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24.大嫌い

 昨日、ライル様とリィナが会っていることを知ってから、色々と考えすぎて上手く眠れなかった。


 じっとしていても良くないことばかり考えてしまうので、早々に起きて、図書館で調べ物をしたいから……と言って、かなり早く登校したのだ。


 本当に図書館で本でも読んで気分転換をしようと思った。でも……気付くといつもライル様と過ごす庭園の一角に私の足は向いていた。


 この前、膝枕をした時に私がいなくなるのが怖いと泣いていたことを思い出す。……あの時の言葉を疑っているわけではないが、あの時にはもうリィナと逢瀬を重ねていたのかもしれないと思うと、キュッと胸が苦しくなる。


 「……ライル、様」


 その場所に腰を下ろし、誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、声がした。


 「アンナ」


 一瞬、ライル様かと思った。

 しかし、顔を上げた先にいたのはユーリだった。


 ユーリは真剣に私の話を聞いてくれて、私の気持ちを大事にしていいんだと気付かせてくれた。


 ……ユーリにはいつも助けられてばっかりだ。

 いつかユーリが困った時には私が一番に力になってあげたいと思った。



   ◆ ◇ ◆



 あれから数日後の午後、ライル様は久しぶりに登校してきた。


 明日からは後期試験だから、今日は試験の範囲を一応確認しに来たのだろう。


 ライル様が向かい側から歩いて来る。

 私の姿を見つけると笑顔で手を振り、駆け寄ってきてくれた。


 ……良かった。いつものライル様だ。


 リィナと会っているからと言って、急に蔑ろにされるわけではないんだと、私は安堵した。


 「アンナ!」


 「ライル様、ご無沙汰しております」


 久しぶりの姿に緊張する。


 「そうだね。ようやくアンナの顔が見れた。

 ……なんだか、少し痩せた? ちゃんと食べてる?」


 ライル様は私の手を取ろうとしたがーー


 脳裏にライル様とリィナの手が重なる映像が思い出されて、私は咄嗟に手を引いてしまった。


 「え……? アンナ?」


 「あ……えと、皆さん見てますし……」


 ライル様は怪訝な表情だ。それはそうだろう。今までは手くらい繋いでいたのに、それを拒否するような仕草を見せたのだから。


 「そんなの今更だろ? 学園内の者は散々見ている。アンナだって普通に手を繋いでいたじゃないか。

 なんで……駄目なんだ?」


 「その……なんというか……」


 上手い言い訳が思いつかない。


 もちろん私だってライル様と手を繋ぎたくないわけじゃない。


 でも、今日のライル様は今までとは違った。


 先ほどからやけにライル様がキラキラして見えるのだ。真っ直ぐに目を見ることが出来なくて、私の目は泳いでいることだろう。


 さっきライル様が手を取ろうと、私と指先が触れただけでもなんだか痺れたように心臓が跳ねたくらいだ。


 こんな状態で手なんて繋いだら、私は爆発してしまうような気がする。


 それに……

 私の手は綺麗で真っ白なリィナのような手をしていない。木刀を振っていた名残で、掌は硬いし、そこまで目立たないが、タコもある。指も太い。今までは何とも無かったのに、急に自分の手が酷く恥ずかしいものに思えた。


