第8話 炎天の妖狐
ゲーム【エンパシス・ウィザメント】には、プレイヤーが取得、獲得できる数多くのスキル、特殊能力が存在する。
プレイヤーはゲーム開始時にスキルを1~5つ特典として取得した状態で始まる、そして、自身のレベルが10上がる度に新たなスキルを獲得するイベントを選択することができる。
プレイヤーが得られるスキルには大きく分けて2種類がある。
それは【種族スキル】と【オリジナルスキル】。
・種族スキル
主に各々の種族がレベルアップすることで取得できる固有のスキル。種族特有の得意分野が特殊能力と呼べる域にまで強力になっている。
種族によって得られるスキルは決まっている為、同系統の種族以外、他種族とはあまり被ることはない。
・オリジナルスキル
又は、【獲得スキル】とも呼ばれる。それは、プレイヤーが自由に作ることが可能な独自のスキル。プレイヤーの望むスキルを設定することで獲得できるスキルの為、ゲーム内で最も自由度が高く、最も重要な要素でもある。
レベルが10上がる度に【種族スキル】か【オリジナルスキル】の選択画面が出現しプレイヤーはそのどちらかを選ぶ。この際に【種族スキル】を選択した場合、画面に現在のレベルで獲得できるスキルの一覧が表示される。選択した瞬間、その選んだスキルを取得でき、使用可能になる。
【オリジナルスキル】を選択した場合。スキル名、スキルの効果を入力する画面が出現し、自身の望むものを記入することになる。記入後、システムが指定した能力に必要な情報を提示してくる。スキルの【強力さ】に比例した【必要なレベル】【必要なアイテム】【モンスターの討伐クエスト】【発現条件】などが提示され、それらを揃えたり、クリアしたりすることで獲得できる。
【複雑な能力】や【強すぎる能力】を得るには、それに伴った難易度の任務が与えられる。
また、スキルの数には複数の能力の統合し一つにすること。複雑な一つの能力を簡易的な二つ以上の効果に分けることで本来の取得数から変化する場合もある。
【クロノ・フィリア】のメンバーは全員が【レベル150】。つまり、全員が約【15】個のスキルを持っている。
戦闘において個人のスキル量は、そのまま戦況を左右する重大な要素であり、上限レベルが【120】の他のギルドの者たちよりも、彼等が抜きん出た存在となっている理由の1つでもある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
侵入に成功してから何事もなく、無事に廃ビルの中に潜入した【30人】の部隊があった。
目的地である【クロノ・フィリア】メンバーが集うという店がある区画まで繋がるビルの内部。複数のビルは地下の通路で行き来することが出来るようで部隊は乱れることのない訓練された動きで列を成し、地下通路に続く無人の階段を音もなく降りて行く。
『副隊長、上手く潜入に成功しましたね。』
『ああ。狂渡隊長は数人の隊員だけで正面からの侵入を試みるみたいだ。あんな敵陣のど真ん中に突っ込むやり方は俺には真似できん。俺たちでは精々無駄死するのがオチだろうさ。』
『隊長の考え方は理解できませんね。』
『あの人は、ただ自分が良ければそれでいいからな。単純なのさ。それに、隊長にはあの支給品がある。レベルの面でも有利なのは事実だからな。しかし、今回の相手は謎が多すぎる。下手に突っ込もうモノならどうなるか分かったもんじゃないからな…っと。着いたな。地下通路の入り口だ。』
辿り着いたのは地下通路の入り口。
それは、ただただ真っ直ぐに延びているトンネルだ。数百メートルはあるだろう。先が見えない。
全員が周囲の警戒に集中するも人の気配も何かが動く気配もない。
『長い道ですね。向こう側が見えません。』
『明かりは点いている…使われてはいるようだな。恐らくは物資等の搬入に使用する場所だろうな。』
『地上は危険ですからね。ここは行く場を失った浮浪者が流れ着く場所でもありますし、こんな所を拠点にするなんて…。』
『ふむ。しかし、これまでの階段やこの通路に使われている技術は紛れもない本物。我が国にも引けを取っていない。連中の技術力の高さの現れだろう。』
