暗影④
深夜の格納庫はメカニックひとりいなかった。
ヴィクトリアの巨体だけが静かに佇んでいる。
そのカタパルトの横でパイロットスーツを着た二人が工具を運ぶ荷台の上に腰を下ろしていた。
「ユッキーはまだ不眠が続いているようでありますね」
カチューシャで前髪を上げた黒縁メガネのパイロット、ベルだった。ユキはその横に座っている。荷台は背が高く、小柄な二人は足を宙に浮かせていた。
「ええ、まあ。なかなか寝付けなくて」
「夜警前は寝ないと朝まで体力持たないでありますよ。ただでさえレジスタンスの活動が活発なのですから。万が一に備えないと」
ユキはぶらぶらさせていた足を止めた。
「そうですよね……」
顔を伏せ、自分のつま先を覗くように視線が下がる。
「まだ答えが見つかっていないようでありますね」
頭を縦に振って肯定した。
以前ゲヴァルト隊が夜警を行っていた際にカレンに突き付けられた現実。敵はリーゼだけではない。敵となる人間がいるということ。
「ベルさん、レジスタンスはなんで基地を襲うんですか?」
目は伏せたままだった。
そんな彼女を一瞥してからベルは口を開く。
「理由は様々でありますよ。もともとレジスタンスっていうのはユーアインに敵対する人や団体の総称なわけで――」
メガネを外し、膝の上に置いた。
「有名なのは、軍の台頭に反対する白フクロウ、リーゼとの和平を望む自由義軍、軍の非人道的な作戦を根に持っている雌雄の羊――」
「たくさんいるんですね」
これ以上は聞きたくないと拒むようにして言葉を遮り、ユキは立ち上がる。
「ユーアインはリーゼから人類を守っているのに、そのために戦っているのに、それなのに人から恨まれるんですか」
「価値観は人それぞれ違うものでありますよ。その人の善意が他人にとってもそうであるとは限らないですから」
頭で理解することは出来る。しかし、納得することはできなかった。口篭もる彼女に言い聞かせるような柔らかい口調で続ける。
「それに、レジスタンス全員が本当に理想のために行動しているわけではないでありますよ。むしろ、少数派です」
だから割り切るしかない、とまでは言葉にしなかった。
大事の前の小事、些細な犠牲に過ぎないのかもしれない。レジスタンスは数多くいるが全人類に比べれば微々たるものだ。そう、微々たるものに過ぎない。
「例えば、さっき言ったレジスタンス、雌雄の羊は軍の人間兵器の開発を妨害するために行動を起こしていると主張しておりますが、実際はただ下っ端を消耗品のように使って、火事場泥棒をしている集団でありますよ」
「そんな……!」
ユキは声を上げて、ベルを見た。
なぜ人間兵器の開発などという根も葉もない噂を信じることが出来るのか、なぜそれに命をかけることができるのか。
「そんな妄言――」
「筋は通っておりますよ」
言わんとしていることを察し、ベルが言葉を遮った。
「兵器の開発にも限界がありますから。ヴィクトリアのブラックボックスを解明していかなければ新しい武器は作れない。それなら、既に研究されている人間の方を調整する」
当然のことのように、淡々と説明する。合理的かつ効率的な方法だった。
「非人道的です」
「何をいまさら」
いつもと変わらない軽い声。しかし、嘲るような、そしり笑うような口調だった。
「ヴィクトリアが開発された当初、何人のパイロットが犠牲になったかご存知ないようでありますね。いまでこそパイロットは女性であることが大前提になっておりますが、最初は男でも乗れないかと何度も実験が行われ、そのほとんどが命を落とすか廃人になったのですよ」
ヴィクトリアに関する話をするときは早口になるベル。それでもいつもとは様子が違う。滲み出るような強い感情が出ていた。
「ベルさん?」
どうかしたのかと尋ねるユキの声は聞こえていないようだった。
「そんな軍が兵器しか開発しないと? パイロットの方も開発すると考えるのが普通でしょ?」
何かに憑りつかれたように無機質に口を動かすベル。
「な、何をいっているんですか?」
ユキは後ずさる。親身に悩みを聞いてくれていたはずの彼女の変貌ぶりに恐怖を感じていた。
「まだわからないなんて……」
カチューシャを外し、先ほどまでユキが座っていたところに置いた。膝に乗せていたメガネもその横にやり、立ち上がる。
「ど、どういうことですか?」
ユキは咄嗟に身構えていた。茫漠とした話の連続に頭の回転が追いつかない。
レジスタンスの目的。
軍の秘密。
ベルの異変。
訝しげに見つめる彼女にベルは近づいていく。
「もうすぐ時間か」
「え?」
なにを言っているのか問いただそうとユキが口を開くがその声は爆音にかき消された。
後頭部に突き刺さるような爆発音。それと同時に体を襲う振動。
それを追い掛けるように警報がけたたましい音を上げる。
「……!」
ユキは天井を見上げていた。その方向の先にあるのは地上の司令塔、その足元には警備棟が建っている。
いずれかが、あるいはどちらも攻撃を受けたことは間違いない。
「ベルさん! 襲撃――」
ユキが視線を戻したとき、既に彼女は目の前にいた。
吐息が掛かるほど近い距離。
ベルは抱き寄せるようにユキの首に腕を回し、囁く。
「雌雄の羊、彼らが警備棟を爆破しただけですよ」
ドクンという強い心音と共に血の気が引いていくのを感じた。
「ベルさん、雌雄の羊のメンバーだったんですか?」
震える声で尋ねるユキに子供をあやすような含み笑いで彼女は答える。
「ほんと鈍いのね、そんなわけないでしょ。むしろ、その対極なのに」
まるで別人のような口振り。
重く響く声。
高圧的で鼻にかけた話し方。
ユキの額から冷たい汗が流れた。
「まさか――」
首に巻かれた腕を振りほどこうとした瞬間、刺されるような痛みと全身の痺れる感覚に襲われる。
それがスタンガンによるものだと気付いた時にはほとんど意識は残っていなかった。
足元に倒れたユキに語りかける。
「人間兵器なのよ、私たちは」
疑問を言葉にする前に瞼が落ちた。




