異変
砂漠の夜は寒い。
空気中の水分が少ないため日中の熱はすぐに冷めてしまう。
ユキは司令塔の足元に設けられた三階建ての建物の屋上で空を眺めていた。手摺で囲われているだけでベンチなどがあるわけではない。地べたに寝そべり大の字になっていた。
初めての出撃の興奮が冷めない。
緊張感が続いているように感覚が澄んでいる。眠りにつけるような状態ではなかった。
澄んだ空気の先にある星の光は小さいものまでよく見えた。生き物の気配のない静寂の中に空調のモーター音が遠くから聞こえる。
訓練学校の時はいつでもどこでも寝られていた。環境の変化で体調を崩すようなこともなかった。
神経が図太いわけではなく順応性が高いと自負している。まして神経質になるようなことはいままで無かった。
分からないことの連続で考えることが億劫になっていた。
「まあ、なんとかなるよね」
大きくため息を漏らした。
ユキはなんとなく階段の方に視線を向ける。その先にはちょうど最上段に足をかけたソフィアがいた。やはり人の気配にも敏感になっている。
彼女はユキの方へゆっくりとした足取りで近づいてきた。ユキは立ち上がって二、三度服を叩く。
「ユキちゃん、眠れないの?」
「はい、目が冴えちゃって」
ソフィアに促され、手摺に体を預ける。
冷たい風が背中に当たり髪をなびかせた。
「ソフィアさんもですか?」
「私はまだ仕事中なの」
彼女はパイロットとして戦闘を行うだけでなく、基地全体の運営にも携わっていた。アルビナの言っていた通りソフィアが基地運営のトップらしい。
フフッと困ったように笑っていた。
「出撃したのに、こんな時間まで大変ですね」
「いつものことなの。アルビナさんはアルビナさんで忙しいからね」
風で乱れた白い髪を右手で耳にかけた。
「ここまで迷わないで来られた?」
「大丈夫でしたよ。だいぶ覚えてきました」
ユキは笑顔を浮かべていた。しかし、それが空元気であることを見逃すほどソフィアの目は
節穴ではない。
「まだ緊張しているの?」
顔を伏せるように力なく頷いた。憂いを含んだ瞳をソフィアに向ける。
「まだ黒椿に乗ってるような感覚がするんです」
この一言にソフィアの表情が一瞬凍りついたがユキは気づかなかった。
「そう、今日初めて乗ったものね。最初はみんなそうなのよ」
普段と変わらない口調と表情で言った。これが嘘だと分かるのは言った本人の他にはいないだろう。
「少しすれば落ち着いて眠れるわよ」
そうですよね、とユキは肩を落とした。
基地に吹き込む風は少しずつ強くなっている。
「ほら、部屋に戻りましょ」
寄り掛かっていた手摺から離れ、ユキに手を差し伸べた。
銀髪に白い肌、うっすらとほほ笑むその姿は月の光によって人よりも高等なものに見えた。
「あ、はい。仕事、大丈夫ですか?」
「アルビナさんのところに行くようだから方向は同じなのよ。それに――」
手を取り、並んで歩き始める。
「迷子になったら大変でしょ?」
ソフィアの柔らかい表情につられてユキも口元を緩めた。




