暗影①
地下の格納庫は二十四時間体制で機能していた。
実験を終えたイエーガー隊のヴィクトリアは壁際に並べられ、既に補給が完了しいつでも使用できる状態になっている。中央ではゲヴァルト隊がメカニックと共に機体の整備を行っていた。常に機体を最善な状態に維持・管理し、武器の変更には素早く対応する。それがこの基地のメカニック達のプライドだった。
そのトップがシゲフミ・モリオカだ。それぞれのヴィクトリアには担当のメカニックが複数割り当てられていたが、彼だけは九機のヴィクトリアすべての担当だった。それも間接的ではなく、直接、自分の手で作業を行う。
「ラウラ、異常はないか?」
格納庫の奥の方、予備パーツのケースが並ぶ手前に緑色に塗装されたグレンデルが固定されている。その足元で、彼はコックピットに向かって叫んでいた。その声はヴィクトリアの頭を超え天井にぶつかり、格納庫全体に広がっていく。
その声に引きずりだされるようにパイロットが顔を出す。編み込まれた前髪の下に怯えた青い瞳がシゲフミを映していた。
「い、異常なし……です」
語尾に向かって弱くなっていく声。ラウラはすがるようにハッチを握りしめていた。
「まったく、お前は――」
シゲフミは大きく息を吸い、命一杯肺を膨らませ、そして、放った。
「腹から声をださんかっ!」
「……!」
声の振動で体が震えた。実際は身震いだったのだが、ラウラはそう感じた。仕事に対してとても真面目で、表現が下手で、自分にも周りにも厳しい人。頭では分かっていてもどうしても恐怖が勝ってしまう。
「しょうがない奴だ」
ラウラの口がごめんなさいと動くのが見え、ため息を漏らした。少し言い過ぎたかと頭をかいていると横から声が掛かる。
「そんなんだから怖がられるんだよ、おやっさん」
「なんだ、カレンか」
なんだとはなんだと鼻を鳴らし、髪をかきあげた。ラウラとは正反対の鋭い目つきがシゲフミを下から覗く。
「もっと優しく接すればすぐ懐くだろうに」
彼はふん、と鼻を鳴らし返して顔を背けた。
本人も分かってはいるができないのであろう。本当に不器用な人だ。
「ほら、ラウラはあんな感じだけど、というか、あんな感じだからメカニックの人たちにも人気あるでしょ?」
血色の良い唇から言葉が溢れてくる。
「それなのに、トップが怖がられてちゃ話もしづらいんじゃないかい?」
シゲフミの視線だけが戻ってきた。食いついた、と更に畳みかける。
「おやっさんがちょっと話し方かえるだけで、ラウラも懐くし、メカニックとパイロットの交流も促進されるし、そのおかげでおやっさんの株もうなぎ上りだし、いいことづくめだ」
シゲフミの肩に手を乗せニヤリと笑う。その様は悪代官に媚を売る越後屋そのものだ。
「カレン――」
彼女の方へ体を向き直す。
「その話、もう何度目になると思っているんだ?」
「あれ、そうだっけ?」
手で口を隠すようにして、わざとらしく誤魔化した。
「早く仲良くなってほしいんだよ。隊長として」
カレンは以前から二人の中を取り持とうと試行錯誤を繰り返していた。仲が悪いわけではない。口こそ悪いがシゲフミはパイロットを孫のように可愛がっているし、ラウラのほうもそれは感じているはずだ。しかし、人見知りで引っ込み思案で声の大きい人が苦手な彼女には一歩踏み込むことができない。この一歩でラウラはだいぶ変わるはずだ。
「もう少しで克服できそうなんだけどなあ」
カレンは背伸びするように見上げた。それに釣られてシゲフミも上を向く。ひょいっと頭が引っ込んだ。
「……あれでか?」
「おやっさん、目つきも優しい感じにできない?」
無理を言うな、と一蹴。
「それで、お前のグレンデルは?」
「あ、そうそう。左のマニピュレータに少し違和感があるから見てくれない?」
「そうか、そろそろ交換時期かもな」
量産型のヴィクトリアは両腕両足を取り外すことが出来る構造になっている。被弾した際の誘爆を避け、スピーディな機体の整備が可能だ。基本モデルであるフェンリルはユニコーン、グレンデルどちらの肢体も付けることが出来るが、他の二つのモデルは骨格が大きく異なるため互換性がない。この基地では実験で使用する分も含めて、機体の倍以上の予備パーツが常備されている。
「他はどうだ?」
「問題なし。ばっちりさ」
カレンは自分の機体へと歩き出す。シゲフミもそれの後に続いた。となりに固定されたグレンデルの前で足を止める。砂漠に溶け込むような迷彩柄。
これはカレンの機体ではない。
「ベルのは? 問題なし?」
「ああ、アイツは暇さえあれば機体弄ってるからな」
パイロットでありながらメカニック張りに格納庫に通い詰めている。問題があれば既に対応しているだろう。
それもそうかと、再び歩き出す。カレンのグレンデルは日の傾いた青空のようなシアン色。
「そういえば、クロツバキを黒にしたのっておやっさんだっけ?」
「そうだが、急にどうした?」
カレンの視線が泳いだ。前屈みになり、上目使いで甘い声を出す。
「いや、私のグレンデルも塗装を――」
「知らん」
バッサリと両断される。普段の男勝りな口調からのギャップで頼みを聞いてもらえるかと思っていたが、甘い考えだった。
「今の色、ナターシャと被ってる」
「忙しいんだよ。黒椿に近接武器つけて、シルム隊が明日戻ってくるからその準備もあるしな」
それならしょうがないかと文字通りお手上げする。そのまま立ち去ろうとするカレンに後ろから声が掛かった。
「何色がいいんだ?」
「え、やってくれるの?」
振り返ると、シゲフミは腕を組んでグレンデルを見上げていた。
「時間ができたときにな。それでお前のモチベーションが上がるならやっといてやるよ」
他人が気にも留めないものでもパイロットにとってそれが重要なものであることは多い。ジンクスであったりお守りであったり人それぞれだが軽んじることは出来ない。
「さすがおやっさん、ありがとっ。メカニックの鏡だ」
「調子のいい奴だな。で、何色にするんだ?」
細い指が頬をかく。
「うーん、金色とか?」
「……本気か?」
「え?」
カレンの本気の目とシゲフミの本気か疑う目が交差した。




