第7話 月夜の天使
ゲーム エンパシスウィザメントには、ゲーム内のガチャ以外に幾つかのランダム要素が盛り込まれている。
その中で、プレイヤーが全員対象で、かつゲームで初めて行われるランダム要素がプレイヤーのアバターが属する 種族 の決定である。
プレイヤーはゲーム起動時に個人データを入力することとなる。
それは、身長、体重だけに留まらず、趣味や過去の出来事、果ては他人には言えないトラウマ(任意)など項目だけで100以上入力しなければならない。
その入力されたデータを基に様々な種族の中からAIが合うモノを厳選し、選ばれた中からランダムで決定することとなる。
これは、自分のデータが基になることで決定するゲーム最初のガチャのようなモノで1度決定した種族はプレイヤーのアカウントに紐付けされるため変更することが出来ない。
種族の種類は数万以上とされ、当然、珍しい種族も存在しプレイヤーは与えられるまで自分の種類はわからない。
種族により得られるスキルや初期ステータス。成長率や使用できる装備に違いが生まれるがプレイヤーの個人データが基になっているため、ゲームプレイするのに違和感は感じないようになっている。
また、種族の変更は出来ないがラスボスを倒した時に得られる特典として与えられる 限界突破 というスキルを手にすることで、自身の種族を 王族 に変化させることが出来る。
王族になると、全てのステータス、各種パラメーターや、スキルレベルの数値が2倍以上に上昇するため王族になることは圧倒的アドバンテージになる。
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深夜の暗がりに無数の影が音もなく飛翔していた。その漆黒の翼は風を斬る音すら聞こえない。
『羽黒隊長。上手く潜入出来ましたね。』
『ああ。成功だね。まさか、奴等も空から潜入されるなんて考えもしないだろうね。どうよ。俺の能力は、最大で15の対象に黒い翼を付けれるんだぜ?』
『羽ばたく音もしない、しかも、鋼のように硬く、それでいて羽毛のように軽い。凄すぎですよ。飛行はもちろん武器としても使えるなんて。』
『まあ、褒めんなって。凄いのは当然よ。なにせ俺はレベル110だからな。』
『羽黒さんの部下で良かったです。』
『おう、俺の部下には、ちゃんとウマイ汁を啜らせてやるからな。まあ、主に汁は女だけどな。』
『くくく。噂じゃクロノ・フィリアは目を疑うような美人揃いらしいじゃないですか?手配書に載ってた女はマジ最高の見た目ですよね?』
『その通りよ。狂渡さんと一緒じゃ俺たちの取り分減っちゃうからね。別行動して先に可愛い娘ちゃんたちをヤッちまおうぜ。』
『へへへ。やっぱ羽黒さんについてきて正解でしたよ。』
『ああ。俺は、この 白 ちゃんって娘がいたら回してくださいよ?』
『わかってるって。俺はこっちの 豊華 って姉ちゃんいたら頼むわ。』
『おっ。良い趣味してるっすね。じゃあ、おれは、これかな?』
『なになに、春瀬 ちゃんか。お前金髪好きだねぇ。それに絶対コイツ気が強いタイプだぜ?』
『良いんだよ。こういう娘を服従させるのが最高じゃないか。』
『はいはい。』
『おい。お前たち無駄話は終わりみたいだぜ。』
羽黒の一声で部下15人が一斉に静まる。
更に全員が降下ポイントである古びたビルの屋上を見据えた。
『羽黒さん。誰かいますよ。』
『そんくらい見たらわかってんよ。全員注意しろよな。』
『了解。』
雲に隠れていた月が、その姿を現しビルの周囲を月明かりの優しい光が照らす。
『ごきげんよう。侵入者の皆さま。先程から耳に入れるのも腹立たしい会話をしていたようですが、クロノ・フィリアの方々は貴方たち程度では手篭めにすることなど出来ませんよ?』
