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23.友達【sideユーリ】

 俺の一日は、剣の素振りから始まる。


 どんなに剣の腕がすごいと言われても、世の中には強い奴はいくらでもいる。俺は剣聖なんて称号が欲しいんじゃない。大事な奴を守れる力が欲しい。


 俺は一心不乱に剣を振った。


 アンナとソフィアへの嫌がらせは、ジョシュア先輩とルフト先生に相談した次の日から徐々に落ち着いていった。


 俺が二人に出来たことと言えば危害を加えようとする奴らから守ることだけで、嫌がらせをやめさせることはできなかった。それが、先輩と先生に相談した次の日には事態が収束し始めるなんてーー


 自分の無力さを実感するしかなかった。


 それに……これは仮説ではあるが、きっとアンナがライルに相談しても事態は収束しただろう。


 悔しい。


 俺は手に持った剣をより強く握る。

 ……力が入り過ぎて、剣の軌道がブレた。


 こんなんじゃ駄目だ……!


 「……くそっ!!」


 俺は素振りをやめて、地面に剣を突き刺した。

 下を向けば、汗が落ち、地面にシミを作る。


 学園に入学してもうすぐ一年が経つ。

 学園に来て、アンナと再会して、この世界がゲームとやらの話と同じだと聞かされてーー


 正直、最初にノートを見た時は、とんでもない妄想をしてるもんだと驚いた。だって、自分の婚約者とどっかの女が結ばれるまでのシナリオがノートに書いてあるんだ。しかも、最終的には自分は国外追放され、馬車で事故に遭うとか、アンナがおかしくなったのかと思った。


 でも、アンナの話を聞いて納得した。アンナは信じてもらえないとビビっていたみたいだが、俺にしたら全てが腑に落ちた瞬間だった。


 アンナの貴族っぽくない雰囲気や、突拍子もない行動はそのためだったのか、と理由が分かって、嬉しかったくらいだ。


 無理矢理話を聞き出し、破滅回避における唯一の協力者となったことで、正直俺は舞い上がった。アンナを守るためなら何でもしてやろうと張り切って情報収集などをしたが、俺に出来ることは少なかった。


 結局、リィナの思惑通りアンナとソフィアは、低位貴族を虐める悪役令嬢のような印象を付けられることになったし、虐めにまで遭った。結局、俺はただ二人のそばにいるだけで、何も止められなかったのだ。


 「俺には何が出来るんだろうな……」


 何も出来ない……なんて、思いたくない。

 こんなの俺らしくもない。


 その時、目の端に赤茶色の髪が靡くのが見えた。


 「……アンナ?」


 俺は剣を鞘にしまい、アンナの後を追った。

 すると、アンナは庭園のある場所で腰を下ろした。


 そこはライルとアンナが二人で昼食を取る時に決まって座る場所だった。最近はライルが学園に来ないため、その光景もしばらくは見ていなかったが。

 最初の頃はよく邪魔をしようとすると、この時間だけは止めろ!と本気でライルに怒られた。本当にライルはアンナ馬鹿だからなぁ……


 朝のキラキラとした光がアンナを照らす。

 光に包まれるその姿は美しかった。


 しかし、どこか儚げで、アンナが光と共に消えてしまいそうだと思った。不安になった俺は、気付くと声を上げていた。


 「アンナ」


 アンナのくりくりとした目がより大きく見開かれて、俺を見ている。まさかこんな時間に俺に会うとは思わなかったんだろう。


 ……それに、泣いていたのか、目の淵が赤くなっているように見える。


 「……ユ、ユーリ。どうして……?」


 いつもならどんな時だって元気に挨拶してくれるアンナだが、今日は様子が違った。


 「おはよう、アンナ。

 剣の素振りをしてたんだ。そうしたら、アンナが歩いてるのが見えて、追いかけてきた。


 どした? 登校するには随分と早い時間だろ?」


 「……ちょっと、ね。気持ちの整理に、来たの」


 俺はアンナの隣に行き、腰を下ろした。


 「……俺にも気持ちの整理、手伝わせてくれよ。

 人に話すと楽になることもあるぜ?」


 「ユーリ……」


 アンナの瞳にみるみるうちに涙が溜まり、一つ流れた。


 こんな時にハンカチでも差し出せればいいんだろうが、生憎そんなものは持ってない。汗だくのタオルを差し出すわけにはいかないしーー


 と思っていたら、アンナは自分でハンカチを取り出して、目に押し当てた。


 ……かっこつかねぇな、俺。


 「で、何があったんだ? また、リィナか?」


 「……うん」


 アンナは小さな頭を揺らして、コクンと頷く。


 「何された?」


 「何もされてない」


 「は?」


 「何もされてないの。


 でも……

 気付いちゃって……」


 「何に?」


 俺は次の言葉を待つ。

 少し頬を桃色に染めたその横顔に……胸がざわめく。


 「……私、ライル様が好きなんだって」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。


 ……いつかはそうなるかもと覚悟はしていても、本人の口からは聞きたくなかった。


 今までアンナはライルの婚約者ではあったが、その中に恋愛感情はそこまで感じられなかった。ライルに好意を抱いているのかもしれないと思うことはあったが、それはあくまでも異性に向けてというより、人間として尊敬しているという好意に近いようなものだった。

