25.雲
誰にも泣き顔を見られないように私は俯いて歩いていた。誰も居ないところに早く行きたい。
早足で廊下を歩く。
しかし、そんな時に限って、嫌な人に会ってしまう。
リィナだ。
屋上に行こうと思い、階段を登っていたら、その途中に二人の令息を連れて、リィナが座っていたのだ。三人はとても親密そうな雰囲気で、密着していた。
「あら? アンナ様?」
リィナは何が楽しいのか分からないが、私を見て、笑っている。
「……リィナ、さん。失礼します。」
横を通り抜けようとするが、男子生徒に阻まれる。私を見下してくるその瞳には悪意が浮かぶ。
一体、私が何したって言うのよ……。
拳をキュッと握る。リィナはフフッと笑った。
「アンナ様? そんなに急がなくてもいいじゃないですか。私、ゆっくりお話ししたいと思ってましたの」
「……私には話すことはありません」
「本当にそうですか? 私はせっかくだから、最近のライル様の様子でもお伝えしてあげようと思ったのに。
……どんなに寵愛を受けてるのは私でも、一応婚約者はアンナ様ですものね」
何よ、それ……。寵愛、だなんて。
リィナの言うことなんて信じちゃいけないと思うけどーー
泣きたい……辛い……けど、こんな奴らの前で涙なんて見せるもんか。私は言い放った。
「……私には関係ありません。通して下さい」
私の言葉を無視してリィナは話し続ける。
「私、毎日学園が終わると王宮に呼び出されてるんです。困ったことにお休みまでですよ?それに朝まで帰してくれないこともあって……。はぁ……少しはアンナ様にも代わって欲しいくらいです」
そう言って悩ましげに隣にいる令息にもたれかかる。令息は目にハートを浮かべたようにリィナの腰に手を回した。本当にライル様から寵愛を受けてるのなら、こんなことするはずない。ライル様はヤキモチ焼きだもの……本当にリィナが好きなら学園内でも一緒にいるはずだ。
そう思うものの……身分差を考えて離れて過ごしているのかもしれない、とも思う。
……考えれば考えるほど苦しい。
ここで泣いて走り去るのは簡単だ……けど、逃げたくない。リィナは私を傷つけて喜んでるだけなんだから。
「そうですか。でも、私は呼ばれていませんので」
「そうでしたね。仕方ないですわ。
私にしか彼は癒せないって分かってますから」
私が一歩踏み出そうとすると、リィナがまた口を開く。
「あ。私はまだ会ってないけれど、ライル様、今日来たでしょう? 今日は来るって言ってたんです」
煩い。私のイライラも限界に近い。
「……すみません。いい加減、通してくれますか?
上で待っている人がいるので。」
「あら、私たちずっとここに座ってますけど、誰も通りませんでしたよ? 一体誰と待ち合わせしてるんでしょうね?」
リィナと令息たちがクスクスと笑う。
「ほら、アンナ様を通してやりなさい」
私はリィナの勝ち誇ったようなまとわりつく視線に気付かないふりをして、その場を通り過ぎた。
屋上に向かって一歩一歩登るたび、私は感情が抑え切れなくなる。涙が溢れてくるが、声だけは下にいるリィナ達に聞こえないように…と必死で唇を噛んで耐えた。
最後は駆け上がるようにして、屋上に到着した。
私は屋上の扉を閉めると、一人、泣いた。
◆ ◇ ◆
屋上には誰もいなかった。それはそうだ。もう講義が始まっている時間だから。
私は誰もいない屋上でただただ流れる雲を見つめる。
ただ、ぼーっと。少し風が強く、雲の流れは早い。
私の長い髪も風に吹かれて絡まっていくが、そんなのどうだっていい。どうせ私の髪を愛でる人なんていない。
リィナはライル様から寵愛を受けてるって言ってた。
私は今朝のライル様の様子がいつもと変わらなかったから、やっぱりあの日はただ事情があっただけだと思ったのにーー
「毎日、かぁ……」
それに朝までって……
一体何をしてるんだろうーー
と、考えそうになって、私は慌てて頭を振った。
もう何を信じていいのか分からない。
人の気持ちはこんなに簡単に変わるもんなんだ。
あれだけ私のことを好きだと、愛していると言ってくれたライル様でも、リィナを好きになった。でも、心のどこかでそんなはずない、とも思う自分がいる。
「……やっぱり私は死んじゃうのかな」
運命は変えられないのかもしれない。
ひたすら風に流されていく雲を見る。自分の意思など関係なく運ばれ、形を変える。その姿は私の未来を暗示しているようだと思った。
「なら……いっそのこと雲になりたい」
雲になったら、痛くも苦しくも辛くもない。ただ何も考えずに流されていればいい。
……私もこの役を受け入れて、リィナの思うままに流されたら楽になれるのだろうか。
スッと目を瞑って、このまま風に流されて、消えたらどうなるだろう……と思った。耳を澄ませる。
風の音、揺れる葉の音、遠くの教室の声……
紙が擦れるようなカサカサとした音……
ん?紙?なにか近くで動いてる?
