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義体の女神  作者: 鈴木亜紀
第一章
20/62

異変③

 ソフィアと途中で分かれたユキは食堂に向かっていた。

 温かいものでも飲んで眠ろうと考えていた。

 廊下は昼間と変わらない照度を保っている。これは基地が二十四時間体制で機能していることを表していた。

 眠気のない状態では今が昼なのか夜なのかも分からなくなりそうだ。

 深夜にも関わらず食堂には人の気配がする。

 覗き込むように中を見ると三人の人影があった。

 書類に目を通すカレン。その横で文庫本を読むラウラ。その正面でノートパソコンを弄るベル。

 ゲヴァルト隊のメンバーが揃っていた。全員がパイロットスーツを着用している。

 ユキの存在に最初に気付いたのはベルだった。

「おやおや、ユッキーじゃないですか。どうしたのでありますか?」

 パソコンを閉じ、ユキを招くように隣の椅子を引いた。

 カレンも書類から視線を移す。

「こんな時間に食堂に来るとは、まさか……夜食か!?」

 椅子に座ったユキをからかうように歯を見せてニカッと笑った。

「こんな時間に食べると太るぞ」

 暖かい飲み物を取りに来ただけだと伝えると、そうかと2回繰り返し、再び手元の書類に目を通し始める。

 今回はコスプレさせようとしないんだな、と思いながらユキはその横にいるラウラが気になっていた。普段から口数の少ない彼女だが、挨拶くらいはしていた。それが、今回は半分ほど目を伏せた状態で本を持ったまま動かないでいる。周囲が見えなくなるほど本が好きなのかもしれない。

 カレンは視線を手元に落としたままユキの戸惑いを察した。

「ラウラは今スリープモードなんだ。気にするな」

「スリープ?」

 スリープモードの状態にあることを踏まえた上で改めてラウラを観察したが、さっぱりわからなかった。読書に集中しているようにしか見えない。

「ラウラは夜が苦手で、この時間になるといつもこんな状態になるんだ。起きてはいるけど反応しないからスリープモード」

「な、なるほど」

 それはもはや睡眠中と言っても過言ではないのではないのか。

「本当に起きているのかわからないけどな。あと、本持ってるけど読んでないぞ。もう三十分くらい同じページのままだから」

 いわれてみればラウラの瞳は一箇所を向いたままで微動だにしていなかった。心なしか焦点も本の向こう側に合わせられているような気がする。もともと眠らないように本を読んでいたのだが、いつの間にかこのような荒業をするようになった、とカレンは笑いながら付け加えた。

「ところで、ユキはなんでこんな時間まで起きてるんだ?」

「それは眠れないからでありますよね?」

 ユキの代わりに答えたのはベルだった。その手には湯気を上げるカップが二つ握られている。その片方を差し出した。

「ココアであります。もちろんノンカフェイン」

「すいません、ありがとうございます」

 カレンと話している間に取ってきてくれていた。温かい飲み物と聞いて察しがついたらしい。

 ココアを一口飲むと温かさが体を下りていくのが分かった。

 外で風を浴びていたせいで思いのほか体は冷えている。体とともに心まで暖まったような気がした。

 ふう、と自然と声が出ていた。

「ココア、おいしいです」

 ベルはニコッと笑って返した。

「ちなみに自分はブラックコーヒー、カフェイン増し増しであります」

 一口飲み、顔をしかめる。

「うん、苦い」

 カレンとラウラの前にも同じカップが置かれていた。おそらく同じコーヒーだろう。カレンは半分ほど飲んでいたが、ラウラは口をつけていなかった。

「ゲヴァルト隊の皆さんはこれから任務ですか?」

 こんな夜中にパイロットスーツを着て、例外もいるがブラックコーヒーを飲む理由はそれくらいしか思いつかなかった。

「自分達は夜警であります」

「緊急事態がなければただ起きているだけでヒマなもんだけどな」

 カレンは大きくあくびをし、おざなりに書類をテーブルの上に置いた。

「イエーガー隊もそのうち夜警やるんじゃないか? 近々レジスタンスが行動を起こすらしいからな」

「……そうですか」

 ユキは顔を曇らせる。それを誤魔化すようにココアを飲み込んだ。

レジスタンスはリーゼの侵略を指示する勢力の総称だ。リーゼを神のように崇める宗教的なものからユーアインの強硬な姿勢に反対するものなど理由は様々あり、それぞれが別々の目的と方法で行動を起こしている。