ビルの屋上にはメイド服の少女。
左右で白と黒の長髪。髪の色と左右反対の黒と白の小さな翼。背中ががっぽり開いたメイド服に、小柄ながら服の上からでもわかるスタイルの良さが男たちのテンションを上昇させる。
『ひゅー。何だ?この娘めっさ巨乳やん。』
『エッロい身体してんね。』
『こりゃー当たり引いたわ。』
『巨乳メイドとか漫画ですか?』
『俺が最初だかんな。俺が楽しんだ後でお前たちに回してやんよ。』
『ええ。羽黒さんズルい。』
『うっせぇよ。』
羽黒を含めた男たち全員が少女の姿を目にしテンションを上げる。
『同じ男なのに…こうも違うんですね。クロノ・フィリアの男性たちとは。ゲス共。』
その言葉に羽黒が気持ち悪く笑みを浮かべながら言う。
『あーっと。お嬢さんに1つ聞いて良いかな?』
『はい?何でしょう。』
『君も、そのぉ。クロノ・フィリアのメンバーなのかい?手配書には見なかった顔だけど。』
『はい。私はクロノ・フィリアのメンバーです。クロノ・フィリア No.10 灯月と申します。』
丁寧で流れるような美しい動作でお辞儀をする灯月。メイド服から覗く谷間に男たちの目線が集中する。
『灯月ちゃんか。良い名前だね。どう?この人数で攻められれば流石の君もただじゃ済まないんじゃない?大人しく俺たちに捕まってくれれば命だけは助けてあげるけど?』
『いえ。結構です。』
『そう?ここにいる全員で気持ちよくしてあげるよ?もし、抵抗するならちょっと痛い思いするし、もしかしたらボロボロになっちゃうかもしれないけど?』
『くくく。羽黒さん。もう隠す気無いじゃ無いですか。』
『ははは。やっぱわかる?』
『どうせ、抵抗しなくてもボロボロにするんでしょ?前の女みたいに?』
『かぁ。やめろよ。思い出したくねぇ。』
『最低ですね。』
灯月の言葉が羽黒たちの会話を斬り裂く。
『勘弁してね。お嬢さん。もう君は終わり、大人しく俺たちに襲われちまいな。』
『貴殿方の根拠の無い強気な言葉。私には理解出来ません。どこから来るのですか?その自信は?』
『おお。言うね。灯月ちゃん。』
『馴れ馴れしく名前を呼ばないでほしいのですが。』
『まあまあ。堅いこと言わないでさ。どうせ君らクロノフィリアのレベルなんてMAXの120でしょ?見てよ僕の装備をさ。』
自身の身を固める装備品を指差し満足気に笑う羽黒。
『この装備はね。緑龍絶栄の研究チームが開発したモノでね。装着者のレベルを15アップさせるのさ。新たなスキルは獲得出来ないけど、ステータスやスキルの練度を上げてくれるんだぜ。で、俺の元々のレベルは110なのよ。わかるかな?わかるかな?つまり、この装備を着けてる間はレベル125ってワケ。この意味がわかるかな?灯月ちゃん。』
『はあ…レベルの底上げですか。そこまでの技術を 緑 は手に入れていたのですね。』
『あれ?反応薄いね。凄すぎて言葉が出ないのかな?まさか、自分たちよりレベルの高い相手が存在するなんて夢にも見なかったでしょ?』
『うーん。何と言ったら良いのでしょうか…。ですが、そんな素晴らしい装備を貴方しか着けていないのはどうしてですか?回りにいる貴方のお供さんたちは装備していないようですが?』
『ああ。気付いちゃった?そうなんだよ。この装備はレベル100以上じゃないと効果が無いんだよねぇー。しかも試作品でまだ5着しか出来てないしさぁ。まったく、もっと頑張ってほしいよ。』
『…いいのですか?そのような事まで私に説明してしまって?』
『いいの。いいの。どうせ君は俺たちのオモチャになるんだからね。』
『はあ。貴方は少し勘違いをしているようですね。』
『勘違い?』
灯月の手に魔力が集中する。
『はい。貴方のレベルが125あろうと私たちクロノ・フィリアのメンバーを倒すことなど出来ません。』
