第6話 無凱と柚羽
『涼は…大丈夫かな?。』
私。【緑龍絶栄】所属の柚羽は、隊の皆と離れて単独行動で【クロノ・フィリア】が潜伏しているとされる廃墟エリアへ侵入していた。
音を殺し、気配を絶ち、安全を確保しながら荒れた道を突き進む。
私は隊員たちをこの危険な任務から遠ざける為に単独行動を選択した。この行動はギルド幹部の命令に叛くものであり私の独断。隊員たちには何も責任は取らせるつもりはない。
相手はあの伝説とまで言われた【クロノ・フィリア】だ。
ラスボスの撃破特典である、【限界突破】を最初に手にしたギルド。恐らく、構成メンバー全員が上限の【レベル120】であることは容易に想像がつく。
対して、こちらの戦力は隊長である私を含めた5人以外、全員レベルが二桁しかいっていない。戦力としてみても、隊員たちじゃまず相手にならないだろう。対峙した瞬間、殺されるのがオチだ。
ならば、犠牲は少ない方がいい。だから、私は隊員たちに遠回りな迂回ルートを告げ、本来とは別地点での合流を命令した。隊員たちが【クロノ・フィリア】メンバーに遭遇しないようにする為に。
『はぁ…はぁ...はぁ...そろそろ、誰かに接触してもいい頃だけど。気配すら感じないなんて…本当に、ここにクロノ・フィリアがいるのかしら?。』
暗い建物の中を進む。【クロノ・フィリア】が出入りする喫茶店のあるビルの周囲には、直接建物の中に乗り込むことが出来る高いビルがいくつかある。その内の1つに私は潜入することに成功した。
息を整え、周囲に感覚を研ぎ澄ます。だけど…。
『余りにも…静か過ぎるわね…。』
相手は最強のギルドだ。探知能力を持った能力者が居ても不思議ではない。いや、数々の高難易度クエストをクリアしてきた猛者たちだ、逆に居ないとおかしいのだ…が、ここまで何の反応もない状況が続くと潜伏しているという情報そのものを疑いたくなる。
ここには誰も居なかった。そういう結果になってくれれば、とても嬉しいのだけどね。
ピピピ…。
短い音が耳元で鳴った。部下からの通信だ。
『どうしたの?。』
まさか、あっちが敵に接触した?。目的地の遥か遠くを迂回するルートを伝えたのに?。中心部に近付いた私ですら、まだ敵に遭遇してすらいないのに?。様々な考えが頭の中に浮かぶ。想像だけで冷たい汗が流れる。
『隊長、申し訳ありません。』
発言したのは少女の声。私の部隊の副隊長に任命された優秀な娘。慌てた様子の声に息を呑む。
『何か…あったの?。』
『それが、隊長の指示通りのルートを散策中、突然目の前に重力の壁のようなモノが出現したのです。』
『重力の壁?。』
『はい。数名が壁に触れた途端、身動きが取れない程の高重力に圧迫されたことで負傷者が3人出てしまいました。』
『そう、怪我の具合は?。』
『3人とも壁に触れたのは、腕だけだったのですが…その瞬間、物凄い力で地面に叩きつけられた為、腕そのものが破壊されました。おそらく任務続行は不可能かと…。申し訳ありません。注意はしていたのですが…。』
『わかったわ。負傷した3人に護衛を2人以上付けて撤退させて。残りは、引き続きルート散策へ。』
『隊長…それが…。』
『なに?。まだ何かあったの?。』
『はい。出現した重力の壁が隊の周囲を取り囲み、隊そのものが身動きの取れない状況です。この状況は危険と判断し、唯一、壁が出現しなかった道の先にあった建物に入ったのですが…どうやら敵の罠だったらしく………現在、正方形の箱型の謎の空間に閉じ込められてしまいました。冷静さを欠いていたとはいえ、明らかな罠であることを見抜けず…申し訳ありません。』
『っ…なんてこと。』
これで敵がいることが確定した。人数が多い方を?。いえ、弱い方を先に狙って来たってこと?。
私たちは既に敵の思惑に填まっていて、手のひらの上にいるってこと?。
警戒してたのに逆に隊員たちの方を狙われるなんて。くそっ。私の作戦が完全に裏目に出てしまった。
『ふぅ…貴女の目から見て、その場所に危険はありそう?。』
『いえ、出入り口が消えてしまった以外は何もない魔力で生み出された四角の空間が広がっているだけです。外部と遮断されてしまったと思い焦ってしまいましたが、隊長への連絡が成功したので完全に隔離された空間ではないと推測します。』
『そうみたいね。わかったわ。今から私は貴女たちを閉じ込めた能力者を突き止めるために行動します。副隊長である貴女は隊員たち全員の安全を確保しそのまま待機していて。』
『了解しました。…隊長。』
『何?。まだ何かある?。』
『…いえ、くれぐれも…お気をつけて。』
