおうかしら」
その言葉に再び空気が張りつめる。吊るし責めは始まったばかりだった。
「ヴィクトリアは対リーゼ用の人型兵器で、フェンリルタイプを基本に高機動のユニコーン、重装甲のグレンデルがあります」
後が続かず沈黙が訪れた。悪代官の高圧的な視線と複数の同情の眼差し。
「えー、操縦できるのは女性のみで……全てのヴィクトリアはユーアインの指揮下にあります」
「そうね。教科書を丸暗記したような分かりやすい説明だわ」
口だけに笑みを浮かべ、皮肉たっぷり言った。拷問が無事に終わったとユキは心の中で微苦笑し、席に着こうと椅子を引く。
「ユーアインについて説明してもらえる?」
悪代官は容赦も加減も知らない。ユキの完璧でもなければまるでダメでもない、どっちつかずの解答に機嫌を悪くしたようだった。
「ユーアインはリーゼに対抗するために造られた組織で、ヴィクトリアの運用を一手に管理しています。各国の軍の協力のもと、リーゼの進行を把握・対処して……侵略を防いでいます」
「よろしい、着席しなさい」
ユキを見ることなく続ける。
「今説明してもらったのはここにいる誰もが知っていることだと思います。それでも改めて確認したのはここを卒業し、パイロットとして戦場に赴くとき、この初心を忘れないで欲しいからです。リーゼに対抗しうるヴィクトリア、あなたたちはそのパイロットとして人類を守る唯一の希望であることを忘れないでください」
その後、カリキュラムを簡単に説明して教室を後にした。ドアがピシャリと閉まると緊張の糸が切れたように砕けた雰囲気に転じる。
周りで小さく雑談が始まる中、ユキは溢れ出た疲労で机に顔を突っ伏した。悪代官の吊るし責めは噂以上に陰湿だった。入学初日の、知らない人に囲まれた状況で一人起立し、一般常識を説明させられる。しかも、それなりの説明をすると不機嫌になる。確かに、吊し上げられ鞭でしばかれた気分だ。
周りの雑談もその話題がほとんどだった。噂は本当だった、公開処刑だった、可哀そう、と聞こえてくる。全くもってその通りだ。
へこむ彼女の名前を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある声にユキは目を開けた。
「カミチカ軍曹、ユキ・カミチカ軍曹、間もなく基地に到着します」
目を開けたユキの前には軍服の男が立っていた。慌てて姿勢を正し、礼を言った。
訓練学校を卒業し、配属先の基地へ向かうヘリの中。プロペラの轟音にも関わらず眠ってしまっていた。昔の夢まで見る始末。
男が言う。
「ここがユーアイン・ユーラシア第十一開発基地です」
砂漠の真ん中に建てられた小規模な基地。背の高い司令塔とライトグレーの三階建ての建物が二棟。その正面に発着場がある。いかにも軍らしい無骨な建物群。一見してヴィクトリアが収容されている様には見えなかった。
「カミチカ軍曹、初任務頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
新天地に心奪われていたユキは男の言葉が皮肉であることに気付かなかった。




