試作品試験①
雲ひとつない空に3つの影が浮かんでいた。
無機質な鷹。両翼にはミサイルと機関砲を備えている。リーゼの兵器、レイヴンだった。編隊を組み進行する先には爪を隠したままのルーンが砂漠の上を駆け抜けていた。
エリザは冷静に距離を縮めていく。迫りくるミサイルを丁寧に躱し、その爆風を利用して更に加速していった。攻撃がミサイルから機関砲に変わってもその動きは変わらない。
三機の真下を通り過ぎる直前、ルーンはマシンガンばら撒いて編隊を崩した。
「まず一機」
攻撃が止んだ一瞬の隙を突いて飛び上がっていた。
露になった三枚刃の爪によって一機が四等分に切り裂かれる。
重力に従って落下し、地面に落ちる前に爆発した。
ルーンは飛び上がる勢いそのままに敵機の上を取った。振り下ろした爪が2機目のレイヴンの頭と左翼を袈裟切りにする。
「あと一機」
爆発の光を背中に受けながら、旋回するレイヴンにマシンガンを放った。
翼から背中にかけて穴が開いていく。
「敵機沈黙」
爆発することなく地面に突き刺さる。
レイヴンを見下ろしていたエリザの耳にピーッと警告音が響いた。
視界の中に敵機を入れると照合結果が表示される。
「コヨーテか」
その名前の通りオオカミのような機体が走り寄ってきていた。背中には、砲台に乗せられたマシンガンが二つと小さな翼が備えられている。その翼と足裏のスラスターで滑るように地面を駆けていた。
上空で待機するルーン。
エリザがペダルに乗せた足に力を入れる直前、更に上空をツバメが追い抜いて行った。
「次は私の番ですよ」
「あ、ユキ! こらっ、待てっ!」
スロットル全開の黒椿はあっという間にエリザを置いてきぼりにした。コヨーテの砲台が接近する黒椿に向けられる。マシンガンと黒椿のライフルは同時に放たれた。
交差する弾丸。
ヒラヒラと回避する黒椿。それに負けずとも劣らないすばしっこさで回避するコヨーテ。
足裏のスラスターによる急旋回とその小さな体で的を絞らせない。ユキはユキで射撃の腕があまり良くない。結果として均衡状態が続いた。
「おーい、手伝おうか?」
遅れてやってきたエリザからの通信だった。言葉と裏腹に傍観を決め込んでいる。
「大丈夫ですよ。打開策がありますから」
上空からでは埒が明かないことは分かっていた。
身を翻し急降下する。
近づけば近づくほど弾丸が肌を掠めていくのが分かる。
それは敵機も同じだった。寸でのところで回避している。
ユキは被弾しないぎりぎりの距離を探り見極めるとショットガンを放った。しかし、掠める程度でダメージを与えられない。機動性の高いレイヴンを倒したこの攻撃も通じなかった。
死角の少ないコヨーテには十分に近づけないためショットガンでも避けられてしまう。
「やっぱり手伝う?」
エリザの言葉はどこか笑みを含んでいた。
「だ、大丈夫です」
得意の攻撃パターンが通じず、ショックを受けていたが虚勢を張ったわけではない。
打開策はこれで終わりではない。右手のライフルとショットガンで足りないというのなら更に武器を増やせばいい。
マガジンを収納している肩に装備されたハンドガンを抜く。
「……これでっ!」
放たれた弾丸はコヨーテの左前脚に命中した。
ショットガンを避けた直後、姿勢制御のための一瞬の硬直を狙っていた。
体の中心に当てるはずだったがユキの技量ではこれが精一杯だ。
コヨーテはバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。
ライフルとショットガンの斉射、破壊。
「敵機撃墜」
ハンドガンを肩に収め、どんなものだとルーンの方を向く。エリザにもそれが伝わったのかフンと鼻を鳴らし、口を開いた。
「ほらほら、次の敵だよ」
「了解……って、大きいっ!」
二機の前には巨大な円盤が浮いていた。まさに宇宙人の乗り物のようなそれはゆっくりとした速度で近づいてくる。これまでの敵とは質量も火力も桁違いだった。
「ゼリーフィッシュですか」
リーゼの拠点攻略用大型戦艦。輪郭部は銃火器で覆われ、中心部上部には高空巡航ミサイル、下部にはシースキミングミサイルを搭載している。
「UFOに改名したらいいのに」
口ぶりとは裏腹にその声に余裕はなかった。普通に戦えばルーンの武器で装甲を貫くことはできない。
「ま、倒せない敵じゃないけど」
エリザが指示を飛ばす。
「狙いは船底のミサイル発射口、周りの銃器は積極的に破壊すること!」
限られた火力であの巨体を沈めるには誘爆を引き起こすしかなかった。船底はスラスターによって銃火器も少ない。
それが弱点だ。
「りょ、了解」
黒椿が高度を下げて接近すると、それを許すまいと銃弾が横殴りの雨のように降ってきた。
「……!」
ユキは咄嗟に踵を返し、距離を取る。これまでとは弾幕の厚さが違う。
「こら、勝手に突っ込むな」
「すいません、避けきれると思ったんですけど」
「んな、無茶な」
エリザはため息を漏らす。
「二人で行くよ。潜り込んだらアタシが先行するから」
「了解」
二機は蛇行するように近づいた。先ほどと同じように弾幕が接近を拒絶するが、標的が増えた分薄い。
ルーンがゼリーフィッシュの下に潜り込み、黒椿がそれに続く。
船底は巨大な自重を支えるスラスターが無数に並び、その間を銃火器が埋め尽くしていた。弱点というにはあまりにも強力な兵器群だ。