『…ふふ。ありがとう。』
ここで通信が切れる。
『ふぅ。これは…マズイことになっちゃったわね。』
完全に敵の手のひらの上だ。この状況は非常にマズイ…隊員たちを人質に取られた上に敵に私たちのことを完全に知られてしまった。
私の取るべき行動は、隊員を助ける為に彼女たちを閉じ込めた能力者と接触しなければならなくなったということだ。
見捨てて逃げる?。そんなこと出来るわけないじゃない。皆を助けて無事に帰還するんだ。
『ああ。え~っと、そろそろ声を掛けても良いかな?。お嬢さん?。』
『え!?。』
突然掛けられた声に驚き数歩距離を取る。透かさず腰に携えていた小さな棒状の武器を手に取り、戦闘体勢に入った。
声の主は動く気配を見せず、その場で此方を見ている。
『おお。凄い反応だねぇ。けっこう潜ってるんじゃないの?。修羅場ってヤツをさ。』
声の主はボサボサの髪に無精髭を生やした男性だった。だらしなく着崩した上着に下駄という何とも言えない格好の人物。しかも、お酒の匂いまで漂わせて…だけど、一見隙だらけに見える姿には全く隙を見出だせず、ただ者ではないことは一瞬で理解出来た。
この人…強い…。今までに出会った誰よりも…。
そして、その顔には見覚えがあった。
『…ふぅ。成程。貴方が…クロノ・フィリアのギルドマスター…無凱…さんですね?。』
『おっ。僕のこと知ってるのかな?。博識だね。』
『…全国に、指名手配されていることはご存知ですよね?。貴方のことを知らない者などいないかと?。』
『ああ。そういうことね。まあ、お嬢さんみたいな可愛い娘に覚えて貰えてオジサン嬉しいなぁ。』
『………。』
何なんでしょう…この人…まるで、思考が読めません。何が目的?。殺気も何も感じさせない。
『…で、そのオジサンのことを知っていて、わざわざこんな辛気臭い場所にいるお嬢さんは誰なのかな?。』
『…貴方なら既にわかっているのでしょう?。』
『んー。自分からは答えられないのかな?。まあいいや。オジサン優しいからね。じゃあ、少し君に教えてあげようかな?。』
無凱は適当な高さのコンクリートを見つけると腰を下ろした。その動きには洗練さすら感じさせる。
『何を…でしょうか?。』
『まあ、君の知らないこと。と、知りたいことを何個かね。』
『あら?。親切ですね。敵である私にそんなことを教えてくれるのですか?。』
『まぁね。オジサンは優しいって言ったでしょ?おっと!?。』
私は高めた魔力を全身から一気に放出させ、彼との距離を詰める。同時に手にした武装の棒にも魔力を注ぎ槍の刃に変化させた状態で突進した。
『えっ!?。』
『おお。なかなか速いね。オジサンびっくりしちゃったよ。魔力の噴出を推進力にした突進かぁ。魔力放出に特化した能力かな?。』
信じられなかった。驚愕した。私の突進を真正面から防げる人間を初めて目撃した。【緑龍絶栄】の幹部ですら能力を使わないと防げなかった私の突きを…この男は座ったままで…それも人差し指一本で軌道を変えて見せたのだ。その場を動かずに。
『お嬢さん。余り慌てないでおくれ。大丈夫、僕から危害を加える気はないからさ。』
彼が指を鳴らす。…と、先ほどの位置に一瞬で戻されていた!?。うそっ、な、何が!?。
『えっ?なん…で…?。どうやって!?。』
一瞬で転移させられた。相手に一方的に干渉出来るスキル!?。そんな、高度な能力を!?。この男、ヤバすぎる!?。
『大丈夫さ。言ったでしょ?。お嬢さんが何もしなければ此方から何かするってことは無いから安心してよ。』
『………わかりました。』
実力の差は圧倒的。いや、底の見えない強さ。私では相手にならない。
武器に通わせていた魔力を解除する。
今の一連の流れで私に勝ち目が無いことが理解できてしまった。いや、理解させられた。私が何をしても、この男には通用しそうにない。
これが【クロノ・フィリア】のリーダーの力なのね…。
『おっ。やっと話を聞いてくれるみたいだね。うん。素直な娘はオジサン大好きだぞ。』
『………。』
『いやいや。あんまり睨まないでよ。怖いなぁ。』
『…それで?。話というのは?。先に言っておきますが、どの様な誘導尋問でも、どんな拷問であろうと、私は自身のギルドのことを決して話はしませんから。悪しからず。』
『あぁ。そういうの大丈夫だよ。てか、もうその段階じゃないんだなぁ。これが。』
『えっ…と?。それは、どういうことですか?。』
ダメだ。この男が何を考えて話しているのか私にはわからない。少なくても私以上の何かの情報を彼は知っているのでしょうが…。