『どういうことかな?』
『言葉通りです。貴方が自信満々に説明してくれた装備も、武装も、種族でさえ私を倒すには力不足なのです。』
『はっ!面白いこと言うね。種族までもかい?君も知っているだろう?限界突破のスキルを手にしてレベル100の壁を越えた者には特典として王族になる権利が与えられることをさぁ!』
『はい。存じております。』
『しかも俺の種族は全種族でも最高レアリティの1つ 聖魔翼族 さ!聖なる力と邪悪なる力を持つ珍しい種族で両方の属性のスキルを最高ランクの中から獲得できるんだぜ?』
ドヤ顔で自らの翼を広げる羽黒。
『見てよ。俺の翼は何と黒と白の2対ずつの4翼あるんだぜ。翼の1つが聖魔翼族の1体分の魔力を生み出せる。つまり、王族になり聖魔翼王族になった俺は4倍以上の力を使えるんだぜ。』
『なるほど。聖魔翼族でしたか。』
『そうだぜ。ゲーム内にも12人しか現れなかった種族だ。やべぇだろ?ははは!』
『お言葉を返します。』
『は?』
灯月の手に集中した魔力が物質化する。
白い美しい翼の様な装飾と、黒々と赤々しく禍々しい身の丈よりも大きく複数の刃の付いた鎌が出現した。
そして、メイド服から露になっている背中から白黒対となる6枚の翼が現れ周囲に美しい羽が舞った。
『え?え?何それ?翼が6枚?何で?』
『は、羽黒、さん。あの鎌、マズくないですか?纏ってる魔力の濃さが尋常じゃないんですけど?』
『貴方のような方と同じというのも非常に腹立たしいですが…私も、その聖魔翼族です。勿論、限界突破をしています。』
羽黒は自身の翼と灯月の翼を見比べ、1人ブツブツと呟いている。
『何さ?そんな6枚羽見せつけて脅しのつもりなのかい?ははは、ま、まあ、仕方ないよね。僕の高いレベルを目の当たりにしちゃったら、嘘やハッタリでも使うしか無いもんね。で、どういうスキルを使ってるんだい?翼を出した瞬間に魔力がハネ上がったけど?』
『貴方はご自身のレベルに高い自信を持っているようですが、クロノ・フィリアメンバーは私を含めて スキル 限界突破2 を取得しています。』
『限界突破…2…何…それ?』
『詳しくはお教え出来ません。ですが、私たちは全員レベルが150です。ですので、貴方がレベルが125であろうとクロノ・フィリアメンバーを誰1人として倒すことなど出来ません。』
『レベル…150…はは、また嘘かい?そんなこと言っても信じないよ?限界突破2とか聞いたこと無いし。』
灯月は小さく溜め息をすると、持っていた鎌を天に掲げる。
『正直な話、勝手に他所様の敷地に潜入してきた礼儀知らずと会話をするなんて嫌だったのです。ですが、私の兄ぃ様が会話で相手の性格を分析して いい人 なら殺さないで捕獲してと言われたので多少貴方たちと会話をしたのです。ですが、無駄でしたね。』
鎌から急激に高められた魔力が上空に放出され巨大な陣を描く。
『最初に品性の欠片もない話をしていた時点で始末しておくべきでした。』
天空に描かれた魔方陣から地上にオーロラのようなユラユラとした帯状の魔力が降り注いだ。
『さっきからさぁ!好き勝手な事ばかり言ってさぁ!いい加減にしろよぉ!女だからって調子にのってんじゃねぇよ!』
降り注ぐ魔力の濃度に焦った羽黒。4枚の翼を展開し飛翔し高速で飛び上がる。
『どうせ。その魔力も見せかけだけなんだろう?この場を逃れようと嘘で誤魔化そうとしても無駄だからな!どんな妄言吐いたところで俺の攻撃は防げねぇだろうよぉ!』
空中で広げた翼から放たれる魔力が込められた羽の弾丸。白と黒の羽は散弾銃のように灯月の周囲に発射された。
『黒の羽は途轍もなく重くあらゆる防御を破壊し、白い羽は相手の魔力を取り込みその属性を吸収することで貫通する。五体満足で防ぐことなんて出来ないぜ?』
