騎士団とはパンツに似ている
「何か言うことはあるか? ん?」
銀髪碧眼の、いかにも女騎士といった風貌の女は、本人なりには睨んでいるつもりなのだが、変顔にしかなってない顔でそう言った。
一方、茶児はそんな変顔なんて無視して、まじまじと彼女の着る服を見ていた。
ファンタジー世界に似合わない、しかし茶児にとっては見慣れた、新緑色のブレザー。
関が原学園の制服に瓜二つなそれを、まさか異世界にきて拝むことになるとは思ってもいなかった。
「おい、聞いているのか?」
「あ、うん、聞いてた聞いてた、言うこと? そうだな、とりあえず――」
「貴様! 上官に向かってその砕けた口調は何だ! 処されたいのか!?」
「えぇー?」
めんどくせー女だなぁ、と茶児は内心愚痴る。
「いいか? この国の武力そのものとも言える我ら英雄騎士団は、確かに個々の力も強く、皆一騎当千の猛者だ」
「あの……」
「貴様が強いのは、そのドラゴンの死骸を見れば分かる、けどな、貴様が我が騎士団の規則である、集団行動を守っていれば、そんな風に傷を負うことはなかったのだぞ」
折れた(けど無理矢理治した)右腕に、切り傷擦り傷多数、極め付きにドラゴンの部位を切断したさいに浴びた大量の返り血。
誰がどう見ても重症で、実際茶児にとってもわりとキツイ怪我だ。
でも、そんなことより気になることが茶児にはあった。
「その、なんでその服を……」
「んん? んんんん? なんか違和感があると思ったら……見覚えが無い顔だな……貴様、名は?」
「人の話を」
「隊長!」
いい加減額に青筋が浮かんできた茶児の台詞を遮るように、女騎士と同じようにブレザーに身を包んだ兵士らしき男が叫んだ。
手には何やら書類のようなものを持ち、額には汗が浮かんでいる。
「どうしたヒガン、そんな血相変えて」
「隊長! その男、リストに載っていません! ……英雄騎士団の一員じゃありません!」
「何!?」
ヒガンと呼ばれた男がそう伝えた途端、女騎士の目つきが変わった。
無茶をやらかした部下を叱る上司の瞳から、犯罪者を見下す熾烈な瞳に。
「総員! この者を捕らえよ!」
「「「はっ!」」」
ぞろぞろと、女騎士の後ろに控えていた同じくブレザーに身を包んだ騎士たちが、茶児を囲み始めた。
その数は20……いや、30人以上いるようだ。
「いきなり何だよ……」
「騎士の装備を偽造し、騎士を名乗ることは重大な犯罪行為だ! 貴様が何のつもりで我ら英雄騎士団に扮していたかは知らないが、神妙にお縄につけぇ!」
「はぁ? 訳が分からねえよ。まず英雄騎士団って何だ? お前らと服装が同じ理由は……まあ、信じられないかもしれないけど、俺は異世界から来たからだよ」
「…………」
「斉藤白黒と……あとやたらパンツが好きな変態。知っている筈だよな? あいつらが住んでいた世界からなんだか知らないけど俺も飛ばされてきたんだ、ほら、あいつらから話聞いてないか? 古谷茶児っつー名前なんだけど」
茶児の説明を、女騎士は「はん」と鼻で笑い捨てる。
「子供でも分かるような嘘を吐くな! 英雄の友、チャコ・フルヤの話は今や誰もが知っている有名な物語だ! 騙ることは容易い!」
とりあえず、今の会話でここが親友二人が旅をしたという異世界で間違いないと茶児は確信した。
もし違う異世界だったとしたら、相当いかれた男のレッテルを貼られかねない、ちょっとした賭けだったので、少しホッとする。
(しかしそうなると、気になることが一つ)
そう、それは今現在元の世界で悩みの種である、渡り歩く魔剣の対となる――唯一魔剣を破壊できる聖剣の在りか――!
(――なんてどうでもいいから、あのパンツマンが愛し愛された恋人、エリーゼ姫とかいうやつ! 一目会ってみねえと気が済まねえ……!)
