17、僕を見て。いや、僕を見ないで。(マティウス視点)
王宮の音楽ホールの中央席に座ったナタリー嬢を見てから、ステージ上のピアノに向かって歩いた。
我ながら心では色々思っているのにいざナタリー嬢を目の前にすると、緊張で足が震える。
わざわざこんなに素敵に装ったナタリー嬢を呼び出しておいて、全然僕のピアノなんて文化視察活動を続けているナタリー嬢には歯牙にもかからないのではないか。
「文化視察活動がお好きと聞いたので、あ、あの僕、王宮の倉庫で何代目か前の王が書いた楽譜を見つけたので、ナタリー嬢に聞いて欲しいですっ」
失敗したらどうしよう、嫌われたらどうしようという思いでグルグルしながらそれだけ言うと、なんとかピアノにたどり着いて椅子に座った。
今のところ、ナタリー嬢は興味を持って僕の方を見てくれているみたいだ。
ピアノに向かうと、前髪が落ちて目にかかった。
うっ…………ピンか整髪料か何かで固めておけばよかった。
いや、もう今から何かするのは遅い。
僕は練習通りに楽譜通りに忠実に弾くことに集中した。
魔法使いのピアニストであるカイトのように、プロとかではないのだ。
僕にできることと言えば、楽譜通り弾く事。
この楽譜を披露してナタリー嬢の気を引くことだ。
城からの『王都』の風景は毎日見ている。楽譜の曲想に関しては誰よりもばっちりのはずだ。
だから……ミスなく……。
途中、何度か指がもつれてミスタッチしそうになったものの、無難に曲を弾き終えてナタリー嬢の方を向く。
「素敵ですわ、マティウス殿下。ありがとうございます」
思いのほか、満面の笑顔でナタリー嬢は拍手をしてくれていた。
僕はホッとして、その後、流れるようにナタリー嬢をお茶会に誘うことができた。
ーーー
しばらく、ナタリー嬢と王宮の中庭でお茶を飲みながら音楽について話が弾んだものの、結局僕は借り物の曲でナタリー嬢の気を引いたのではないかと、自分が恥ずかしくなってきてしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
もうこれ以上は傷つきたくないと、ひたすらナタリー嬢に謝って話を終わりにしようとする。
上手くいかない。
そんな風にペコペコと謝る僕を、ナタリー嬢は穏やかな顔で見ていた。
「私は別にマティウス殿下はそのままで構わないと思います」
そう、ナタリー嬢は僕に興味がないから、このままでも変わってもどちらでも問題ないのだろう。
「でも、そうですね。そんな御自分を変えたいとお考えになるのでしたら、マティウス殿下はそのままで、『マティウス殿下は理想の王太子である』という演技をなさるのはいかがでしょうか? なんなら、今の陛下の同じくらいの年の頃の振る舞いを詳しく聞いて真似をしてみるのはいかがでしょうか。自分と違う人をお芝居をすれば自分ではないのですから傷つくこともございません。私はお芝居を見て、色々な自分になれる役者の方々を尊敬しているのです」
「騙してるのでは?」
すでに僕はマティルダ・ユーリーとして振舞って、ナタリー嬢をだましている。
嘘をついている。
「皆、役割を演じているのでございます。もちろん、私だって心の中では砕けた言葉遣いをしている時もございます。けれど、侯爵令嬢としてマティウス殿下の婚約者にふさわしい貴族令嬢として恥ずかしくない自分でいたいと、そう思って行動しております」
ナタリー嬢はそう言って、ひどく遠い目をした。
この世ではない、はるか遠くどこかを見ているような、そんな目をしていた。
僕は人の顔色をうかがうのが得意だからよく分かる。
ナタリー嬢は、そうやって僕とナタリー嬢との間に一枚壁を作って、僕なんか見ていない。
……ナタリー嬢も何か隠していることがあるのかもしれない。
ナタリー嬢がそうなってしまうのはやはり僕が頼りないからだろう。
そう、僕もマティルダ・ユーリーを演じるように、自信のある王太子を演じれば、ナタリー嬢ももっと僕を頼ったり、僕の方を見てくれるのかもしれない。
でも、後もう少しだけ、マティルダとしてナタリー嬢と仲良くしていたい。
僕が僕でなければナタリー嬢は僕を見てくれる。
そう、思うんだ。
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