私が目を開けると、人型に切られた紙が私の目の前で浮きながら踊っていた。紙の色が黄土色ということもあり、それはジンジャーブレッドマンを彷彿とさせた。杏奈の時に少しでもクリスマス気分を味わいたくて作ったことを思い出す。
その子達は紙なので、すぐに飛ばされてしまうが、風に攫われたと思ったら、クルクルとまた降りてきて、私の前で踊りを続ける。
まるで風の妖精だ。
「ふふっ。可愛い」
私はいつしか笑顔でその子達のダンスを応援していた。
風の妖精さん達は、ダンスを終えると、綺麗に並んでペコリと挨拶をした。そして、また風によって舞い上がると私の後ろの方に飛んでいった。
私がその子達を目で追うと、その先にいたのはジョシュア様だった。いつの間に屋上へ来たのだろうか。
風の妖精さん達はジョシュア様の胸ポケットに入って行く。そして、暫くすると普通の紙のようにスンと動かなくなった。
「ジョシュア様」
「少しは元気になった?」
ジョシュア様は私の隣に座った。
私は先程のダンスを思い出してフフッと笑った。
「あ、はい。妖精さん達に励ましてもらいました」
「妖精……ね。言われてみれば確かにそうも見える」
「その子達はジョシュア様の……?」
ジョシュア様はニコッと笑って、また妖精さん達を取り出すと指をクルクルと回した。それに合わせて、妖精さん達がジョシュア様の両肩に乗り、今度はラインダンスをしている。
ジョシュア様って随分と可愛らしいことをするのね。
それがなんだかおかしくって、私は微笑んだ。
「あぁ。風魔法で動かしているんだ。
本来は追跡とか伝令に使う」
「すごい……。とっても可愛いです」
「可愛い、か。今まで道具としてしか認識してなかったから、私にとっては斬新な感想だな」
「ふふっ。
でも、ジョシュア様は何でここに?」
「それはこっちの台詞だけど……まぁいい。
私は庭園でデッサンをしていたんだよ。芸術科目だ」
「そうだったんですね。でも、まだ授業中なんじゃーー」
「もう課題は提出した。そうすれば自由時間だ」
「いいなぁ。……私はさぼっちゃいました」
サボりだと指摘されるのがなんだかバツが悪くて、自分から言ってしまった。
笑いながら言ったはずなのに、ジョシュア様はなんだか深刻そうな顔をしている。
「知ってる。下から見てた。……泣いてただろう?」
まさか気付いてるなんて思わなかった。
「あはは……。下からこんなところまで見えますか?」
「見えなくても風が教えてくれる」
「……すごいなぁ、風魔法」
「火魔法だってすごいさ」
「すごくても使いこなせないんです」
「ククッ。そうだったな」
「もう、笑わないで下さい!」
ジョシュア様と私は並んで、庭園を見下げた。
23話に投稿漏れがありました…すみません(^_^;)
良ければ23話をお読みになってから読み進めていただけると幸いです!




