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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第一章
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追跡戦②

「そういうことだから――」

 先にライフルを放ったのはリリィだった。

 連射しながら接近してくる。

 黒椿は身を翻し、頭から地上へと急降下した。

「追いかけっこ? あたしが鬼?」

 リリィがそれに続く。三点バーストでツバメの翼を狙っていた。

 女騎士のリアユニットの出力は高く黒椿でも引き離せない。

 地面を前に身を起こし上昇する。

 砂が巻き上がり、慣性に従う血液が視界を狭めていった。

 弧を描くようにしてリリィの背中を取る。

「甘いよ、甘すぎる」

 彼女はその動きに追従し、決して背中を見せなかった。

 正面から打ち合う形になる。

 ユキも覚悟を決めてトリガーを引いた。リリィと同じように三点バーストでリアユニットを狙う。

 互いに加減速と横の動き、ヨーイングのみで避けながら上昇していった。

 ユキの耳にはリリィの笑い声がずっと聞こえている。

 黒椿の頭上、上空ではローが待ち受けていた。

「やっと武器を使ったか」

 弾丸の雨。ライフルのフルバーストだった。

 避けきれなかった数発が翼を引っ掻いたが損傷は軽微。スラスターは正常に稼動している。

 そのまま突破しようと、待ち構えるローへと撃ち返す。

 彼女は最低限の動作で攻撃を避けていった。

 リリィとは正反対の戦い方。攻撃を見切り避けるその動きは当てることが出来ないのではないのかと錯覚するほどに洗練されていた。

「私達を相手に部位を狙うのは無理だ」

 その言葉を聞きながらリロードする。

 互いに背中を狙う錐もみ状態。花の周りを蝶が舞うように、女騎士を中心に黒椿が不規則な動きで飛び回っていた。

 激しい旋回と加速の連続で頭がきしむように痛む。

 花が風に吹かれて揺らめくような動きで確実に回避するロー。もともと射撃が得意ではないユキは焦燥感に駆られる。

「……!」

 直感的にハンドガンを抜き三連射。

 背面、ローとは正反対の方向に向けて放った。

「うわっと!」

 リリィの声だった。三発の弾丸は接近していた彼女の鼻先を掠めた。

 不意をついたつもりだった彼女は身を起こし飛びのく。

「もう見切ったの? いくら何でも早すぎるよ」

 得意の攻撃パターンを防がれた悔しさより純粋に驚いていた。

 ユキ自身も戸惑っていた。

 回避が得意といっても見えない攻撃には反応できない。奇襲を先制攻撃で防げるとは思いもしなかった。

 それだけではない。一度経験した感覚。五感ではない何かが敵の攻撃を、軌道を捉えていた。

「かなり侵食されてるよ、まだ実戦二回目なのに」

 リリィの動きが鈍くなり、戦意を失ったように漂う。

「侵食って? それもプロジェクトのこと?」

 二人が攻撃をやめたことでユキはようやく考えを言葉にすることが出来た。

「違う違う。侵食っていうのは……なんだっけ?」

「共鳴率だ」

 ローが言った。高いほど機体を自在に扱える指標を彼女らは侵食と呼んでいた。

「どういうこと?」

「まだわからないのか?」

 鋭いのに鈍いね、とリリィが付け足す。

「共鳴率はヴィクトリアに侵食されている程度を表している」

「機械が人間を?」

「ただの機械じゃない」

 ヴィクトリアは装甲から中身までリーゼの技術を転用したものである。それ以上の情報は公開されていない。そもそも解明されていないのだ。機械でない可能性を否定することは出来なかった。

「すでに違和感があるだろ?」

 ローはユキの感じている感覚をずばり言い当てていく。

 敵の動きを感じること。機体から降りてもその感覚が残ること。

 ユキは口ごもり、それが肯定を表した。

「やっぱりな」

「頭は痛くない? 吐きそうになったりは?」

 お医者さんごっこでもするかのようにリリィが話に割り込む。

 頭痛も吐き気もするユキはどこまで正直に話していいものかと思案していた。

「それ、けっこうヤバいよ。あんまり無茶すると廃人になっちゃうよ」

「侵食は自我にまで干渉するの?」

 自分でも分かるほど声色が緊張したものに変わってしまったいた。

「頭の痛みが取れなかったり、眠れなかったりで参っちゃうんだよ、精神的に」

 侵食そのものではなくその反動。未知の過負荷に体が警告を出していたのだ。

 不眠の症状は既に出ている。頭痛も出始めた。ユキは次に自分を待ち受けるものが頭をよぎりトリガーを握る手が震えた。

 それを知ってか知らずか、リリィは明るい口調で淡々と続ける。

「戦えば戦うほど侵食は進むよ。敵が強いと特にね。あと、テンションが低いと侵食されやすいかな」

 まるで人事だった。失楽園プロジェクトの被験者は総じて共鳴率が高い。より侵食されてやすい体質のはずだ。

「あなたたちは反動が怖くないの?」

「あたしたちは第五世代だもん」

 ふん、と鼻を鳴らすリリィ。ローが捕捉する。

「侵食による自我崩壊の危険性があるのは第三世代だけだ」

 実戦二回目でその症状が出るのは早過ぎる、という言葉までは、ユキには届かなかった。

 エース級のパイロットすら足元にも及ばない共鳴率を誇る失楽園プロジェクト第三世代。メーアは最強のパイロットといったが実際は諸刃の剣だった。最高の性能の代償は精神的負荷で払わなければならない。

 自分の置かれた状況を理解して言葉を失うユキに幼い声が笑いかける。

「ますます連れて帰らないといけないね、こりゃ」

 上空で待機していたリリィの女騎士が高度を下げてくる。戦意を取り戻していた。

「最初からそのつもりだ」

 接近するリリィとライフルを構えるロー。


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