着ぐるみ
仕事で着ぐるみを着ることになり、まずは着ぐるみを取りに行くことから命じられた。白いバンを走らせて、着ぐるみの保管場所へ向かう。貸出しの担当者に、人目につかない場所へ案内されると、そこには巨大な巾着袋がふたつあった。それぞれ頭部と胴体が詰め込まれていた。頭部の中にはまた装着の手順書などが突っ込まれていた。着ぐるみと一緒に消臭剤を手渡された。中はすごく暑く、汗をかくらしい。つまりはこれまでにも多量の汗を吸ってきているのだ、この子は。ここに来るまでいくらか浮かれていた気分はぐっと沈み込んだ。かわいいあのキャラクターが、現実は今目の前に、無機物よろしく転がっていて、さらには汗を吸ってその上から消臭剤を浴びているのだ。なんだか可哀そうにも思えてくる。
これがまた、可愛い女の子が入った後だったらまた話は変わってくるのだが、むしろその直後に入りたいくらいなのだが、そんな夢を見ることはやめた。プロの着ぐるみは女性が入っていることが多いなんて聞くが、これはわが社が作成した着ぐるみであり、入っているのは男性職員ばかりであろう。巾着を開けて中身を確認した。汗臭くはなく、それが救いであった。巨大な巾着袋を両手に持ってフロア内を抜ける。途中、通りがかりの職員が、「お、それはあいつかい?」とそのキャラクターの名を呼んだ。一般の来客者が周辺にいるのにそんなことを言っては駄目だろう。適当に愛想笑いをして駐車場へ向かった。後部座席のシートを倒し、巾着袋を突っ込む。頭部は固い素材でできていて、カーブを曲がるごとに窓にぶつかって、ゴン、と音を立てていた。
担当部署でイベントを開催することになり、客寄せの役割として、着ぐるみを着ることになった。そのキャラクターは会社で持っているキャラクターであり、地元では多少の知名度があった。春先のイベントであり、花粉症を持つ僕は、くしゃみを我慢できるか心配だった。しゃべってはいけないというこのキャラクターの設定を守れるか、あまり自信がなかったが、守れなかったときには会社から相当怒られるだろうことは予想できた。くしゃみ以外にも、目のかゆみを耐えられるだろうか、鼻水が垂れたらどうしようなど、心配事は尽きなかった。よりによって当日は強風で、裏手から一歩外へ出ると、通常の何倍かになった体、特に頭部が風に煽られてよろけながら、頬のあたりには空気中の花粉やらなんやらの粒子を強く感じていた。
アテンドの同僚に支えてもらいながら、かわいい足取りを意識して歩く。すれ違う子供たちに手を振りながら、メイン会場へ向かう。両側に出店がならぶ大きな広場の入り口に到着した。広場の中へ人を誘導するようにそこに立ち、やってくる人々に愛嬌を振りまく。あっという間に子どもたちに囲われ、抱きつかれたり、握手を求められたりした。すごく人気者になった気分だったけれど、それが当然、自分の人気でないことは理解していた。
子供たちは果たしてこの存在をどういう目で見ているのだろうか。本当にそういう存在がいるものとして見ているのか、頭のどこかでは中に人が入っていることを理解しているのか。中には得意げに「これは人が入っているんだよ」などと言う子もいて、本当にこのキャラクターの存在を信じて喜んでいる子に聞こえたらどうするんだと怒りたい気分だったり、殴ったりと暴力を働いて来る子もいて、軽くはたいてしまおうかなどと思った瞬間もあったけれど、そんな時は、アテンドの同僚が笑顔のまま凄みを効かせて「やめてねー」と言って収めてくれた。他方、抱っこして親御さんが近寄せると、怖がって泣いてしまう子もいて、ごめんねという気持ちになったりもした。
多くの子供たちは喜んでくれて、一緒に写真を撮り、握手やハイタッチをし、手を振りお別れをした。抱きついてなかなか離れない子もいた。頭を撫で、優しくハグを返す。お母さんの手に引かれながら、何度も振り返り手を振ってくれたので、僕も可能な限り手を振り続けた。このキャラクターに会ったことがいい思い出になるようにと、様々な決めポーズを考え、喜んでもらえるように振る舞った。
気が付けば花粉症の症状は全く出ていなかったし、そして子供たちの対応をしている自分は、着ぐるみの中で笑顔になっていた。子供たちを笑顔にさせるはずが、子供たちに笑顔にさせられていた。
役目を終えて裏手に戻る。頭部を持ち上げると、涼しい空気が流れんできた。頭部を床に置く。胴体は着けたまま、床に置いた頭部に手を添える。着ぐるみからしたら、自分の手で自分の頭に触れられるわけで、それがどんな気持ちなのかは分からないけれど、お疲れ様と、心の中で労う。すべてを脱いで、よく消臭する。汗で身体が冷えたのか、大きなくしゃみが出た。