『防ぐ必要はありません。』
灯月は持っていた鎌を向かって飛んでくる羽に対して振り払う。
巨大な口のような鎌の刃に取り込まれるように数百以上放たれた羽が一瞬でかき消された。
『は?どうしたんだ?俺の攻撃は?羽は?』
『羽黒…さん。』
『なんだよ?えっ?』
自らが自信満々に放った攻撃は目の前のメイド少女が持つ鎌の一撃でかき消され動揺する羽黒。
何が起きたのか理解できない様子で灯月を睨み付けると後ろからの自分を呼ぶ声に振り返る。
わからないことだらけで混乱しそうになる頭に苛立ちが込み上げると同時に部下を怒鳴ろうとした時、羽黒の目には身体の一部や半身を失った数人の部下の姿が入り込んだ。
『ひぇっ。どういうことだよ。何でお前ら身体半分無いんだよ。』
『た、助けて下さい。羽黒…さん。』
数人の部下がその場に倒れ込んだ。
『貴様!何しやがった!』
今までの余裕な態度は消え、怒りに満ちた表情の羽黒が灯月に叫ぶ。
『はぁ。貴方って本当に最低ですね。』
『何が?』
『貴方の怒りには部下の方への思いやりが一切無い。あるのはただ部下の方の犠牲を理由に自らの恐怖心を怒りに置き換えただけ。仲間が死んでもどうでも良いのでしょうね。』
『うるせぇって言ってんだろうが!』
『うるさいのは、貴方だけです。』
再び、灯月が鎌を振るう。
『ぎゃああああああ。』
『俺の腕がぁぁああああ。』
『足がぁああ失くなったぁぁああ。』
『ひぇっ。首がっ。』
部隊の構成員たちから様々な悲鳴が上がる。
多くの者が身体の一部が消滅しその場に倒れ込む。
それは、リーダーである羽黒も例外ではなかった。
『俺の手足がぁぁあああああああ失くなっちまったぁああぁああぁ!お前ぇええ何したんだぁぁあああああああ!』
『はぁ。貴方のような方に自分の能力をわざわざ説明するわけ無いでしょう?ということなのでサヨウナラ。』
灯月が鎌を振り下ろすと同時に空中に展開された魔方陣が羽黒たち部隊全員を内部に入れて落ちてきた。
『何が起きっ…』
魔方陣が地面と接触し静かに消える。
先程とは打って変わって静けさに周囲が包まれた。
鎌を肩に乗せ小さな溜め息をつくメイドを残してその場にいた全ての者が消えて失くなった。
『おい。灯月ちゃんよぉ。こんな不味い飯喰わせんじゃねぇよ。まったくよぉ。久しぶりの飯だと思ってやる気になってみればこれだよ。クソが。』
『五月蝿いですよ。ディヴァル。はぁ。だから、戦いたくなかったのに。』
禍々しい鎌の刃が口のよう開くと勢いよくしゃべり出す。
『おいおい。五月蝿いってことはないだろうよ。俺を作ったのはお前なんだからよ。文句は自分自身に言いな。』
『はぁ。何で私はこんな武器を作ってしまったのでしょう。あの時の自分を呪います。』
当時、とあるアニメの影響で武器に意思があり、主人と武器が共に成長していくというモノに憧れを抱いていた灯月だった。
確かにエンパシスウィザメントがゲームだった時代は良かったのかも知れない。あくまでもゲームなのだと割り切れた考えが出来た。
だが、今は現実で、しかも自らの能力として生意気な物言いをする相方を使わなければならない状況になってしまった。
口を開けば文句ばかり、事あるごとに皮肉たっぷりにおちょくられる。
正直な話、灯月は思ったのだ。
『こんなんじゃ…なかったのに…想像してたのと違う…よぉ。』
と。
『まあ、何にしても俺様の活躍で今回も無事仕事を終えたことだしな。灯月ちゃんよぉ。何かお礼に旨いもん喰わせっ…』
ディヴァルが言い終わる前に灯月は鎌を消した。
ふと、見上げると深夜の満月が周囲を優しく照らしていた。
『今夜は、満月ですか。綺麗ですね…ふぅ。早く兄ぃ様の御世話をしたい。』
深夜の廃ビルの屋上で、美しき天使が月明かりに照らされていた。