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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第一章
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暗影③

 ソファに腰を下ろしたソフィアは背もたれに体を預け、部屋の主が口を開くのを待っていた。窓のない部屋。本棚と勲章に囲まれ実際よりもだいぶ狭く感じる。

「すまない、待たせたな」

 アルビナ・グリンコフは大きく息を吐いた。その声で下ろしていた瞼を持ち上げる。

「いえ、忙しいところすいません」

 背筋を伸ばし、姿勢を正した。

「ソフィア、夜警前に起きていて大丈夫なのか? 普段は時間さえあれば寝ているのに」

「からかわないで下さい。優先順位くらい心得ていますよ」

 言葉とは裏腹に瞼を重そうにする彼女に、アルビナは一言二言謝罪の言葉を並べる。ソファに背中を預けて目を瞑っていたので寝ていたのだと思っていた。

「それで、睡眠より優先されることっていうのは彼女のことか?」

 彼女というのはもちろんユキのことだ。

 ソフィアは視線で肯定する。

「それで、最近の調子はどうなんだ?」

「相変わらずですよ」

 ため息交じりに答えた。

「戦闘もしていないのに共鳴率は少しずつですが上昇していますし、不眠も続いています」

「そうか、睡眠薬は飲んでないのか?」

「飲んでもあまり効果がないみたいです」

 ラウラに借りたぬいぐるみを抱いて寝ていることも一応最後に付け足す。

「とりあえず精神状態はまだ大丈夫みたいだな」

「ええ、強い子ですよ」

 意思が弱いように見えることもあったが、それは状況に順応している証拠だった。変化に対して柔軟に適応することで身を守っている。それが良い方向に働いていた。

 ソフィアの不安はもうひとつある。

「上からは何も言ってきませんか?」

 上層部がどこまで把握しているのかということだ。

「今のところ何も。おかしな話だがな」

 共鳴率については報告から省いていた。戦闘を行ったという事実とその結果、それに伴う補給物資の要求のみを伝えた。

「普通確認するだろ? 新人の共鳴率だぞ? まったくもって分からないことだらけだ」

 共鳴率はパイロットの才能を表す最たる指針になる。その高低で今後の進退が決まると言っても過言ではない。それを確認しないというのはあまりに不自然だった。

「こちらが勘ぐることは織り込み済みということですかね」

「そうかもしれんな。新人がこの基地に配属になった時点で怪しまれないわけがないからな」

 アルビナは背もたれに寄り掛かり、正面で手を組んだ。瞑想するように目を瞑る。

「本当だったらイエーガー隊よりもゲヴァルト隊の方が機体に乗る機会が少ないんだがな」

 基地防衛の任についているゲヴァルト隊であれば基地が攻撃されない限り出撃することはない。それ以外で乗ることがあるとすれば巡回程度だ。

「ただ、最近はレジスタンスの活動が活発だからな」

 今月に入って既にユーアインの基地が二ヵ所襲撃を受けている。いずれも被害は少なく、事態は二時間で収束した。人類の兵器しか持たないレジスタンスではヴィクトリアを破壊することが出来ず、物量差をもって鎮圧される。

「と言っても、この基地は大丈夫か。守りは堅いし、前線からも離れているし」

 この基地の防衛システムは他に比べて厳重だった。基地を囲むレーダー網と迎撃設備、基地にはヴィクトリアが少なくとも三機控えている。

「イエーガー隊からゲヴァルト隊に変更するか?」

「それは反対です」

 アルビナは薄く目を開き、即答した彼女に視線を送った。

「理由は?」

 ソフィアは右手を上げ、人差し指を立てる。

「ひとつ、この基地は堅いですが防衛の予算は減少して、前ほど充実してはいません」

 中指を立てる。

「ふたつ、万が一戦闘になった場合、実戦の緊張感は共鳴率をより上昇させます」

 薬指を立てる。

「三つ、彼女は私が面倒をみます」

 一呼吸分の静寂。

 アルビナは体を起こし、頬杖をついた。

「わかった、わかった。だから、そんな怖い顔をするな」

 ソフィアは目を丸くし、上げていた手を下ろす。平静を装っていたが彼女には通じなかった。

「お前がそう言うなら任せるよ」

「わがままを言ってすいません」

 更にお礼の言葉を続けるソフィアが話終えるのを待ち、アルビナが口を開く。

「念のため確認しておくが――」

 二人の視線が交差した。

「お前がユキを守ろうとするのは――」

「仲間だからですよ」

 ソフィアは言葉を遮った。それ以上話すことを許さない峻厳さ。

「仲間だから守りたい、それだけです」

「……そうか」

 ソフィアは夜警に備え自室へと戻った。

 静かになった司令室。

「ソフィア、お前はまだ過去に縛られているのか」

 彼女の見せた仲間への想い。それが仲間に対してではなく、自分の過去に執着しているだけであることは本人も分かっているはずだ。彼女の反応が、言葉がそれを肯定しているようなものだった。

 誰に言うわけでもなく、呟いた。


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