 それにゲームのこともあり、アンナはライルを好きにならないよう自分の中でストッパーを掛けているようにも見えた。


 アンナは俯いて、ポツポツと話し出した。


 「昨日……ライル様に会いに行ったの。


 そうしたら、門の前に馬車が止まって……リィナが出てきたの。……それをライル様がエスコートしてたわ。

 

 ライル様の顔は見えなかったけど、リィナはライル様に受け止められて、心底嬉しそうに微笑んでた。そして、ライル様のエスコートで王宮に消えたわ」


 ライルがリィナの手を取ったと俺が聞いただけでも、腹が立つ。お前が取ったその手はアンナを殴った手だぞ、と目の前にライルがいたら、俺は掴みかかっていただろう。


 「なんで、リィナなんかとーー」


 アンナの頭が横に振れて、髪の良い香りが漂ってくる。


 「……分からない。


 けど、ライル様がリィナの手を取ったの。今までどの令嬢の手を取ったこともなかったのに。……ライル様はリィナのことが好きなのかもしれない。


 私……ライル様が取られそうになって、初めて気付いたの。好きだったんだって……」


 「アンナ……」


 アンナは両手で顔を覆った。


 「こんな自分が嫌で堪らない。今までライル様の真剣な気持ちから逃げ続けて来たのは自分なのに。

 すごく自分が醜くなった気がするし……怖い。私のこの感情はゲームに作られたものなんじゃないかってーー」


 アンナは不安なんだろう、初めてのこの感情に。そして、この感情が本当に自分の気持ちなのか、自信がないのだろう。


 「アンナ。人を好きになるって……綺麗事ばっかりじゃないって俺は思う。

 好きになればなるほど……胸がザワザワしたり、苦しくなったり、急に泣きたくなったり、まるで自分が自分じゃなくなるみたいで……。俺も時々自分が怖くなる。


 でもさ……それってそれだけ相手が好きな証拠なんだ。醜くなんてない。


 人の感情は、その人の中でしか作られない。アンナの感情は、アンナのものだ……ゲームに取り憑かれて、本当の自分を見失っちゃ駄目だ」


 「本当の自分……」


 「そう。アンナはゲームの一部なんかじゃない。自分の命を、身体を、心を持った人間だ。ちゃんとアンナは自分で見極められるはずだ。ゲームに取り憑かれてるだけなのか、自分の本心なのか、を」


 「……私はーー」


 アンナは少し考える素振りをしたが、吹っ切れたように顔を上げる。


 ……俺にはアンナの答えが分かっていた。


 「やっぱり……ライル様が好き。

 ……これは作られた感情なんかじゃないって分かる。きっと、ずっと好きだったんだ、私。」


 「そう、か」


 やっぱりな。それに『ずっと』なんておまけ付きで。

 ……今まではふざけてきたが、今回は正直キツイ。


 黒く渦巻く俺の心中とは真逆で、アンナは清々しく笑った。


 「うん……。なんか……話したら少しスッキリした。ユーリの言う通りだわ。ゲームに囚われ過ぎて、私を見失ったら、それこそ悪役令嬢になっちゃうよね」


 「そう、その意気だ」


 アンナが笑顔で頷く。……よかった。


 「へへ、ありがとう、ユーリ。

 ……私、ユーリが友達で本当に良かった。大好きよ!」


 アンナの中では俺が友達でしかないから、こんなに無邪気に「大好き」なんて口に出来るんだろう。アンナの素直さは、時に残酷だ。


 でもーー


 「俺もアンナが好きだよ」


 口に出すだけは許してほしい。そうしないと、俺の気持ちの行き場が無いから。


 俺がどんなに好きだと伝えても、それはきっと友人としての「好き」に変換されてしまうわけで。俺の「好き」の意味を微塵も疑っていないアンナは、心底嬉しそうに笑う。


 「へへ! ありがとう!

 ずーっと友達でいてね!!」


 アンナが友達でいて欲しいって願うなら、俺は友達でいる。俺はアンナに笑っててほしいだけなんだ。例え、俺らしくなくても、アンナが幸せなら、それでーー


 そう自分に言い聞かせて、俺はアンナと笑い合った。




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