強風
風の音で目が覚めた。甲高い音が窓の外に聞こえる。
体を起こし、カーテンを開ける。窓の外では、吹きすさぶ風に煽られ、木々が大きく揺れていた。
こんな風の中、会社まで行くのかと思うと、気持ちがすこし憂鬱になる。
コートを羽織り、かばんを持ち、ドアノブを捻る。風の影響か、ドアがひどく重い。体重をかけてなんとか押し開けると、とたんに冷たい空気が流れ込んできた。廊下に出てドアを閉める。開けるときは重かったくせに閉じるときは大して軽くならないのはどうしてだろうと不思議に思う。
駐輪場では、自転車のドミノ倒しが起きていた。大変に面倒だが、端から順に自転車を起こす。殊勝な心がけ、というわけではない。そうしないと自分の自転車が起こせないからだ。自分の自転車を起こした後も、あと2台ほど、倒れている自転車があった。見下ろして、心の中で苦虫を噛み潰した。自分の自転車をどかしてから、2台とも起こした。
風は強風で、向かい風だった。自転車は思うように進まない。人生みたいだなと思った。ペダルが重く、ハンドルが取られる。
会社に行きたいわけではないのに、ドアは重く、風は向かい風。それでも進まなくては行けないのは、なぜだ。僕が社会人だからだ。駅に向かい、同じ方向に歩くあのおじさまも、あの飛ばされそうな細身のおねえさんも、みな会社に向かって向かい風を進む。襟元をかき寄せ、首元から入る風を防ぎながら進んでいる。
なんど道を曲がっても逆風な気がした。ペダルが重い。
自分が風を操れたなら、追い風を背中に浴び続け、ペダルをひと漕ぎもすることなく、会社まで行ってみせるだろう。どころか、風に乗って空を飛んで行くことだってできるかもしれない。というか、風を自在に操れたら、きっと今の仕事はしていない。
少年野球をしていた頃、夏の暑い日に外野を守っていると、風が恋しかった。小学校の白い砂の校庭が陽光を照り返し、遠くは陽炎の揺らめく夏の日、練習で外野を守っている僕のもとに、コーチはぜんぜんボールを打ってこなくて、ただ暑さと退屈さに耐えていた僕は、その両方を紛らわそうと、風を起こすことを考えていた。風は間欠的に吹いていた。少し吹いては止み、しばらくしてまた少し吹く。僕は心の中で何度も「風よ! 吹け!」と叫んでいた。
たまに、叫びとともに風が吹くことがあった。それが何度か続くこともあった。そんな時、僕は自分が怖くなった。何かに目覚めてしまったのかと思った。だけどそれは単なる偶然と、叫びから風の吹き始めの時間をがばがばに設定していたせいであると、今振り返って思う。「風よ! 吹け!」から、5秒後くらいに吹けば、それはセーフにしていたと思う。そんなことを考えていたから、飛んできたフライに反応が遅れて、バンザイをした僕の頭上を、ボールは飛んでいった。
勝手なもので、暑い日には風よ吹けと、強風の日には収まれと思っている。結局は心地のいい風よ吹いてくれということで、わがままな自分を思い知り、そんな自分を、自分のダメなところを、吹き飛ばしてくれないかと、今日の強風に願う。散々文句を垂れたあとに、そんな願いを掛けることもまた、勝手だなと思う。
強風が空気中の汚れを一掃したのか、翌日の空は抜けるような青空だった。




