暗影⑤
警報は基地内全てに響いていた。
「警備棟、状況の報告」
冷静で芯の通った柔らかい声。
居住区の自室にいたソフィアは壁に掛けられたパネルで通信を行っていた。
「こちら警備棟、現在交戦中。敵はレジスタンスの雌雄の羊と思われます。一階の地下に続く廊下と三階の司令塔への階段が爆破されました。負傷者多数」
途切れ途切れの音声通信。後ろからは銃声が聞こえる。
「基地の北西から爆撃機とその護衛が複数接近していますが、迎撃システムが機能していません。到着まで二十分」
「そちらはヴィクトリアで迎撃します」
「了解しました。そちらにも侵入者が向かっているかもしれません。お気を付けて」
地上部との通信を終えるとすぐに、居住区全体へ通信を開く。
「パイロットチーム、点呼。エリザ――」
「はいっ」
「ユキ」
返事は返ってこない。
「カレン」
「はい」
「ラウラ」
「は、はい」
「ベル」
一拍置いてからソフィアが続ける。
「ユキとベルは? いないの?」
「た、たぶん……格納庫、です」
最後に彼女らを目撃したラウラが答えた。
「我々も格納庫に向かいます。それぞれヴィクトリアに搭乗、接近する爆撃機の迎撃を行います。レジスタンスが妨害してくる可能性があるので各自注意を怠らないように」
早口で話終えると通信を遮断し、クローゼットの扉を開く。シルバーのベレッタ、マガジンを収納したホルスターを着用して廊下に出る。そこでは点呼した三人が既に姿勢を低くして銃を構えていた。カレンとラウラが進行方向を、エリザが後方を抑える形で待機している。
「私が一番遅かったのね」
そう言ってエリザの横に付いたソフィアを一度視界に入れてからカレンが口を開く。
「格納庫に着くまでに詳しい話を頼むよ。私らは上と連絡取ってないんだ」
「ええ、もちろん」
移動するために立ち上がる。
音のしない歩き方で二歩ほど歩いたところでカレンの頭がピクッと少しだけ上に動いた。
「天井!」
一八〇度回転し、四人の中央、その天井に向けてトリガーを引く。
四発目の銃声が響いたとき二つの影が落ちてきた。
目だし帽に黒いブリットプルーフベスト、銃・弾薬を装着したその姿は強襲部隊のようだった。その手にはナイフが握られている。
縦に伸びる通気口を一気に下りてきた彼らは、先手を打ったカレンの銃撃にも怯むことなく、着地と同時に動き出す。
一人はゲヴァルト隊へ、もう一人はイエーガー隊へ接近した。
距離にして一歩半。
ナイフの射程内だった。
カレンを狙ったナイフの一突きをベレッタで受け止める。
その隙に一歩引いたラウラが相手の両膝を正確に撃ち抜いた。
自重を支えられない足が膝を折ったところで、カレンは目だし帽に膝蹴りを見舞った。
宙返りするほどの勢いでのけ反った先にはイエーガー隊が既に倒したもう一人の目だし帽が仰向けになっていた。
周囲に意識を集中させ、他に敵がいないことを確認してから息を吐く。
「さすがカレン、よく気付いたわ」
本能的な速さで敵を察知していた。
得意げに鼻を鳴らす。
「まあね、それにしても――」
視線を男達に向けた。レジスタンスにしては充実した装備。軍隊の標準装備と遜色ない。それどころかベレッタしか持たない自分たちに比べるとかなり強力だった。
「襲撃してきたのは雌雄の羊、か。こんな辺境の基地までご苦労なことだ」
左右対称に描かれた羊の横顔、それを囲むオリーブの葉冠が目だし帽にプリントされていた。
彼らのシンボルマークだ。
「空き部屋に閉じ込めて置くわね。あとでいろいろ聞きたいから」
カードキーですぐ横の扉を開ける。ソフィアの身分証兼カードキーは他のパイロットのものと少し違った。マスターキーのようにどこのセキュリティーもパス出来る。
「ついでに武器、もらっておきますね」
両膝に風穴をあけられて悶える男から武器を取り上げていくエリザ。ナイフ、サブマシンガン、マガジン、手榴弾、煙幕。その他の装備も一通り外す。
その横からカレンがワイヤーを差し出した。
「これで縛っとけ。しなやかで頑丈なワイヤーだから自力じゃ逃げられない」
「どうも、カレンさん準備いいですね」
軍の支給品でもないのによくこんなもの持っているなと思いながら、一人目を縛り上げる。
「これは私物、趣味の範囲だ。何がどこで役に立つかなんてわからないものだな」
コスプレのどこでこんなワイヤー使うのか疑問を残しつつ二人目も縛り上げ、空き部屋に押し込んだ。
ドアを閉じ、ソフィアのカードキーでロックする。
「格納庫に向かいましょう。カレン、引き続き周囲の警戒よろしくね」
任せとけと銃を構え、ラウラと共に入り組んだ廊下を進んで行く。曲がり角で進行方向の安全を確保しては次の曲がり角へと進んだ。
「それで、いまどんな状況なんだ?」
ソフィアは警備棟から受けた報告をそのまま伝えた。
二ヶ所同時に爆破されたこと、銃撃戦が始まっていること、地上部との行き来が出来なくなったこと、爆撃機が接近していること。なぜか迎撃システムが機能していないこと
お互い顔を合わせないまま話を続ける。
「ここからは私の推測になるけれど、地上部は大丈夫。いくら相手の装備が充実していてもこちらの警備隊の方が強い」
「タランチュラは? 起動してるの?」
「ええ、そちらの異常は報告されていないわ」
返事の代わりに銃声が返ってくる。
「……クリア。なら爆撃機を落とせば万事解決か」
何事もなかったように進行を再開する。ソフィアとエリザもそれに続き、動かなくなったレジスタンス二人の横を通り抜けた。
「そうだといいのだけれど」
ソフィアは焦燥感に駆られていた。
異常な共鳴率を誇る新人。
軍に敵対する雌雄の羊。
機能しない迎撃システム。
「早くユキちゃんと合流しないと」
複数の点が線へと変わり始めた。