『そうだな。まず、オジサンの能力を簡単に教えちゃおうかなぁ~。』
『え?。』
信じられない。敵である私に自分の能力を教える?。いや、能力の開示なんて仲間であっても隠す人は多い。それを、自分から教えるなんて?。有り得るの?。
『僕の能力はね。魔力で出来た【箱】を作り出すことなんだ。』
『は、箱?。』
『そ、こんなふうにね。』
すると、彼の手のひらに四角い魔力の塊を作り出した。半透明な立方体がくるくると空中で回る。
『基本的にこの箱の中への出入りは自由に設定してる。けど、僕の意思で制限をかけられる。意思一つで対象を指定しそれ以外を外に出すことも、指定した対象のみを入れることも可能なんだ。』
『…なるほど。私の部下たちを閉じ込めたのは貴方でしたか。』
『ほぅ。本当に頭の回転が速いね。ご名答。彼等は今、僕の箱の中にいる。でも、【重力の壁】は僕の力じゃないからね。』
『…そうですか。で、それを私に教えて貴方はどうするつもりですか?。仲間を解放してくれるのですか?。』
『まあまあ、そんなに焦らないで。ああ、ついでに心配事の1つも教えてあげようかな。因みにね。君の大切な人も無事だよ。』
『え?。』
大切な人って…涼のこと?。
『そうそう、涼君だったね。君の幼馴染み…いや、途中から義理のお兄さんになったんだっけ?。本当に互いを大切に思っているね。涼君も君のこと心配してたよ。』
『っ!?。ど、どうして…そのことを…知っている…の?』
『ははは、君の想像通りだよ。僕は箱の中に入っている者の心を読むことが出来るんだよ。まぁ、それは僕よりもレベルの低い対象に限られるんだけどね。』
『そんな…な、何て能力…なの。そんなの聞いたこともない…じゃ、じゃあ、私たちの作戦は…最初から…筒抜けだったってこと!?。』
『そ、最初に潜入した場所がもう僕の箱の中さ。作戦も人数もおおよその力量も僕に知られちゃったんだよね。』
私は、膝から力無く崩れた。
心を読む何てスキル…いったいどれだけの条件で…レベルで…獲得出来るのか…少なくとも【レベル110】の私では取得条件すら一覧に出てなかった。
『ああ、あと、君たちが散々心の中で予想してた僕たちクロノ・フィリアのレベルだけどね。』
『え?。』
『僕等全員【レベル120】じゃないんだよね。正解は全員が【レベル150】なんだよ。【限界突破2】っていうスキルを獲得しているからさ。』
『レ、レベル…150…150!?。』
何なのそれ?。意味がわからない。有り得るの?。【レベル150】なんて?。【エンパシス・ウィザメント】のレベル上限は【120】じゃないの?。【限界突破2】って何なんの?。どうなってるの?。
そんなルールの上にいる人たちに、私たちは…緑龍は…喧嘩を売ったの?。最初から勝てるわけ無いじゃない…。
『はは…ははは…。』
絶望にも似た感情に埋め尽くされた私は膝をついたまま力無く渇いた笑いを上げるしかなかった。
いつの間にか近づいていた彼が、そんな私の頭を優しく撫でる。
『な、何を…するんですか?。』
『まぁまぁ。一生懸命頑張った可愛い娘を労ってるんだよ。話を戻すけど。安心して良いよ。君と君の大切な人と部下の子達の安全は保証してあげるから。』
『よっ。』
パチンッと指を鳴らした彼。
すると、目の前に前の空間に立方体の魔力の箱が出現する。
そして、その中には…。
『あっ!。貴女たち!。』
『え?。え?。た、隊長!?。』
私の部下たちが転移してきた。これはいったい!?。
『【箱】だからね。【中身を入れ替える】ことも出来るんだ。まぁ、少し怖い話をすると、箱ごと【潰す】ことも、【転がす】ことも、【くっつける】ことも、【分裂】させることも可能だよ。』
中に人が入っている状態で今の一連の例を想像すると…身体が震えてくる。
『柚羽ちゃんの仲間は全員無事だ。一応、負傷者もいるみたいだから手当てしてあげるよ。』
『ど、どうしてですか?。私たちは侵入者…貴方の敵なのに?。』
『言ったでしょ?。君が良い娘だからさ。それに君の大切な義兄さんの涼君。仲間のことをずっと案じていた。だから、君たちを敵として扱うことは止めたんだ。それに涼君…彼は運が良いよ。』
『運?。』
『そっ。彼が接敵したのが閃君で良かった。他のメンバーなら、最悪殺されてた可能性もあったからね。』
『閃?。その方は確か…クロノ・フィリアで…一番の危険人物…。』
『そ。閃君は、クロノ・フィリア最強だ。そして、一番優しいからね。悪人でない限り相手を殺すことはしないから。』
戸惑い。混乱。でも、そんな乱れた心の中でも彼、無凱さんの懐の深さを感じた。




