スクランブル⑤
ユキの報告は思ったよりも長く、話終えたころには基地に最も近いレーダー塔を越えたところだった。
「ユキちゃんは一撃離脱が得意だったのね」
「あ、はい。え、いや、そうではなく……」
報告したのはあの感覚について聞きたかったからだ。趣味や特技を話の種にするのはランチのときだけでいい。
「それならユキはアタシと一緒に前衛ね。その機動性で隊長の超長距離射撃の目になりなさい」
「いわゆるスポッターですか?」
そんなとこ、とエリザは相槌を打った。敵の情報を狙撃者に伝達する補助者。といっても実際の狙撃と違い敵情報は自動的にネローザに送られ、本人は普通に戦闘を行うだけだ。
「それで、あの感覚ってなんだか分かりますか? あれが戦場の空気というやつですか?」
分かりそうで分からないモヤモヤを早く晴らしたいユキは無理矢理本題に踏み込んだ。長々と話をしたのはこの感覚の答えを知りたいからで、報告は機体に搭載されたカメラの映像を提出すれば済む。その方が迅速かつ正確だ。
少し考えるようにしてからソフィアが口を開いた。
「……ユキちゃんは敏感みたいね」
「アタシは最初からそうだと思ってましたよ」
ソフィアに限らず、この基地の人は結論を先に述べることが多い。理由や経過は後回しになるためどうしても返事には疑問符がついてしまう。
「ま、まさか第六感ですか?」
答えが返ってこない。沈黙に耐えきれず、ユキが口を開きかけたところでソフィアが声を出した。
「フフッ、霊感とかではないのよ」
「ユキってオバケとか信じてるの?」
ソフィアの微笑のあとにエリザの嘲笑が通信に流れ込んでくる。おそらくエリザはひとりっ子だ。下手に反論すると話が反れ、戻ってこられなくなることは分かっていた。
「真面目な話してるんですよっ! あれ、なんなんですか?」
ソフィアが答える。
「技術的には何もわかってないの」
「えっ……?」
ユキは思わず声を出して驚いてしまった。
もともとヴィクトリアはブラックボックスの塊である。女性しかパイロットになれない理由もイニシャライズしなければ機体を動かすことが出来ない理由も分かっていない。どれも仮説がいくつか立てられている程度だ。
とはいえパイロットの感覚に干渉するものすら未知というのは怖い。
「みんなその感覚の中で戦っているから大丈夫よ。人によって感じる度合いは違うけれどね」
「ソフィアさんとエリザさんはどんな風に感じるんですか?」
共感する相手が欲しかったのだが、感覚を説明するのは難しいと二人ともはぐらかした。代わりに、感覚については他言しないように口止めをされた。パイロットとしての技量を測られ、そういった内容は機密情報扱いになるらしい。
珍しく曖昧な返答に疑問を頭の中で整理していると、基地が眼下にまで迫っていた。既にシルム隊を収容し、イエーガー隊の機体カタパルトが地上まで上がっている。
ソフィアとエリザは直接カタパルトに着地し、ユキは一度横に降りてから歩いてカタパルトに乗せた。直接降りることもできるが、あまりに時間がかかるので訓練時にしかやらないことにしている。
帰投後、ソフィアは司令室に向かった。隊長は作戦後、その報告をアルビナにしなければならない。彼女と格納庫で分かれたエリザ達はブリーフィングルームに向かう。報告が終わるまでそこで待機するように指示を受けていた。
「それにしても、思いがけない初陣になったわね」
エリザは両手を頭の後ろで組み、天井を仰ぎ見るようにして歩く。その後ろをユキは時折振り返り道順を確認しながらついていっていた。
「模擬戦の後だったのが不幸中の幸いでした」
優れた戦果の余韻に浸る彼女の言葉は端々に笑みを含んでいる。
「アタシたちがリーゼと戦うことはあんまりないから、いい経験よ」
「実戦は少ないんですね」
リーゼとの戦闘の多くは彼らの侵攻を防ぐためのものだ。そのため、前線基地や巡洋艦に配属されなければ接触する機会はほとんどない。その低い可能性を配属二日目で経験できたのは幸運だったのかもしれない。