 なんとかして手を繋ぐのを回避しようとモゴモゴと誤魔化す私をライル様だけでなく、一緒にいるソフィアも何事かと不審な目で見ている。


 急におかしな行動をしているのは分かっている。

 けれど、ライル様への気持ちを自覚してしまった今、同じように接することが出来なくなってしまった。


 ライル様の眉間に皺が寄り、場の雰囲気が怪しくなってきた時、誰かが私の肩に腕を置いた。ぐらっとその方向に私は少しよろめく。


 「よぉ、ライル。久しぶりだな」


 顔を上げると、そこにはユーリがいた。


 「ユーリ!!」


 これは良い味方が来てくれたと思い、私は満面の笑みで彼を出迎えた。


 「お、おぉ。どした、アンナ」


 私の歓迎っぷりにユーリの方が引いている。が、そんなのを気にしている場合じゃない。私はユーリの後ろに隠れた。


 「ラ、ライル様……手を繋ぎたくないわけではないのですが、少し心の準備が必要なんです。だから……それまでは間にユーリを置くということでどうでしょうか?」


 「「は?」」


 ライル様だけじゃなく、ユーリまで意味不明だという顔をしている。ソフィアに至っては、頭を抱えてしまった。


 でも、仕方ないじゃない。


 今、手なんて握ったら、爆発しちゃうんだってば。

 せめて、私の気持ちが少し落ち着くまで待ってほしい。


 私は不安になって、キュッとユーリの袖を引っ張った。


 ユーリはそれに気付いたようでニヤッと笑った。


 「俺はいいぜ。アンナにも気持ちを整理する時間が必要だよな。俺はアンナの気持ちを尊重するよ」


 「ありがとう、ユーリ……!」


 ライル様もわかってくれただろうかとチラッと顔を盗み見るとーー


 ライル様は、完全にキレていた。


 「アンナ。

 僕たちは早急に話し合う必要がありそうだ」


 ライル様はユーリの袖を握った私の手にさっと手を伸ばすと、私の手首をギュッと握った。


 「へ?」


 「行くよ」


 「え……いやっ! ユーリ! ソフィア!!」


 ユーリとソフィアは呆れたようにフリフリと私に手を振る。一方、ライル様は相当お怒りの様子で一度も振り向くことなく、私の手を引いて、ズンズンと歩いた。



   ◆ ◇ ◆



 空き教室に入ると、ライル様は少し乱暴に私の手を引いた。


 私はバランスを崩してよろめき、ライル様に抱きしめられる形になる。


 私の身体はまるで別人のものになったように上手く動いてくれない。身体は強ばり、どう動かしたらいいか分からない両手は図らずも拒否するように胸の前で固まってしまった。


 それでもお構いなしにライル様は私をぎゅっと抱きしめ、肩に顔を埋めた。顔だけじゃなくて身体全身が熱い……心臓が煩い。私はぐるぐると回る感情に翻弄され、今にも倒れてしまいそうだった。


 「……僕のこと、嫌いになったの?」


 ライル様の声は、か細かった。いつも強引で、自信に満ち溢れてるライル様なのに……今はまるで小さな子供のようだった。


 「き、嫌いになるはずありません……」


 私はドキドキをなんとか抑えて、声を絞り出した。


 「じゃあ、なんで手も繋いでくれないの?」


 「えっと、それは……」


 なんて言ったら良いんだろう。

 好きだから……?恥ずかしいから……?

 今更そんなことを伝えて、ライル様はどう思うんだろう……。ライル様が今、本当に好きなのはリィナかもしれないのに。ライル様の想いをスルーしてきた私にそんなこと言える資格があるんだろうか。


 悶々と考えて答えられない私にライル様がポソっと呟いた。


 「そんなに身体を硬くして……僕に抱かれるのが嫌? ……ユーリの方がいいの?」


 「え?」


 何でここでユーリが出て来るの?


 「……久しぶりに学園に来て、周りから聞いた。僕がいない間、ずっとユーリがアンナの側にいたって」


 「それはーー」


 嫌がらせを受けてた私達を守るために……と説明しようと思うが、嫌がらせの件もまだ話してない。どこから話すべきか、リィナのことを悪く言って良いものか、と思案しているうちにライル様が言葉を続けた。


 「さっきも……! ユーリの後ろに隠れて、甘えるように袖を引いた。……僕には手も触れさせないくせに」


 別にユーリに甘えていたつもりはない。

 でも、私の気持ちを唯一知っている人だから、私の気持ちが落ち着くまで協力してもらおうと思っただけだ。


 「はぁ……だからーー」


 私は溜息を吐き出し、全てを話そうとした。

 すると、スッとライル様は私から身体を離した。


 私の両肩に手を置き、顔を隠すように下を向くライル様。その表情は伺えないが、肩に乗せられたその手は私の両肩を痛いくらいに掴んでいた。


 「本当は僕がいなくて清々してた?


 僕がいない間により一段とユーリと仲良くなったみたいだし。良かったね、大好きなユーリと一緒にいられる時間が増えて。アンナは……僕が公務で忙しくしてる間、ユーリと楽しく学園生活を送ってたんだろ」


 は?

 意味が分からない。


 楽しい学園生活どころか、ずっと嫌がらせを受けていたって言うのに……! そんなことも知らないで、ユーリを……私を……馬鹿にするような発言ばっかり……!!


 目にじんわりと涙が滲む。ユーリとソフィアがどんなに私を支えてくれていたか……!


 「……何よ、それ。


 馬鹿にするのもいい加減にして下さい! この数ヶ月のことを何も知らないくせに知ったような口を聞かないで!! 私もユーリもソフィアも……この日々をどんな辛い思いで過ごしてきたか知らないくせに!!」


 私はライル様を突き飛ばす様にして離れた。

 滲む視界でライル様を睨む。


 「つらい……?」


 ライル様は訝しげな顔をする。

 ……私が話さなかったのは悪いけど、別にユーリとの間にやましいことなど全くない。私が友達とどう過ごそうと勝手だ。それにーー


 「ライル様だって……ライル様だって……

 公務の合間にリィナとこそこそ会ってたくせに!」


 「……なんで、それを……?」


 ライル様は唖然としている。

 ……否定しないことに、怒りなのか悲しみなのか分からない感情が迫り上がってくる。


 そんなに見つかったらまずいみたいな反応して……!


 次の瞬間、私は叫んでいた。


 「ライル様なんて……


 大っ嫌い!!!」


 私は教室を一人飛び出した。




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