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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第一章
24/62

試作品試験④

 基地から北西に二十キロメートル。

 砂漠に浮かぶように発着場と倉庫だけが建っている。地平線の彼方には人間の五倍はあるゲートのないフェンスが設けられ、人間が入ってこないようになっていた。

 演習場に一番乗りしたルーンは発着場に片膝をついた状態で待機した。

エリザは演習場の電源を復旧するためにコックピットから降り、倉庫へと歩き出す。

 倉庫は机と椅子が壁際に並べられただけの閑散とした空間で、天井も低い。倉庫というより休憩スペースのような建物だ。

「あっつー」

 直射日光で熱せられた倉庫の中は蒸し風呂状態だった。むしろ風が通らない分、外よりも体感温度は高い。

 胸元を開き、空気を入れようとバサバサするが全く効果がない。パイロットスーツはぴったりとフィットしたまま空気の流入を拒んでいた。

 演習をするたびにこの蒸し風呂の中を、いつの間にかサウナスーツに改名していたパイロットスーツで歩くのは地獄だ。更に目標の物は一番奥に設けられていた。

 壁に埋め込まれたブレーカーのカバーを開け、レバーを捻る。カチッという音と共に電気が付き、ゴオオと空調が動き始め、ゴオオオオと空調の何十倍もの大きさのエンジン音が響いた。

 黒椿とネローザが着陸した。

「ここが演習場ですか?」

「そういえばユキちゃんは来るの初めてだったかしら」

 先ほどまでただの砂丘だった場所にはレーザー光線で的が描かれている。

 砂漠にある砂の的は半永久的に無くなることはない。その上メンテナンスフリーだ。

「実に効率的にできているでしょ?」

 逃げるように倉庫から出てきたエリザは既にルーンに乗り込んでいた。

「エリザ、お疲れさま。蒸し風呂だったでしょ?」

「ええ、サウナスーツで蒸し風呂は自殺ものでした」

「蒸し風呂? サウナスーツ?」

 ユキの問いに二人は答えなかった。その代わりにエリザが意地悪そうな声で言う。

「実験が終わったら、ユキがブレーカー落としてきてね」

「え? あ、はい」

 無知とは怖いもので、彼女は抵抗なく地獄行きの切符を受け取ってしまった。

「はい、早く実験を始めましょ。そして、早く帰りましょ」

 ソフィアが場を締める。

「今日は夜警ですもんね」

 実験後は夜警まで自由時間だ。普段夜遅くまで仕事をしているソフィアにとっては日中に睡眠出来る数少ない機会。それに対する執着心は獲物を前にした獣にも引けを取らない。

 二人もそれを知っていた。エリザは過去の経験から、ユキは夜中基地の屋上で話したから。

「ソフィアさん、私は何をすればいいですか?」

 実験は主に二種類に分けられる。一つ目は新しく開発された武装の実戦前の試用。二つ目は制式採用直前の確認試験。今回の場合、ルーンの爪は前者、黒椿のツヴィリングは後者になる。