『そうですね…油断は許されないでしょう。副隊長、どうします?。』
『進む…しかあるまいな。』
『了解です。』
30人いるメンバーの内、3人が先行し残りが列を成したままゆっくり進んでいく。先行する3人が罠などを探りながら部隊を誘導していく。
慣れた動作で問題なく進むも…次第に緊張感が強まっていく。
『な、何もありませんね。不思議だ。』
『ああ。何も無いことが逆に不気味だ。ただの運搬用の通路なの…だろうが、静か過ぎる。』
『…副隊長。』
『どうした?。』
隊員の1人が呼び止めた。彼の様子は周囲を見渡し異変を探しているようだった。
『すみません。何か気温…暑くないですか?。』
『何?。』
その言葉に部隊全員が違和感に気付いた。確かに周囲の変化という視覚からの警戒に集中する方に気を取られていた。しかし、夜の…しかも地下だというのに頬を伝うくらいに汗をかいていた。部隊の全員がだ。緊張からくる暑さではない。気温そのものが上昇している。
『何だ…この異常な暑さは…。』
気温は更に高くなり視界に映る景色を歪ませていった。
『ふ、副隊長、あ、あれを…。』
『な、何だ!?。』
部隊全員の視線が一ヵ所に集中する。そこには前方に見える確かな人影。シルエットから女であることが確認できる。
揺らぐ人影は徐々に部隊に近付き、その姿を露にした。
『お、お前は…?。』
着物のような、チャイナドレスのような、揺ったりとしながらも身体のラインが分かるような独特の衣装に身を包んだ少女。
頭には狐の耳、お尻からは狐の尾が生える。しかも、耳も尾も青白く揺らぎ熱を放っていた。
部隊はその見た目からの特徴で彼女の種族を察した。それはレア種族。【炎天妖狐族】。珍しい種族である【妖狐族】の上位種に該当し、【聖魔翼族】には及ばないもののゲーム時代に【100人】程度しか確認されなかった種族だった。
そして、衣装の隙間。腹に刻まれる【Ⅶ】の刻印が【クロノ・フィリア】メンバーの証であることを示していた。
『君はクロノ・フィリアのメンバーなのか?。』
『………はい。貴方たちの敵です。』
少女から淡々とした無機質な声が上がる。
直ぐ様部隊は臨戦態勢へと移行。目の前の少女が敵であり、今回の作戦の目的である【クロノ・フィリア】のメンバーであることが確認できたのだ。既に戦闘は開始された。
『そうか。ならば君を倒させて貰う!。』
副隊長の男が手の動きで合図を出すと、その命令を実行する為に隊員29人が一斉に少女に向かい作戦を開始した。
副隊長の出したサインの内容それは。【全員で一定の距離を保ちつつ、相手の能力を分析、弱点を探りながらの持久戦】だった。
『行くぞ!。』
『はっ!。』
30人の戦士が少女に攻め込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
地下通路での戦闘が開始して約30分が経過しようとしていた。
狐の少女との戦いの中、30人の精鋭部隊たちは各々で驚愕していた。
『強い…これがクロノ・フィリアか…。』
波状攻撃のヒットアンドアウェイ戦法を行っている30人。10人ずつのグループに分かれ、10分毎に交代。一人が攻めれば、死角にいるもう一人が間髪いれずに攻め立てる。それが繰り返され続けている。30分間も続いているのだ。
だが、未だに目の前の少女を攻め切れないでいる。
口数の少ない彼女が発した言葉…恐らくは【オリジナルスキル】の名称であろう。そのスキルの効果が部隊全体の攻撃を防ぎ、且つ、圧倒していた。
『【炎舞葉】…。』
それが彼女の発動したスキルの名前だった。
揺らめく炎のように、風に舞う木の葉のように、実体を掴ませずに、舞うようにユラユラと陽炎のような動きで戦っている。
攻撃そのものが幻を攻撃しているような手応えの無さ。命中しそうな攻撃も両手に持つ鉄扇で受け流される。
少女からは攻撃していない。だが、攻撃が当たらないままの持久戦。どんどん上昇していく気温が体力的にも、精神的にも部隊全体の集中力を奪っていく。
少女の体力を奪う作戦が逆に部隊を苦しめる結果に働いているのが現実だった。
