訓練開始
パイロットスーツは自分の機体とお揃いの黒色だった。昨日既に目にしていたので知ってはいたが、ぴったりとフィットするので体のラインが出る。良く言えばスレンダー、悪く言えば貧相な体だ。
ユキは鏡に映った自分の姿を見てそんなことを思っていた。最も気になるのは胸元のホルスター。訓練学校では特定の講義中でしか扱うことが無かった。パイロット用にトリガーが重く、誤射することがない特殊な造りをした銃。その重みがずっしりと肩にのしかかる。自分が一般市民ではないことを改めて思い知らされた。
ひとりでは迷子になるため、先にエリザの部屋を訪ねようと廊下に出る。
「お、ユキ、おはよう。早いわね」
ちょうど彼女もドアを開けたところだった。
「エリザさん、おはようございます……」
同じくパイロットスーツを着ているエリザを頭から足まで見る。やはりそういう血筋なのか手足が長い。自分と同じように細い、というより引き締まった体をしていた。少しだけホッとした。が、その表情と視線に気づいたエリザはすばやくユキの後ろを取り、首に腕を回す。
「おいユキ、今思ったことを正直に口にしなさい」
「え、いや、その……んぐっ!」
完璧なチョークスリーパーが決まった。
「安心したのか? 仲間だと思ったか?」
ぎちぎちと首が絞まっていく。頸動脈を綺麗に圧迫され、たまらずタップした。
「ごめんなさいっ! 安心しましたっ! 仲間だと思いましたっ!」
何度もタップをするとようやくユキを解放した。フンと鼻を鳴らし、胸の前で腕を組む。
「意外に失礼な子だな、ユキは」
「結構気にしてるんですよ。胴長なのでこういうピタッとしたのは……」
今度は逆にエリザがまじまじと見始めた。さっき自分はこんな露骨な視線を送っていたのかと恥ずかしくなった。
「脚長いじゃない。細いし。まあ、胸はないけど」
仕返しとばかりに笑みを含んだ口ぶりで胸を指差す。そして思い出したように付け加える。
「あ、ソフィアさんにこの話題は禁止ね」
「どうしてですか?」
何気なく聞いたがエリザの表情が暗くなる。
「ソフィアさんって……結構ふくよかじゃない? 私もさ、女性として羨ましいなって思ってそう言ったのよ。そうしたらさ――」
説明するに従って声が小さくなり、代わりに顔を近づけてきた。
「そ、そうしたら?」
ゴクリと唾を飲む。ニコニコと柔らかい笑顔以外のソフィアの表情は見たことがない。
いや、一度いつもと違う笑顔を見た。それはネローザの印象をポツリと言葉にした時だ。
事の真相を期待したユキの耳に次に入ってきたのは話題の張本人の声だった。
「おはよう、エリザ、ユキちゃん」
名前を呼ばれた二人は体をビクッと跳ねさせ、そのまま硬直する。
振り返ると同じくパイロットスーツのソフィアが立っていた。
「そ、ソフィアさん、おはようございます」
エリザが言ったとおりの容姿だったが、意識して見ないように努める。
「隊長、オハヨウございマス。い、いつからそこに?」
「今来たところだけれど?」
表情を見る限りそれは嘘ではないようだった。ホッと肩を落とす。
息をひとつ吐いてからエリザが口を開く。
「今日の訓練って何をするんですか?」
「当分はユキちゃんが実機に慣れるようにペイント弾での演習かしら。合間にフォーメーションも入れるわね」
ソフィアを先頭に格納庫へと向かう。ユキは道のりを覚えることに集中していた。
「それに、まだ実際の装備を確認していないでしょう? その調整もしないと」
「リアユニットも主兵装も試作品で、初の実機なら時間掛かりそうですね」
上官二人の話を、豆鉄砲を食らったような気分でユキは聞いていた。あれよあれよと決められた装備がそんなハードルの高いものだとは夢にも思っていない。
「そんなに違うものですか?」
主兵装はシミュレーションで既に使用したが、特に不便な点はなかった。強いて言うなら実際にマガジンを交換する際の動きと時間を把握しておく必要がある。ツバメのようなリアユニットはフライトユニットの強化版程度の認識だった。それを改める必要があるのかも知れない。
顎に手を当てたソフィアが十分に吟味してから言う。
「一番違うのは反応速度かしらね」
さっぱり分からないアドバイスにどう反応すればいいのかと戸惑っていると、エリザがポンと肩を叩いた。
「なんというか、感覚がつながる感じ。まあ、習うより慣れろってやつよ」
「そ、そうですか。そういえば、あのリアユニット私が使ってもよかったんですか?」
相性を考えればエリザのルーンでも良さそうなものだ。それを新入りがいきなり使うのは気が引ける。今更の話だが。
「速いのはいいけど、翼が大きすぎて接近戦に向かないわよ」
「それもそうですね」
接近戦には機動性に加えて面積も小さくなければいけない。そうしなければ被弾し、落とされるのみだ。
あっ、とエリザが突然声を上げる。
「そういえば、昨日はなんのコスプレをしたの?」
あまりの不意打ちにユキは声にならない悲鳴をあげた。
「ななな、なんで知ってるんですか?」
「やっぱりコスプレさせられたんだ」
エリザの悪戯な笑み。まんまと鎌に掛けられた。
隠してもしょうがないとユキは素直に白状する。
「メイドの格好をさせられました。そのあとは撮影会でした」
「ユキはメイドだったか。後で姉御に写真見せてもらわないと」
「これで三人目、カレンの趣味にも困ったものね」
言葉とは裏腹にソフィアの表情は明るい。
「三人目?」
ユキはてっきり全員が犠牲者だと思っていた。
ソフィアが前を向いたまま話す。
「一人目はラウラ、たしか、学生服? セーラー服だったかしら? 二人目は――」
「隊長、もう着きますよ」
話の腰を折ったのはエリザだった。
気付くともう格納庫の前まで来ていた。
結局道順は覚えられなかった。




