追跡戦①
迷彩柄のグレンデルは砂漠の砂を巻き上げながら移動していた。
カノン砲とファントムフォックスを二門ずつ備えたガンナーユニットを背負い、アイギスとライフルをその手に握っている。
その後方、地面よりも雲のほうが近い遥か上空を漆黒のユニコーンが飛んでいる。
アイゼンフリューゲルの翼から放出される高温の空気が空に軌跡を残した。
「やっぱりクロツバキは早いわね」
メーアは言葉の最後に笑みを加えた。回線は既にユキとつながっている。
二機の距離はみるみる縮まっていく。
重装備のグレンデルと最速のユニコーン。
射程に入るのは時間の問題だった。
「お義姉さま、答えを聞かせて」
待っても返事はなかった。まだ答えを見つけていない。
彼女にもそれが分かった。
「まだみたいね」
言い終わると同時にカノン砲が黒椿に向けられ、躊躇無く放たれる。
移動しながら放たれた砲撃を避けるのは容易い。
彼女も当てるつもりは無かった。
焚きつけるための一撃。
「ほら、敵が銃を構えているよ」
本当は味方だけどね、と加えて更にもう一度カノン砲を放つ。
何度もした問答だった。
ユキは改めて甘さと優柔不断さを思い知らされる。
正解の無い問題。それでも答えを出さなければいけない。
グレンデルを正面に捉えるレーダーが十時方向からの機体の接近を告げた。
「応援……?」
そうでないことは識別コードでわかった。
望遠カメラには見たことのないヴィクトリアが二機映し出されていた。
ユニコーンのように細い肢体に丸みを帯びたフォルム。どこか女性的で、女騎士のようだった。
バツ印に伸びたリアユニットを装備し、ライフルとマガジンだけをぶら下げただけの軽装備だった。
二機は速度を落とし、進行方向を反らしていく。Uターンするようにしてメーアと並走を始めた。
通信が開く。
「メーア、あのユニコーンに乗ってるのがそうなのか?」
抑揚のない口調だった。
「めずらしい装備だなー、うらやましい」
幼い声。舌足らずで語尾がぼやけている。
「ロー、リリィ、予定より早かったわね」
ユキとの回線は開いたままだった。予想通りとはいえ新手の登場に顔を曇らせる。初めての対ヴィクトリア戦。その上、一対三という数的不利。
相手に落とす意思はないがこちらもその覚悟がない。
「この状況から察するに説得は失敗か」
「ロー、まだ説得中だから。失敗じゃない」
ローと呼ばれた無感情な声の主は、あっそ、と一言だけ返した。
笑い声と共に幼い声が割り込んでくる。
「メーアって負けず嫌いなとこあるよね」
「お前に言われたくないわ」
三人の会話は刺々しくも仲間意識のあるものだった。上下関係こそないが自分のいる環境と変わらない。仲間がいて目的のために戦っている。そのせいで三機が射程に入ってもトリガーを引けずにいた。
「あなたたちもそうなの?」
ユキの問いに答えたのはメーアだった。
「無愛想なのがローで、ガキンチョの方がリリィ。どっちも第五世代よ」
ユキが口を開く前に、情報を漏らし過ぎだ、とローが呟き、メーアのあほー、とリリィが続けた。
「今さら秘密にすることじゃないでしょ。私達は同じ立場なのだから」
「同じじゃない。そいつはユーアインの、軍の飼い犬だ。第三世代だからといって相手を信じるのはお前の悪い癖だ」
グレンデルを挟むようにして移動していた二機が高度を上げる。メーアは瞬時にその挙動の意味に気付いた。
「ちょっと! お義姉さまは仲間になる人よ」
二機はグレンデルと黒椿の中間に位置取った。
「その、お義理姉さまというのはやめろ。お前の第三世代崇拝に付き合ってられない」
「そうそう。第三世代っていってもトリガーを引けない腑抜けちゃんだよ」
一機が一八〇度ロールし、背面飛行のまま黒椿にライフルを向ける。
「ロー!」
その呼び止める声を号砲に彼女はトリガーを引いた。
急旋回と急上昇。
ユキは回避運動をとっていた。量産型とは段違いの機動性と常人とは一線を画す反応速度。
尽く避けていく。
「情報通りだな」
マガジンを再装填する。
「ローは射撃下手だよね」
その幼い声は黒椿の更に上空、太陽を背にした女騎士からだった。降下しながらライフルを放つ。が、これも当たらない。
そのまま黒椿の横を通り過ぎて行った。
自分と同じ戦法を使う相手を横目に見送りながらユキはメーアの動きを確認する。彼女は真直ぐ離脱を続けていた。
追跡しようとするその正面にローが立ち塞がる。
「腕はいいが経験が足りない」
「その場しのぎの回避じゃ意味ないよ」
体勢を立て直したリリィがユキの背中を狙っていた。
挟撃。警戒していたにも関わらず二手で詰まれた。
「何勝手なことしてるんだ!」
メーアの怒鳴り声。グレンデルは足を止めて体ごと振り返った。
「お前だってカノン砲を撃った」
私が言っているのはそこじゃない、と前置きして続ける。
「私達の目的は連れ帰ることでしょ? 足止めしてどうするの?」
「機体を無傷で回収する必要はない」
ローは即答した。
「もう時間がない。お前は説得に失敗した。だから早く帰れ。あとは私達でやる」
「そうそう。のろまなグレンデルはとっとと帰りなよ」
無邪気に笑いながらリリィもマガジンを入れ替える。二人は力づくで連れ帰るつもりだった。武装で勝るユキと頭数と経験で勝るローとリリィ。メーアの頭の中では既に結果が見えていた。
「これで本当に本当に最後――」
次に続く言葉は分かっている。
「一緒に行こう、ね?」
すがりつく声。それでいてどこか悟っているようでもあった。
「メーア、私は、一緒には行けない。ごめん」
ため息とも安堵とも取れる声が聞こえた。
「そ、そっか……そうだよね、分かってたよ」
グレンデルが背中を向ける。
「お義姉さまらしい。それでこそお義姉さまだよ。でも私は待ってるからね」
通信を遮断し、砂煙を上げながら離脱を再開した。ユキはその背中にごめん、とつぶやいた。既に聞こえないことは分かっている。
「あいつがあなたにこだわった理由がなんとなく分かった」
「あんな情緒不安定なやつ、普通引いちゃうもんね」
ローはライフルを向ける。
「力づくでも連れ帰らせてもらう」




