真・黒椿
ユキはそれぞれの機体を通り過ぎて黒椿の下に進む。
一晩で愛機は姿を変えていた。両肩に縦長の盾が付いている。その裏にはマガジンが搭載され、ひとつだけハンドガンが取り付けてあった。もちろんこれも塗装済み。
「どうだ? これが黒椿の真の姿だ」
シゲフミは腕を組み、満足気な顔で機体の前に仁王立ちしていた。
「シゲフミさん、ありがとうございます」
ユキの笑顔に答えるように皺を作って笑う。
茶化すような口調でエリザが言う。
「おやっさん、こんなマガジン積んで機動性大丈夫なの?」
「当たり前だろ。そんなミスをするかよ。それより、ルーンに新しい武器はいらないのか?」
いらない、と二回繰り返してからルーンの方に歩き出した。
「それからソフィア、最終確認だ。黒椿、ルーンの両機は全てペイント弾を使用。ネローザは武器を変更後、ペイント弾を装填。以上だ」
ネローザのレールガンにはペイント弾が使用できないため、武器そのものを変更して対応することになっていた。
「当分はペイント弾使用か?」
「そうですね。よろしくお願いします。」
了解したとシゲフミが答え、ソフィアは笑顔を残してからネローザに向かった。ユキも機体に乗り込もうとワイヤーを掴むと後ろから日本語で声が掛かる。
「いいかユキ、アイゼンフリューゲルはフライトユニットより加速性も最高速度も優れているが、一番は旋回性能だ。慣れないうちは急旋回するなよ。ブラックアウトなんかして墜ちたりしたら砂漠に埋めるからな」
「りょ、了解! 気を付けます」
ワイヤーでコックピットまで引き上げられていった。
シートに座りヘルメットをかぶると視界と映像がリンクする。足元にいたシゲフミは既に黒椿から離れていた。
ヘルメットからソフィアの音声が入ってくる。
「ユキちゃん、聞こえるかしら?」
「は、はい。聞こえます」
緊張で声が上擦った。
「この格納庫は地下だから出撃は上からなの」
そう言われ上を見ると、天井が開き始め、日の光が入ってきていた。それと同時に真下の床がエレベーターのように動き出す。小刻みな振動とともに上昇し、機体を基地の上に運び出す。
雲ひとつない空から照りつける太陽と辺り一面に広がる砂漠地帯。
この基地は主要な部分を地下に設けているため地上部分は背の高い司令塔を含めて防衛設備が主だった。現在機体の立っている発着場の周りには電波塔や迎撃ミサイルなど仰々しい備えがある。更に、この基地を中心に放射状にレーダー塔が設けられていた。といっても、地平線の彼方にやっと頭が見えるほどの距離がある。
黒椿は訓練学校時代に乗った練習用の機体とはまるで違った。乗っているという感覚がほとんどない。まるで機体が自分の体のような気さえする。
自分の体を確認するように視線を巡らせていると再びソフィアから声がかかった。
「クロツバキに乗った感覚はどうかしら?」
ネローザはレールガンの代わりに近い形の武器を翼に収めている。
「感覚がつながる感じっていうのはよく分かりました」
今なら自分の手足を動かすように機体を操れそうだ。
「そう、大丈夫そうね」
「隊長、これから模擬戦ですか?」
エリザの問いかけに少し間を置いてから答える。
「急すぎるかしら。ユキちゃん、新型のリアユニットの確認を兼ねて少し飛んでくる?」
「え、いいんですか?」
ユキの声はいままでより大きく、弾んでいた。コホンと咳払いをしてから、やり直しをするようにもう1度確認する。
「本当に飛んできていいんですか?」
今度は普段以上にトーンを落として畏まった口調になっていた。抑えていた感情が不意に訪れたチャンスで溢れてしまった。動揺してそれを取り繕うこともうまくできていない。
「ええ、これも訓練だから遠慮しないで」
「ユキ、あんたは、ぷっ、素直でいい子だよ」