「どこまで信用していい情報かわからないけどな」

「念のためという事でありますよ」

「念のためな――」

 カレンは呆れたようにため息を吐いた。

「最近じゃ、レジスタンスがリーゼの協力のもと兵器開発を行っているだとか、軍が遺伝子操作で最強のパイロットを作ろうとしているだとかの噂まで情報として扱われているぞ」

 噂には尾ひれがつくもので、陸の孤島状態のこの基地に届く頃には鯉も龍になっている。

「情報くらい正確なのをよこしてほしいものだ」

 まあまあと宥めるベルを横目にユキが呟く。

「こんな時にどうして人間同士で戦うんですかね」

 パイロットとしてリーゼと戦う覚悟はあっても人間同士で殺し合う覚悟は無かった。

「難しいことを聞くな、ユキは」

「ユッキーらしいでありますよ」

 リーゼに対抗するために世界中の軍を寄せ集めて作られたユーアイン。戦争経験者がほとんどであったが、パイロットに限ってはその逆だった。ヴィクトリアのパイロットとして適性があるものを訓練し、前線に送っている。

「人間同士の殺し合いなんて昔から変わらないんじゃないか? 主義、主張、利害、信仰、エトセトラ、エトセトラ、そういうのが複雑に絡み合ってるもんだろ」

「人類滅亡を目の前にしても変わらないものですか?」

「個人は変わっても集団は変わりづらいものだよ。変えようとすれば異端とされ排除されるだけさ」

 そういうものなのかと納得せざるを得なかった。そうさせるだけの説得力と迫力がある。

「ユキはどうする?」

「え……?」

 もちろん質問の意図が分からなかったわけではない。

答えが見つからなかった。

 レジスタンスと相対したときにどうすれば良いのか、どう対応することができるのか。

「例えば、手元には銃があります。そこに同じく銃を持ったレジスタンスが現れました――」

 カレンは右手の人差し指と親指をたてて銃の形を模した。それをユキに向ける。

「さて、お前ならどうする?」

 撃つしかない。それくらいは分かる。しかし、実際に引き金を引くことが出来るのだろうか。もし相手が知人だったら、もし相手が子供だったら、別の解決方法があるのではないか。

 バーン、と人差し指が天井に向く。

「ははっ、今のうちに考えておけ。戦場じゃ考える時間なんてないぞ」

「……はい」

 言葉にこそしなかったが、ここが戦場であれば撃たれて死んでいたことを教えられた。無情な現実を突き付けられ沈むユキをベルが抱き寄せる。

「ユッキーをいじめてはダメでありますよ」

「悪い悪い、そんなつもりはなかったんだよ。老婆心ってやつさ」

 ははっと笑い飛ばした。ユキもつられて頬を緩める。

 その声で動かずにいたラウラの瞳が周囲を確認するように泳いだ。

「あ、あれ……ユキ? もう、朝?」

 省エネモードのときよりも眠そうな目をしている。

「おはよう、ラウラ。残念だが朝ではないぞ」

「眠れないユッキーとおしゃべりしていたのでありますよ」

 ラウラの視線がユキに向けられた。

「眠れないの? よ、よかったら……ぬいぐるみ、か、貸そうか」

部屋にぬいぐるみを飾っているのは寂しさ紛らわすためだった。この基地に異動してすぐの頃、ホームシックになりかけたときに何の気なく部屋に置いたのがきっかけだった。それから少しずつ数が増えていき、今では埋もれるようにして寝ている。その中で目を瞑るとなんとなく落ち着くことができた。

「ぬ、ぬいぐるみですか?」

 彼女の部屋にあるぬいぐるみは以前入った時に見ている。大小様々なクマがたくさん並んでいた。見た目も可愛いし、毛並みも良かった。しかし、ホームシックでは無く神経が過敏になっているだけなのであまり役に立たないような気もする。

「そ、それか……もしよかったら、その、私の部屋、使っても……いいよ」

「……!」

 一つ二つぬいぐるみを持っていくよりもそのままクマに埋もれてしまった方がよく眠れると思っての発言だと分かってはいるが、思わずドキッとしてしまった。

 ユキがそこまで迷惑かけられないと遠慮すると、ラウラの方も迷惑だったかと頭を下げるので更にそんなことはないと否定するが、更に更に馴れ馴れしかったと頭を下げるので更に更に更にそれを否定する。この続きを三往復したところでカレンが見かねて声を掛けた。