「そりゃ、ここは開発基地だからね――」
エリザはユキを一瞥した。
「実戦は少なくないけど」
その一言は誰に言うわけでもなく呟かれたものだった。指向性のない声。
「……?」
ユキが尋ねようとしたところでエリザの脚が止まる。
「はい、到着。ちゃんと道順覚えた?」
途中までは、と曖昧な返事をした。そのせいで尋ねるタイミングを逃してしまった。
ブリーフィングルームに入ると、右奥の方に並んでふたつの人影があった。真っ赤な髪を頭の両脇で束ねた女の子とその面倒を見ている女性。頭の右側で一本に髪をまとめている。
どちらもパイロットスーツを着ていたのですぐにシルム隊のメンバーであることが分かった。
「あ、エリザだあ」
左右の髪を揺らしながら女の子が駆け寄ってくる。そのままタックルでもするような勢いだったが、見たことのない人間に気づき目の前で立ち止まった。好奇心の宿った双眸がユキに向けられる。
「マリア、これが新人のユキ・カミチカ」
「ユキかあ、よろしくなあ」
なんとも雑な紹介だったが、彼女は人懐こい笑顔で挨拶してきた。気付けば彼女の後ろにもう一人の女性が近付いてきていた。
「わたしはナターシャ・ドロノフ。階級は少尉。うーんと、青いフェンリルがわたしの機体」
スッと手を差し出す。
「ちなみにこの子はマリア・クリカノフ。階級は軍曹。赤いフェンリルのパイロット」
ナターシャと握手を交わすとマリアも真似するようにユキと握手を交わした。
「今回は助けてくれてありがとうね」
「たすかったよお」
「いえいえいえ――」
ユキは照れながら顔の横で両手を振りまわす。
「任務、お疲れ様でした」
自己紹介を終えるとそれぞれの席に着く。ナターシャとマリアは元の席へ、エリザ達は中央に並べられた椅子に腰を下ろした。特に席は指定されていないが、自然とこの場所になる。
「リリアさんは? 報告中?」
背中を向けるような形で座るエリザは体を捻り、背もたれに片腕を乗せた。
「うん。もう来ると思うよ」
「リリアっていうのはあたしたちの隊長のことだよお」
ナターシャの横に座るマリアは足をぶらぶらさせながらユキに説明する。ランドセルを背負っていても不思議ではない容姿とそれに相応しい言動。本当に子どものパイロットだった。新しい仲間に興味津々な彼女は出身や機体、入隊する前の経歴など得意の質問責めで次々と調べ上げていく。仕舞いには血液型や誕生日まで聞き始めた。
そのうち好きな食べ物や好きな色まで聞いてきそうな質問の嵐に困惑するユキ。その様子を横で楽しむエリザはソフィアが来たことに最初に気付いた。
「あら、もう打ち解けているみたいね」
その後ろにもうひとり、同じく報告を終えたリリアがいることにも気付く。
「案の定質問責めされてるなー」
ソフィアよりも頭半分背の高い女性。胸元まで伸びた内巻きの黒髪を弄っていた。
声に気付いたマリアは質問に答えるユキを制してリリアに人差し指を向けた。
「あれがリリアだよお」
あれとは失礼だなー、と文句を言いながらユキに近づいていく。それに気付いた彼女は立ち上がり、姿勢を正した。
「そんな畏まらなくていいぞー。ウチはリリア・ブルイキン――」
視線が宙に浮く。おっとりとした表情で頭をポリポリとかく。
「階級は中佐で、シルム隊の隊長……くらいかー」
「リリアは紫のフェンリルに乗ってるんだよお」
マリアの声はよく通る高い声をしている。ナターシャは二人の邪魔をしないように彼女の話し相手になった。その間にユキが自己紹介をした。
「おー、これからよろしくなー」
ユキの肩を軽く二回叩いてから席に向かう。紹介をしている間にソフィアは腰を下ろし、反省会に使う資料をテーブルに広げていた。資料には機体に設けられたカメラから得られたデータがまとめられている。使用武装、弾数、命中率。他にも被弾箇所や戦闘中の心拍数まで記録されていた。
「はい、それじゃ反省会しようかしらね」
イエーガー隊が反省会を始めた後ろでシルム隊も反省会をしようとマリアを落ち着かせようとしていた。