『副隊長、埒が明きません!!!。』
『このままでは、隊員たちの体力も減ってきています!。』
『くっそ!。当たらねぇ!?。攻撃が掠りもしねぇ!?。』
副隊長の男は隊員たちの言葉を聞き入れ決断する。それは短期決着への作戦の変更。考えは早かった、即座に作戦変更の合図を出した。
その決断が己の命を散らす結果となる悪手とも知らずに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『うぅ。怖そうな男の人がいっぱいいるよぉ。私1人じゃ無理だよぉ。閃ちゃん…助けてぇ…。』
自身の形をした分身と戦う数人の侵入者の位置から、少し距離がある場所にある左右に分かれる交差する隠し通路の陰に妖狐の少女【智鳴】 がいた。
現在、侵入者30人の部隊が戦っているのは、智鳴のスキル【炎舞・炎傀儡】によって炎で作られた分身体である。炎で象られた自分そっくりの分身を作り出し、独立して動かすことが出来る能力だ。
身体能力は本人である智鳴とほぼ同じ。スキルは今発動している【炎舞葉】しか使えない。
【炎舞葉】は、侵入者たちが感じているように、実体の周囲に空気の温度差による蜃気楼に似た現象を発生させ敵を撹乱するスキル。
元々が戦闘向きの性格ではない智鳴は戦闘の全てを傀儡に任せ、本体は物影から自分の分身を応援していた。
そんな状況が現在30分間も続いている。
『智ぃちゃん。まだ、やってるの?。』
『氷ぃちゃん!?。』
後ろから声を掛けられた智鳴は、背後に現れた存在を一瞬で言い当てる。勢い良く振り返り声の主である氷姫に抱きついた。抱き付かれた氷姫も優しく抱き返す。
『うえええぇぇぇん!!!。もう、怖かったよぉ。男の人ばっかりだし、閃ちゃんもどっかに行ってるしぃ。私一人じゃ無理だよぉぉぉ!!!。』
『揺らさないで~。着物が脱げる~。』
『あっ!。ご、ごめんね!。つい嬉しくて…。』
『侵入者?。んん~。ああ、本当だいっぱいいる。早く殺しちゃえば良いのに?。』
『だって、男の人、怖いもん。』
『同感。でも、敵。私たちの生活を脅かす連中は殺せば良いよ。』
『氷ぃちゃん…過激過ぎだよおおおぉぉぉ…。』
『智ぃちゃんは相変わらず。』
智鳴は【クロノ・フィリア】メンバー以外の男性が苦手で視界に入れることすら恐怖して逃げてしまう男嫌いだった。同様に氷姫は【クロノ・フィリア】と仲間以外はどうでも良いと考えている。
『えっと…氷ぃちゃんは?。どうしてここにいるの?。持ち場は?。』
『終わった。変な格好したの入って来た。私に触れようとしたから。全部。凍らせて。砕いてきた。』
『相変わらずは、氷ぃちゃんでは?。』
氷姫とって【クロノ・フィリア】のメンバーと繋がりのある仲間以外は完全に眼中にない。相手がどうなろうと気にすらしないので大抵のことは凍らせて終わらせてしまう。それが【敵】として自分の前に現れたならそこに感情の入る余地はない。
『あ。でも。もう。終わりそうだよ。』
戦闘の様子を覗き見た氷姫が声を溢す。
『え?。どうして分かるの?。』
『あのリーダーみたいな人。捨て身で動くみたい。あれは駄目だよ。』
『あわわ…。そ、そうだね!。ここも危ないかも。ちょっと離れた方が良いね。』
『そうだね。【アレ】は、私でも。防げないかも。』
智鳴と氷姫は隠し通路の奥に入っていった。
『ふ、副隊長!。何を!?。』
この30分余りの攻防で【炎舞葉】の行動パターンを観察、分析した副隊長は、分身から放出される強烈な高熱で身体に重度の火傷を負いながらも一瞬の隙を突き、その分身の背後を取った。
『っ!?。』
『ぐっ…全員でかかれぇ!。このチャンスを逃すなぁ!。速くしろ!。』
身体を焼かれながらも自らを犠牲にした男の強い決意の叫びに隊員たち全員が身動きを封じられた分身へ攻撃を加えた。
ある者は剣で、ある者は槍で、己の持つ最大の攻撃が分身に命中する。
『やった!。倒したぞ!。』
『副隊長!。やりました!。速く離れて!。』
誰もが戦いの終わりが近いことに喜びを含んだ声を上げ安堵した。その直後。
キュィィィィィィイイイイイイイイ!
