詰め替え
ボディーソープが無くなったので詰め替えをする。詰め替え用の口を開ける時、開け口は、手でも切れるようになっているけれど、僕は不器用で、切り口がいびつになって、詰め替えるときに変なところからこぼれたりするから、ハサミで開ける。手で開けるためについている切れ込みよりも深い位置で、より一気にたくさん液体が出るように切る。
詰め替えは多少こぼれてもいいようにお風呂場で行う。
空になった容器のキャップを外して床に置く。少し転がる。
座り込んで、ビニールでぶよぶよするから、下手に力を入れて噴き出さないように、力加減に注意しながら、詰め替え用の袋を持つ。片手で袋の胴体を下から。もう片手で、パウチされた端っこの部分を。少しずつ傾ける。詰め替え用の切り口と容器の口を近づけていく。液体が流れ、移り始める。
そして僕は、少しずつ立ち上がる。詰め替え用の液体が容器からこぼれないように、慎重に手元の位置を調整しながら、ゆっくりと立ち上がる。立ち上がりきるまでのこの瞬間が、一番集中すべきところだ。手は固定したまま、足の力だけでゆっくりと立ち上がる。
袋から出た直後の液体は太い。そして容器に向かって落ちていくにつれ、細くなっていく。原理は分からない。高さが付くほど、容器に飛び込んでいく液体は細くなっていく。多少手元がブレても、容器からこぼれることはない。
ここでこぼれてしまうと負けだ。こぼれた液体は、パティシエがスイーツを作り上げた最後に、手首をスナップさせながら、細く美しくかけるソースと同じように、パンケーキにかけるメープルシロップのように、空になったケースに波打つ模様を添える。失敗とともに見られるその美しい液体の動きは、落胆とともに少しの感動を僕にくれる。そしてその模様は一瞬でどろりと溶け流れていく。
失敗しないままに、膝を伸ばし立つことができれば上々だ。長年の経験を経て、僕はここまでは高い勝率で持って来られるようになった。
仕上げは、ここからだ。
この高さまでくると、容器に流れ込む直前の液体は、白く美しい糸のごとく、細いものになっている。数ミリずれたところで、液体が容器からこぼれることはないが、手元のブレが、容器に飛び込む液体に与える影響も大きくなる。天気を良くするために強引に散らした雲が、風下の町で豪雨を起こすようなものだ。
僕は手を、少しずつ上げていく。目線は真下の、液体が容器に注がれる一点を見ている。その位置が動かないように、最新の注意を払って、呼吸すら浅いものにして、手を掲げていく。ゆっくりと、ゆっくりと、肘を伸ばしていく。そしてついに、その時が来る。
肘を、伸ばしきった。
胸中に喜びを覚えながら、しかし油断してこぼしては全てが台無しだと、喜びが体に出ぬよう抑える。表情を引き締め、呼吸も浅いまま保つ。そして、ゆっくりと首を持ち上げて、一瞬だけ、僕の手に抱えられたその詰め替え容器の姿を見る。こんな位置にあるのかと感動を覚える。その瞬間の僕の姿は、生まれてきた赤子を抱き上げる父親の姿に似ているかもしれない。
ここで視線を戻してこぼれていることもある。その時の悲しさは比べられるものがない。
ゆっくりと首を戻していく。見下ろすと、今日はこぼれていなかった。戻した視線の足元には、空の容器とそこに飛び込んでいく液体の映像が変わらずあった。
ここまでくると、詰め替え容器もだいぶ軽くなっている。その分だけ、力の入れ具合を誤ると、手元にブレが生じやすくなる。
ここで僕は、手元を固定したまま叫ぶ。
「ちょっと来てー!」
何事かとやってきた連れ合いに、僕の感動の雄姿を見せる。
連れ合いは「すごいね」と少し笑って、また部屋に戻っていった。別にいいんだ。
立ち上がり、手を伸ばして、終了ではない。僕は詰め替え用の液体を無駄にする気はない。
ここから、また少しずつ座り込んでいく。
立ち上がる時は、膝を伸ばしてから、肘を伸ばした。
座る時も、同じように、膝から降りていく。膝を曲げていき、完全に座り込み、下半身を固定させたところで、肘を下していく。そして、注ぎ口を受け口の中に押し込む。
ここまでくれば、勝利と言ってもよい。一つ、大きく、深呼吸をする。
袋を持ち直し、両手のひらで潰すようにして、液体を押し出す。
端から少しずつ袋を畳んで、絞り出す。その過程でこぼれることはあるけれど、それはもう良い。
大きな戦いに無事勝利した僕は、気持ちよく風呂に入ることにする。




