スクランブル②
砂漠地帯はどんなに行っても同じ景色だった。GPSが無ければ目的地に近づいているのかも分からない。真っ直ぐ歩いているようで実は少しずつ方向がずれていき、大きな円を描いてグルグル回っているのではないのかとすら思う。
そんなことを考えながらナターシャは青いフェンリルで飛んでいた。下に二機、赤と紫、色違いの機体が地面すれすれを移動している。フライトユニットを装備し、両腰には三連ミサイルポッド、腕にはライフルとアイギスを持っていた。
赤いフェンリルのパイロットから通信が入る。
「ねえナターシャ、基地まであとどれくらいかかるのお?」
まだ子供の声。無邪気で何事にも興味が尽きないような物言いだった。
「うーん、どのくらいかな。追手がいるからよく分からないよ」
「そっかあ。基地遠いなあ」
優しく諭すように答えたが、あまり理解できていないようだ。通信を開いたまま少しだけ沈黙が訪れる。
「ねえナターシャ、なんで基地には移動用車両がないのお?」
「うーん、なんでだろうね」
「マリア、ナターシャを困らせるのはダメだぞー」
紫のフェンリルからの通信だった。間延びしたやる気のない声。
「ウチらは基地の防衛が主な職務だからなー。移動は想定してないんだろー、便宜上は」
「べ、ベンギジョウ?」
マリアの疑問は宙ぶらりんになっていた。彼女がヤキモキしたこの状態を許すわけがない。
「ねえリリア、ベンギジョウってなにい?」
リリアと呼ばれた紫のフェンリルのパイロットは説明を続けた。
「そうだなー、便宜上っていうのは都合のいい言い訳を並べて、それっぽい感じにまとめることだぞー」
頭をフル回転させて考えたがマリアには分からない。リリアの方もわざと難しい言葉を使っていた。説明するのが面倒だったからだが、それ以上にからかうのは楽しかった。
「そうなのかあ。リリアは物知りだなあ」
理解できてはいないが、とりあえず分かったふりをしていた。自分に分からない物事だと判断するとすぐに興味がなくなり、適当に返事をするのが彼女の癖だった。
「マリアじゃないが、本当に移動用車両がないのはきついなー。こうやって応援に行くのだって少なくないのになー」
「うーん、それも便宜上というやつですじゃないですか。わたしたちは軍から嫌われているけど、便宜上、軍の一部だから依頼があれば援護に行かなければいけないじゃないですか」
それもそうだなー、とリリアがため息をついた。
「ねえリリア、なんで基地には艦がないのお?」
沈黙を許さないマリア。空気を無視してマイペースに話をぶり返す。リリアはそれも便宜上だぞーと適当に答えた。便宜上という言葉が実際の意味以上に便利なものになっている。
「……これもベンギジョウかあ」
少し声に元気がなくなっていた。流石に気が咎め説明を続ける。
「ウチの基地は武器開発のために造られたからそういう運用に関しての予算があんまりでないんだぞー」
「そうなのかあ」
明るい口調だがわかっていないときの返事だった。思わず横から口を挟む。
「うーん、つまりお金がないってことだね」
「そっかあ。ナターシャは頭いいなあ」
「あれ、ウチが説明したはずだぞー。おかしいぞー」
リリアの音声は二人に届いていたが返事はなかった。彼女は隊長なのだが時々こういう扱いを受けることがある。もともとリーダーという柄ではないため本人も気にしていない。
「ねえナターシャ、なんで開発が専門の基地なのにあたしたちの武器はみんな量産型なのお?」
あれ、今度はナターシャに聞くのか、と言う声はそのまま通り過ぎていった。
「うーん、隊の役割が違うからかな。開発された武器の試験はイエーガー隊が担当してるんだよ。ゲヴァルト隊は基地防衛、わたしたちは援護だよ」
「それに、隊の中で武器を使いまわせるからだぞー」
ここぞとばかりにリリアが付け加えた。
「そっかあ。ちゃんと考えられてるんだなあ――」
知識に偏りのあるマリアだったが今度はしっかり理解できている。ただ、続けて話そうか迷っているようだった。
「ちなみに、全員弾切れのときはどうするのお?」
二人とも答えられなかった。今まさにその状態で、尚且つ敵が迫っている。自分たちで出来る対策があれば既に手を打っている。
リーダーらしくリリアが口を開いた。
「ナターシャ、マリア、残弾を報告しろー。ちなみにウチはライフル〇、ミサイル二発」
「わたしはライフルマガジン一個分、ミサイル〇」
「あたしはライフル〇、ミサイル四発だよお」
絶望的な数字だった。ひとつにまとめても戦うのは難しい。
「よし、イエーガー隊が来るからそれまで逃げるぞー」
了解と返事が来た。それを聞いて彼女も内心ほっとする。
「あ、そういえば新人も来るって言ってたぞー」
「ほんとかあ! 早く会いたいなあ」
一際大きい声だった。
「ウチも早く会いたいぞー。敵よりも先に会いたいぞー」
マリアに負けないくらい大きな声を出した。自分のせいで話が反れたが、現状を確認した上で呑気なこと言っている隊員に思わず声量でピンチを示そうとした。しかし、リリアも早く会いたいかあ、と賛同されただけだった。効果なし。
「うーん、本当は基地に帰ってからしっかり挨拶をしたかったかな」
「いや、だから早く会わないと二度と会えなくなっちゃうって話をしてるんだぞー」
マリアはともかくナターシャまで呑気なことを言っている。これは隊長としての威厳が足りないせいかもしれない。とはいえ、ソフィアのような包容力はないし、カレンのようなリーダーシップもない。どちらかといえば友達、よくても姉という感じだ。それかツッコミ担当。
「それよりもリリアさん、早くイエーガー隊と合流しないと追いつかれますよ」
「そうだなー、それっぽいことさっきも言ったけどなー」
基地からの連絡ではそろそろ到着する時間だった。次にレーダーに反応するのがイエーガー隊なら良し、もしも敵機なら援護なしに戦闘になる。残弾数のほとんどない現在の武装では一波目を退けても二波目と戦う弾数は残らないだろう。
ピピッと音が鳴る。レーダーに反応が現れていた。
「噂をすれば……」
数は三機。
「任務お疲れ様。なんとか間に合ったみたいね」
「おおソフィア、待ってたぞー」
安堵のため息を漏らす。それとほぼ同時にピーッと警告音が鳴った。
「……アルバトロス三機確認――」
シルム隊の六時方向、編隊を組んで真直ぐ飛んでくる。
「位置情報を送信するぞー」
「了解。シルム隊はこのまま基地に向かってね」
「はいよー。ほんと助かった、ありがとー」
ソフィアが相槌を打ち、通信が終了すると今度はマリアから通信が入った。
「ねえリリア、エリザしかこっちこないよお?」
彼女の言うとおり、エリザは正面から直進してくるが、他の二機は大きく迂回するように移動していた。
「なんでだろうなー。わかんないなー」
「そうかあ、わかんないかあ」
隊長としての威厳を失うのはこういった言動のせいなのだが気づいていない。
「まあソフィアだから大丈夫だろー」