分身は魔力の核の周囲に智鳴の姿を模した炎で擬似的な肉体を構成したもの。その身体に僅かでも傷、損傷が発生した場合、収束していた魔力が暴走。一瞬で臨界に達すると大爆発が起こるようになっていた。
『し、しまっ!?。』
侵入者たちが気がついた時には既に遅かった。自分たちが命懸けで攻撃した対象が本体ではなく分身体であり、動く炎の爆弾であることに。
その場にいた全員が逃げる間もなく大爆発に巻き込まれ、発生した高熱と爆風と業火に呑み込まれた。
あらゆるものを燃やし、溶かし、吹き飛ばす。
近距離で直撃した部隊の全員が跡形もなく消滅、蒸発した。
『やっぱり。えげつない。爆発。破壊力。』
爆炎の終息した中に薄い氷の壁だけが残り、数秒後、力無く砕け落ちた。隠し通路の奥には50メートル程行くと監視用の小部屋がある。
爆発に備えた氷姫は通路の入り口から小部屋までの50メートルの間を隙間無く氷の壁を発生させ埋め尽くした。
しかも、ただの氷ではない。氷姫の全魔力を限界まで消費し最高の硬度と冷却能力、耐久性と周囲の水分を吸収する再生能力を持った特殊な壁だった…のだが、それでも残ったのは数センチのみ。それ以外は蒸発し消滅してしまった。
『結構。頑張って。作った壁。だったのに。』
『むぅ。怖いよぉ。死んじゃうところだった。』
『自分の能力…この能力って。考えたの。智ぃちゃん?。』
『ち、違うよ!。こんな怖いの想像も出来ないよ!。考えたのは灯月ちゃん!。』
『…ああ。うん。納得した。』
氷姫を先頭に2人は大通路へと出る。
ここの壁や天井、床は物理的な破壊耐性と魔力を吸収し分解する特殊な素材で出来ている。先程の爆発でも傷一つ無かったようだ。
『何も、無い…。敵。全員。蒸発しちゃった。』
『うぅ。傀儡さんに勝てないって分かれば、別の道に行ってくれると思ったのに…あんな方法で倒そうとするなんて…。うぅ…皆死んじゃった…。』
爆発で侵入者は跡形も無く消滅してしまった。
逃げ場の無い一本道の通路。しかも至近距離での大爆発に巻き込まれた。文字通り、塵一つ残ってはいなかった。
『うん。一件落着。』
『えぇ。後味悪すぎるよぉ…もう。戦いなんか嫌い!。』
『こんな弱肉強食な世界で。私たちに喧嘩売った。これが必然。』
『氷ぃちゃんは、変わらないね…。私は無理だよぉ…。』
『智ぃちゃんも、変わらない。』
お互いに苦笑する智鳴と氷姫。
『まぁ。でもさぁ。氷姫の言う通りだよねぇ。ウチ等に喧嘩売っておいて無事で帰れる訳ないのに、何で理解できないのかなぁ?。雑魚だって自覚のない馬鹿の相手は疲れるよねぇ。』
突然、智鳴の口調が変わる。
態度も仕草も大胆に、そして今までの智鳴では想像できない程の妖艶な笑みを浮かべた。
『出た。黒智鳴。』
突然、持っていた鉄扇で口元を隠した智鳴が鋭い視線を通路に向け、妖しく嘲笑う。
『ふふ。でもまぁ、苦しまないで一瞬で消し炭になれたんだからさぁ。逆にウチに感謝して欲しいくらいだよねぇ。ふふふ。ははははは。』
満足そうに笑う智鳴を見て溜め息をする氷姫。
『相変わらず。突然。代わるね。もっと早く交代すれば智ぃちゃんも苦労しなかったのに。』
『はっ!?。』
そして、急に驚いた様に鉄扇を落とし両手で顔を隠す智鳴。
『ま、また、あの娘になっちゃってた?。』
『このスキルも。灯月?。』
『そ、そう…「智鳴ねぇ様は優し過ぎるからこんなスキルはどうでしょう?。」って、獲得したスキルなの。【性格変化・戦闘狂】って、言うの。ゲームの時だったらオンオフの切り替えが出来たんだけどね…こっちではなかなかコントロールできないんだよぉ~。勝手に出てきちゃうし、まぁ、あの娘も根は良い娘なんだよ?。』
『初めて見た時。驚いた。急に発言が過激になったから。』
『ごめんねぇ。驚かせて。』
『大丈夫。慣れた。』
『閃ちゃんにはこのスキルのこと言わないでね。内緒なの。』
『ん、言わない。でも、閃、知ってるよ。』
『え?。本当?。』
『うん、もうだいぶ前から。あの娘。勝手に出てきて閃にアプローチしてるし。』
『………は、はは。ははは…。はぁ…。』
言葉を失い、何とも言えない表情のまま渇いた笑い声を上げることしかできない智鳴と、何事もなかったかの様に着崩れた着物の胸元から本を取り出す氷姫。
二人は会話もなく集合場所へ戻るのであった。




