暗影②
地平線から太陽が現れるときのように非常にゆっくりとした動きでコックピットから頭を出した。カレンとシゲフミの視線から逃げるようにコックピットに戻ってしまったラウラは出ていくタイミングを逃していた。
二人がいなくなったのを確認してから降りて行く。
「……!」
視界の隅に人影が写り、彼女の動きが止まった。が、その影の持ち主に気付き胸を撫で下ろす。
「ユキ……どうしたの?」
愛機の正面に固定されている黒椿の足元にいたのはパイロットスーツを着たユキだった。
「あ、ラウラさん」
「イエーガー隊は……夜警、だよね?」
夜警であればこの時間は自室待機、実質睡眠時間である。
「そうなんですけど、新しく近接武器を装備したので気になって」
そういって見上げたユキの視線の先にはマガジンの代わりに付けられた短剣があった。ハンドガンのようにマガジン一つ分のスペースに収まっている。ククリナイフを模した湾曲した刀身。ただし、諸刃造りになっている。
「近接格闘は苦手なんですけどね」
「あ、私も……」
ユキの横で同じようにククリナイフを見上げる。
「あれ、近接武器ついてましたっけ?」
以前シミュレーション訓練で相対したときにはそれらしい武器は見当たらなかった。蜂の巣にならないように避けるのが精一杯で銃口に目が釘付けになっていたせいかもしれない。
「うん。アイギスの裏に、ね……くっついてるよ。ファルシオン」
二人同時に回れ右をし、グレンデルの方に体を向ける。
ラウラの言うとおり、盾の裏には幅広で片刃の直刀が隠されていた。体を覆い隠すほどの盾と大きさはほとんど変わらない。
「大きい剣ですね」
「これじゃ、参考に……ならないね」
ラウラはお腹の前で手をもじもじさせながら苦笑いを浮かべた。同じようにユキも苦笑し顔の横で手をヒラヒラさせる。
「シミュレーション訓練で練習しますよ」
「うん。エリザも……いるし、ね」
沈黙。
空調と心臓の鼓動だけが聞こえる。二人は少し顔を伏せ、話題を探していた。
「あ、シルム隊のみなさんは明日帰ってくるんでしたっけ?」
ユキがパッと顔を上げる。ラウラは一言、うんと答えジッと顔を見つめた。
「ユキ、ちゃんと……寝むれてる?」
彼女の右手がそっと頬に触れた。
「えっ」
親指が下瞼をなでる。
「少し、顔色……よくないよ」
「そ、そうですか? おかげさまで寝れてますよ」
半分は本当で半分は嘘。不眠症は直っていない。しかし、ぬいぐるみを抱いていると少しだけ眠ることが出来た。薬を飲むよりも深い眠り。
「なら、いいんだけど、ね。この時間だって……本当なら、自室でしょ?」
ユキの瞳が右上から下に泳いだ。
「そうなんですけど、まだ寝るには早くて――」
「ウソ」
声量は変わらない。口調も変わらない。それでも、強い言葉だった。見透かすような青い瞳に自分の姿が映っている。
いままで見たことのないラウラの一面。
驚きで口が開いたまま固まってしまった。
「あ、ごめ、ごめんなさい」
ユキの頬に触れていた手が離れ、胸の前でギュッと握られる。更に左手でその手を包んだ。伏せた目が左右に揺れる。
ユキが言う。
「ちょっとびっくりしました」
重ね重ね謝るラウラ。それを制止するようにユキは話を続けた。
「なんというか、新鮮でした。悪い意味ではなくて」
笑顔を見せると、ラウラも頬を赤くしてはにかんだ。ユキが改めて彼女の霊妙さを感じていると、横からの声で現実に引き戻された。
跳ねまわるような明るい声。
「ほんと二人は仲が良いでありますね。こんなところでイチャイチャしちゃって」
ベルだった。別にイチャついてない、と二人は声を合わせる。両手を上げる動きまでシンクロしていた。
「仲が良いのは良きこと良きこと。ラウラもユキの話ばっかりですから」
ラウラの顔が真っ赤になる。横のユキも血流が増加し、赤らんでいく。
「べ、ベル……なにか用、なの?」
珍しく早口だった。と言っても普段と比べればの話で、もともとがゆっくりとした話し方なので常人と変わらない。
「カレン隊長が呼んでおりましたよ」
「あ……」
機体整備の結果をまだ伝えていなかったことを思い出した。シゲフミとの会話を聞いていたのでもう知っているだろうが、正式な報告はしなければならない。
わかった、と言うと視線をユキに向ける。
「ユキ、おやすみ。夜警……がんばってね」
そう言い残してラウラは歩き出した。小さい歩幅で音のしない歩き方。その特徴的な足運びを見ていたユキの視界をベルの顔が埋め尽くす。
「ちょっとよろしいですか?」
「あ、はい」
せわしく瞬きし、ベルに視点を合わせた。
「ユッキーはほんとにラウラが好きでありますね」
「べべべ別に好きとかではないですよ」
身を反らし、体で否定を表現する。
「いやいや、ラウラは不思議と周りを魅了するひとでありますから。そんな特別な意味はありませんよ」
「そ、そうですよね」
ははは、とユキはぎこちなく笑った。
その横で、青い血のなせる業だ、とつぶやいたベルの声は聞こえていなかった。