 ソフィアは一拍置いてから口を開いた。

「一言で言えば的当てかしらね。実際に飛び回りながら連射、撃ち分け、装填に問題ないか確認してね」

 了解、と言い終わると同時にツバメの翼が砂を巻き上げ、空へと飛び立った。倉庫から適度に離れた場所にある的へ射撃を始める。

 マガジンが空になるまでの連射、装填を繰り返す。

 ライフルと同時にショットガンを放った。もちろん、上昇下降加速減速を不規則に行いながらである。実験の目的に沿った動きだが、本来のユキの戦闘スタイルそのものだった。

 エリザは黒椿に向けていた機体を一八0度回転させ、反対方向の的に狙いをつける。

「アタシも先にマシンガンの実験します」

 ソフィアの返事を聞いてから、トリガーを引いた。

 爪試作四号に設けられたマシンガンは既に実用化された武器を転用したものだ。これまでのものより威力は高いが、連射性に劣る。

「これ、反動強いな」

 的の中心を捉えていた弾丸が乱れ、拡散していった。使い心地はマシンガンというよりライフルに近い。

 ソフィアも的を見ていた。

「狙いが定まらない?」

「適度に散らばるのはいいんですけどね」

 射撃は得意ではないのでちょうどいい。

「ユニコーンの体躯だと試作四号よりも試作三号の方がよかったかしらね」

「いままでの爪ですか?」

「そう、三号はユニコーン、四号はフェンリル、という感じかしら」

 威力が高くても扱えないのでは意味がない。

「そんなことはないですよ」

 エリザは撃ち方を変えた。間隔を空けてトリガーを引く。これによって銃弾は的から外れなくなった。

 ソフィアが感嘆の声を漏らす。

「バーストファイアね」

 制限点射を模した射撃だ。制限点射とはトリガーを引くと決まった弾数のみが打ち出される機構である。これによって弾薬の無駄遣いを防ぎ、銃身の熱膨張による威力の減衰を避けることが出来る。これは自動小銃では珍しくない技術だが、ヴィクトリアでは使うことがない。それぞれの体躯に合った武器を用いれば全弾命中させることが出来るからだ。

「フルバーストはダメでもこれなら使えます」

「何発までなら狙いを外さないか、しっかり記録しておいてね」

 了解と返事をしながらエリザはバーストファイアを繰り返していた。

 そこへ後ろから声がかかる。

「ソフィアさん、実験終わりました」

 弾薬を撃ち尽くし、空のマガジンを回収した黒椿が一歩一歩ネローザのもとへ歩いていた。

「ユキちゃん、お疲れさま。エリザももう少しで終わるから待っていてね」

 ルーンの方に目を向けると、マシンガンの実験を終えて爪を出し入れしていた。

「次は大剣ですか?」

「やっと実験本番というところね」

 ネローザもルーンの方に向き直った。

「こんな立派だと爪というより牙ね」

 爪を収納した右の手甲を腰に添える。大剣に鍔を付けるように、銃口と手を覆い隠して一つに繋がった。右腕そのものが武器に変わる。

 大きく振り上げ、目の前の的に垂直に落とした。

 的を映していた砂丘がV字に消える。

 砂が落ち着きを取り戻し始めたところで、元気のない声でエリザが通信を開いた。

「隊長、砂相手じゃ違和感がありますよ」

 フフッと笑い声。

「いつものことでしょ。ここは昔の設備しかないから、接近戦用の的はないのよ」

「ちなみに増設の予定は?」

「今のところなし。予算がないもの」

 ですよね、と苦笑するしかない。

「今回は動きを確認するくらいで大丈夫よ」

「了解」

 ルーンの可動式スラスターが地面に反力を取る。先ほどよりも高い場所からの袈裟切り。

砂塵が舞う。

 それが地面と水平に二つに分かれた。大剣が横に薙いでいた。

「エリザ、爪試作四号はどう?」

「見た目の割にだいぶ身軽です」

 左手にも大剣を取り付ける。適度に高さのある砂丘の的に目がけて踏み込み、左の大剣を突き刺した。それを抜くと同時に右手で切りあげる。

「でも、二本同時に扱うのは難しいですね」

 その大きさ故に動きに制約が生まれた。

 下手に腕を動かすと大剣同士がぶつかり、最悪片腕を落とすことになりかねない。

「もう少し短くしたらどうですか?」

 ユキが思いついたことをそのまま口にした。

 呆れた声で、おそらく呆れた表情で、返事が返ってくる。

「それじゃメリットまでなくなっちゃうでしょ」

 短い大剣ではこれまでの爪となんら変わらず、大型を落とすことも出来なくなる。ユキも言ってすぐにそのことに気づき、ぐうの音も出ない。

 その代わりにソフィアが話す。

「一本ずつ使うしかないかしら」

「慣れるまではそのほうが無難ですね」

 下手に武器や腕を傷付けたらおやっさんに殴られる、と大剣を腰に戻した。

 ガシャンという音とともに手甲と分離し、腰当のようにぶら下がる。

「基地に戻ったらシゲフミさんに報告しないといけないわね」

 ルーンはネローザの元へと歩きだした。

「今回は長い報告になりそうですよ」

「ふふっ、その時は先に戻ってるわね」

「ひどいっ」

「私も先に失礼します」

「ユキまで!?」

 一方的にからかわれることの多いユキのせめてもの反抗だった。

 しかし、当初の約束通り、パイロットスーツという名のサウナスーツで蒸し風呂の中を彷徨うことになり、基地に戻る間、普段の三割増しでエリザにいじられることになった。


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