ミサイル発射口を狙える距離まで進行した時には既に三度リロードしていた。
「発射口っ!」
エリザが叫んだ。
「はいっ!」
ルーンのマシンガン、黒椿のライフルとショットガンが一点に集中する。
発射口を閉ざす蓋がへこみ、剥がれ、ようやく顔を出した。
撃ち尽くしてはリロードし、再び撃ち始める。
「エリザさん、残弾ピンチです」
周辺の銃火器を破壊し発射口の蓋を剥がすのに相当数のマガジンを使い果たしていた。
「アタシもよ」
発射口からは小規模な爆発は起こっているが、誘爆を引き起こすまでにはいかない。実質ダメージはゼロだ。
弾切れの前に誘爆を引き起こせるのか、エリザは焦燥感にかられていた。
そこへ落ち着き払った声が聞こえてくる。
「二人とも、戻りなさい」
優しい口調でも迫力のある声。
「隊長!」
「ソフィアさん!」
同時に叫んでいた。
ゼリーフィッシュの下から抜け出し、弾幕の外へと撤退する。
もともと拠点攻略を目的としているため機体そのものへの攻撃は優先順位が低い。追撃をするようなことは無かった。
「はい、集合集合」
ネローザは砂丘の上で待機していた。二機はその隣に着地する。
「まずは補給ね」
翼が広がり、収納されていた彼女のレールガンと二人分のマガジンが露になった。それぞれが受け取り、補充する。
「隊長、レールガンならアレ、撃ち落とせます?」
「さすがに正面から落とすのは無理ね」
大型マガジンを両爪に差し込むだけのルーンの補給はすぐに終わった。
両肩にマガジンを取り付ける黒椿、ユキが口を開く。
「やっぱり発射口ですか?」
「せっかく蓋開けたものね」
付近に基地や戦艦があれば対艦ミサイルを使用するため、その瞬間に撃てば誘爆を起こせる。しかし、ヴィクトリアしかいない場合、こじ開けるしかない。エリザの判断はあながち間違いではなかった。
「今度は私も攻撃するわね」
「またアタシが先行します」
「それに続きます」
作戦は決まった。
イエーガー隊は飛び立つ。
先ほどと同じように低い高度を保ったまま。ひとつ違うとすればネローザが加わったことで既に攻撃をしていることだ。角度を調整し一撃で複数の銃器を破壊する。レールガンの貫通力と射程のなせる技だった。
「さすがレールガン」
「ふふっ」
話ながらでも的確に撃ち抜いていく。
「ほら、もう相手の射程にはいるわよ」
ソフィアの話が終わると同時にゼリーフィッシュから銃弾が放たれた。各機は広がり、それぞれ回避行動する。
「じゃ、行きますよ」
ルーンが下にもぐり込んでいった。一度目の攻撃とネローザの狙撃で弾幕はだいぶ薄くなっている。黒椿とネローザが後に続く。
「弾幕きついわね」
その声はソフィアだった。
ネローザはその火力の代わりに機動性を犠牲にしている。最前線で戦うには不向きな機体だった。それでも武器庫を兼ねた翼で多少の被弾は防ぐことが出来る。
弱い衝撃が体を襲う。
「隊長、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。ただ、揺れがひどくて酔いそう」
ソフィアにはまだ冗談を言うほどの余裕がある。
「ポイントはすぐですよ」
先行していたルーンはミサイル発射口を射程に入れた。間を置かず黒椿、ネローザも攻撃可能なポイントにたどり着く。
蓋を剥がした場所を確認した。
「これならすぐ貫けそうね」
高速の弾丸が吸い込まれるように船底に開いた穴に入っていった。
それを皮切りにルーンのマシンガン、黒椿のライフルが火を噴く。
二発目のレールガンが放たれ、大きな爆発が起きる。
ゼリーフィッシュは沈黙した。
弾幕が止み、スラスターの出力が低下していく。
「撤退撤退、すぐに」
ゼリーフィッシュの高度が下がってきた。スラスターが完全に停止する前に船底から脱出しなければその巨体の下敷きにされる。ヴィクトリアの頑丈さもその圧倒的な質量差の前では意味を成さない。
三機は最短ルートで空を目指す。
最初に飛び出したのは黒椿だった。上方宙返りし、その途中で機体を水平に戻す。綺麗にインメルマンターンを決めた。
一番乗り、と心の中でガッツポーズ。
次に現れたのはルーンだった。一八〇度ロールで仰向けになり、そのまま空中で立ち上がる。
「やっぱり私が最後になったわね」
そう呟きながらネローザが日光に照らされる。
その後ろで機能停止したゼリーフィッシュが轟音と砂煙をあげて地面に落ちた。
敵機沈黙。
「これは撃墜完了ですか?」
ユキの声。
「完了……?」
エリザの声。
その問いに答えたのはソフィアではなかった。
敵機撃退を知らせる文字列が映し出される。
「お疲れ様、訓練終了ね。あ、このあとは反省会だから」
了解、と声を合わせて返事をすると視界が真っ暗になった。
シミュレーション訓練が終わり、ユキは大きく息を吐く。
最近は専らこのシミュレーション訓練を繰り返していた。試作品の試験が目的のこの基地で最も実戦に近い体験ができるからだ。彼女の教育方針は実機に慣れることよりも実戦を積むことに重きを置くことになった。
シミュレーション訓練のあとは反省会でダメだしを受けるのが常だった。
「ゼリーフィッシュに単機で突っ込んだのは失敗だったかな」
そう言い残してユキは卵から出た。