変わらない口調で対応したソフィアとは違い、エリザは笑いを漏らしている。絶対ひとりっこだ。
恥ずかしさを押し殺して相槌をうった。
深呼吸を三回。
操縦桿とペダルを操り、跳ねるように飛び立った。急上昇、そして旋回。
加減速、旋回性を確かめるように基地上空をヒラヒラと飛び回る。機体と繋がった感覚によってまるで自分自身が飛んでいるような気分だった。
楽しい。
訓練機ともシミュレーションとも違うリアルな空。
「ユキちゃん、レーダー塔があるところまでなら基地から離れても大丈夫よ」
「はいっ」
返事をするよりも早く、ソフィアが話終わった時には黒椿は基地から離れていた。
ユキは黒椿をフルスロットルで加速させていた。その後ろ姿を見守っていたソフィアにエリザから通信が入る。二人にしか聞こえない音声通信だった。
「隊長、ユキは訓練学校出なのに、なんでこの基地の配属になったのか知ってますか?」
抑揚のない口調だったが、緊張しているのが伝わってきた。
「名目上は人員の補充と聞いているけど、実際はどうかしらね」
「ウチの基地って左遷……というか訳有りの集まりですよね?」
ソフィアは自嘲的にフッと笑う。
「そうね。いわゆる流刑地、いや、流刑基地ね」
エリザも釣られて笑った。
「実はユキちゃん、問題児だったのかしら?」
「アタシは家とか、政治的な問題なのかと思ってました」
「彼女は孤児院で育ったから家名ではないわね。両親が誰なのかもわかっていないそうだし」
「そうだったんですか」
本人に聞こえていないと分かっているが、だからこそ悪いことを聞いたとエリザは少し後ろめたい気持ちになった。ここにいるパイロットたちはどれも他の基地や艦から左遷されてきた。原因は本人の言動であったり、生い立ちであったり様々である。そういった集まりのため下手に詮索することもしない。
「上の連中の考えていることは分からないけど」
「あ、ユキ戻ってきました」
晴天の黒い点がツバメのシルエットに変わっていく。時折旋回やジグザグと飛行し、基地の上空まで来るとホバリングをした。
ソフィアはユキとの通信を再開する。
「ユキちゃん、おかえりなさい」
「クロツバキには慣れてきた?」
「あ、はい。いい感じです」
言葉とは裏腹にユキの声には元気がなかった。
「どうかしたの?」
「いえ、新型が、新型がすごかったです」
高揚感に任せて乗りまわした結果グロッキーになっていた。はしゃぎ過ぎた子供のようで、それも彼女のテンションを下げる原因になっている。
「ソフィアさん、さっそく模擬戦やりましょう」
「隊長、アタシが相手をします」
気を紛らわせたいユキとシミュレーションの続きをしたいエリザ。
異なる理由で積極的な二人の真意を知らず、ソフィアは判定に徹することにした。
「よし、決着をつけよう」
「はい! 負けませんよ」
実機の方がシミュレーションよりも機体を動かしやすい。接近戦に持ち込みやすいとエリザは高をくくっていた。
「エリザ、もちろん爪を使ってはダメよ」
期待はあっけなく木端微塵にされた。爪を使えば本当に墜ちかねないので当たり前なのだが。
「攻撃はペイント弾のみね。それ以外はシゲフミさんに怒られるから」
「……了解です」
エリザは渋々頷いた。その会話を聞きながら、言われなければ本当に切りかかってきていたのかとユキは青ざめていた。
「ユキ、やっぱり決着はシミュレーションでつけるか。今回は練習ということで」
「は、はい」
明らかにモチベーションが下がった様子であったが、プライドが高いエリザはどんな形であれ負けるのは許さないだろう。ユキは改めて気を引き締めた。
「二人とも、ペイント弾でも基地に当たるとマズイから基地から離れてね」
了解、と声を揃えて二機は離れていった。