「よし、ラウラはユキを連れて部屋へ行け。そしてぬいぐるみをユキに貸すんだ」

「りょ、了解」

 ラウラは立ち上がり、食堂の入口の方に向かう。

「ユキ、お前はラウラにぬいぐるみを借りたら部屋に戻って寝るんだ。ぬいぐるみを抱いて目を瞑ればそのうち眠れる」

「は、はい」

 隊長らしくビシビシと指示を出し、その場を収めた。

「はい、即行動」

 ユキは残っていたココアをひと口で飲み込み、立ち上がる。一言ベルにお礼を言い、カレンに挨拶をしてから食堂の入口で待っているラウラの方に歩き出した。部屋を出る直前、カレンが思い出したように口を開く。

「ラウラ、部屋に戻ったまま寝たりするなよ」

 彼女は立ち止まり、目を合わせてから無言で頷いた。

怪しい。

 訝しがるカレンの視線を背中に受けながら二人は部屋へと歩き出す。ラウラの歩幅は小さく、その上ゆっくりで音がしない。

「ユキは、どういうのが……好き?」

 歩き方に意識が向いていたユキは突然声を掛けられて固まってしまった。二人で歩いているので話し掛けられても不思議ではないのだが、ラウラに限っては自分から話しかけることはほとんどないので不意打ちだった。

「……ぬいぐるみ。大きいのも、小さいのもあるし。毛足の長いのもあるよ」

「大きいのがいいです」

「そっか。抱いて寝むれるくらいのがいい、よね」

 それだったらヘリオドールかローズオーラがいいかな、と楽しそうに話すラウラはいつもより口数が多かった。心なしか言葉使いも流暢になっている。

 部屋の前まで来ると彼女は立ち止まり、パイロットスーツのジップを下ろした。

 首から下げていたカードキーをドアに翳す。

 ドアが開くと自動的に明かりがついた。無数のぬいぐるみ達が姿を現す。

「失礼します」

 畏まるユキを横目で見て頬を緩めると部屋の奥へと進んだ。彼女の向かった先には子供と変わらないほどの大きさのぬいぐるみが二つ並んで座っていた。

 大きいのがいいとは言ったがここまで大きいとは思っていなかった。

「えっと……これがヘリオドール、それからローズオーラ」

 茶褐色のヘリオドールと淡いピンクのローズオーラ。どちらもつぶらな瞳をしている。

「あ、それともエメラルドの方が、いいかな」

 そういって抱きかかえたのは若草色をした、先ほどのものより1回り小さいぬいぐるみだった。パイル地で毛足が長い。

 こっちの方がいいかな、と考えているとラウラと目が合った。

「……これにする?」

「はいっ」

 遠慮せずにエメラルドを受け取った。ふかふかもふもふでさわり心地もいい。

しかし、彼女の目はラウラの胸元に奪われた。はだけたパイロットスーツから黒く光る石が顔を出していた。

 その視線に気づく。

「これは、ブラックスター・ダイオプサイド……っていうの」

 名前の通り星のような形で光が反射していた。

「きれいですね」

「お守り、みたいなもの……かな」

 首からぶら下がった宝石を手でいじる。ラウラのどこか懐かしむような、憂いを含んだ瞳にユキは言葉を探していた。

「それじゃ、私は、食堂に……戻るよ」

「あ、はい。エメラルド、ありがとうございます」

「大事にしてね」

 ラウラは優しさに溢れた笑顔を残して食堂に戻っていった。

 部屋に戻ったユキは軍服を脱ぎ、下着のままベッドにもぐりこんだ。もちろん手にはエメラルドが握られている。ギュッと抱きしめると少しだけ温かい。ホームシックになったわけではないが本当に落ち着くことができた。

「……」

 ふと黒い宝石が頭を過る。彼女の印象とは離れたものだった。誰かからの贈り物だろうか。あの容姿なのだから彼氏がいても不思議ではないが、あれを見ているときの彼女の表情はそういったものではなかった。

「ラウラさんもいろいろあったのかな」

 エメラルドの頭をなでる。

「それにしても――」

 宝石はラウラの埋もれるようにして胸元に収まっていた。

「意外と大きかったな」

 そのまま目を瞑り、眠りについた。


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