そんなことを茶児が考えているうちに、熟練の動きで茶児の周りを囲んでいく英雄騎士団たち。
その練度を見て、茶児は口笛を一つ吹く。
強い。タイマンなら負ける気はしないが、逃げ場も無く、囲まれた今の状況は。
(負けもあり得る)
百戦錬磨の猛者達が集まった軍隊は、一騎当千の名を欲しいままにする茶児にさえそう思わせるほどの練度を誇っていた。
「諸君! この男は恐らく一騎当千の猛者だ! 単独であのサイズのドラゴンを殺しうるドラゴンキラーだ! しかし! ドラゴンとの戦いで損耗しているうえ、数はこちらが圧倒的有利! 準備はできたな? 全員! とちゅげ……! 突撃!」
(噛んだ……)
(噛んだな……)
(やっぱ噛んだか……)
(噛んだ……)
兵士たちと、茶児の生温かい視線が女騎士に注がれる。
笑いをこらえている者もいるようだ。ていうか笑っている人もいる。
「と、突撃! 何を笑っているんだ! 突撃だ! 突撃!」
檄を受け、茶児を囲うように円形に並んでいた軍勢が、一斉に動き出す。
「さて、まともにやってたらやべえな、これは」
呟き、第一波となる先頭集団の剣戟をギリギリでかわす。
カウンターをしようと右腕を動かしたが、無理矢理治した反動か、物凄い激痛が走った。
「ぐぅ……!」
なんとか激痛を耐えながら顔をあげると、そこには槍の穂先が迫る――急ぎ蹴りで撃墜するも、背後から数本の槍が茶児の背に突き刺さる。
……が、刺した槍の刃がぽきりと折れてしまった。
ちなみに刃は鉄製である。
「俺の背筋を……舐めんじゃ、ねえぞ!」
魔法を使っている様子もないのに、折れた槍を見て、騎士たちは多少なりとも怯んだ。
厳密に言えば、特殊な筋肉の動きで身体に刺さった刃を折る『技』だ。
流石の茶児も、鋭く研がれた、熟練の騎士による槍など単純な筋肉量だけで防げるわけがない。
怯みながらも騎士たちは、茶児の急所を外しつつ(殺すのではなく捕らえるのが目的のため)も、剣を、槍を、弓を当てているが、弱い攻撃は純粋な筋肉の壁に、強い攻撃は巧みな『技』によって、どれも致命傷には至らない。
その様子に、女騎士はうろたえながらも呟く。
「んな、なんという技……そして筋肉だ……触ってみたい…………はっ!? 違う違う! つい本音が……!」
自分の発言が、部下に聞こえてないことを確認。
どうやら皆戦闘中で聞こえて無かったようなので、一安心の女騎士。
前言を撤回するように、女騎士は腰に帯びた立派な剣を抜く。
綺麗な紋様が入った柄は見るからに高級品で、美しい白刃は武人が見れば一目で名剣だと理解できる業物だ。
「罪人、覚悟!」
地を蹴り、茶児の正面に居た騎士を踏み台にし、跳躍。
振り降ろされた剣は、重力や女騎士の筋力――そして剣の切れ味も相まって、茶児の筋肉すら容易く切り裂く威力を持っている……が、
「甘い」
左手一本で――否、左手の、親指と人差し指。
その二本だけで、女騎士の縦切りは容易く止められた。
茶児が強い理由は単純に筋力があるというのも理由の一つだが、それ以上に、古谷流武術の『技』を使えるというのが、実は一番大きいのだ。
柔よく剛を制す。
それが古谷流の基本理念。だが、柔も剛も達人級な茶児は、状況によって最適な方を使い分けるということを可能にしているのだ。
「古谷流武術奥義、片手白刃取り。本来は緊急用の防御術だが、俺が使えば、これも立派な武器破壊術になるんだよ」
パキン、と、何かが割れる音がした。
何か、とは、言わずもがな女騎士の持つ剣だ。
茶児の規格外の握力によって、名剣は折れた名剣に。
剣の中心から二つ割れて、無残な姿となった。
「嘘……!?」
眼を見開き、茫然と折れた剣を見つめる女騎士。
勝負あり、だ。この距離なら容易くこの女を捕獲して人質にできる。
「さて、どうする? まだや「ふぇっ……」……え」?
「ふぇえええ……」
ぼろぼろと、おもむろに大粒の涙を流し出す女騎士。
突然のことに、うろたえを通り越して茶児は固まる。
「ひぐっ……えっぐ……うう……」
「え……うぇ?」
泣いている女子への対処法など知らないし、そもそも女子と話すと不必要に緊張してしまうDT男子にとって今の状況は相当難易度が高いといえよう。
「えっと、その……なんていうか、戦いだし、剣折られたくらいで……ね?」
「ぐす……お爺様の形見がぁ……ひっく……」
泣いている隊長に、それを慰めている罪人。
なんとも奇妙なことになったなあ、と思いながら、騎士たちは互いに目配せし、剣を鞘に納めて、両手をメガホンのように広げて、叫ぶ。
「泣ーかせたー泣ーかせたー!」
「罪人が女の子泣かせたぞー!」
「女泣かせるとか最低ー!」
「ちょっと男子ー? 謝りなさいよー」
「ノリが中学生かよ!?」
異世界でも茶児のツッコミ、炸裂である。
中学生という概念はこの異世界には存在しないので、意味は伝わらなかったが、ニュアンスは伝わったようだ。
さっきまでのピリピリした空気はどこへやら、和やかな空気が流れている。
遠巻きに見ていた一般人たちも、調子に乗って「あーやまれ、あーやまれ」と茶児を罵倒する始末である。シリアス何処行った。
「え、えっと……」
いくら強くても、茶児は(比較的)普通の高校生。
小学生のころ、クラスの女子と喧嘩して泣かせたときに、クラスメイト全員から非難轟々だったあの日を思い出しながら、茶児はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
*****
「やれやれ、随分面白いことになっておるのう」
突然。
大きすぎず、しかし小さすぎない、はっきりとした鈴の様な声が辺りに響いた。
それは、なんだか妙な空気になってしまったこの場を再び張りつめた空気に戻した。
先ほど女騎士が叫んだ激励や、叱咤など、比べ物にならない、『声』。
その声を聞いて、騎士は全員敬礼を取った。
未だに涙目の女騎士を含めて、全員だ。
全員が無意識に、一糸乱れず最上の敬礼を取った。
それを見て茶児も、思わず敬礼する――敬礼の仕方が陸上自衛隊式なのは彼の好きな漫画の影響であろう――。
声の主は、人垣をまるでモーゼのように割って、現れる。
青――否、蒼色のウェーブがかかったロングヘアーに、髪の色と同じ瞳。
妖艶さは感じない、子供らしさもまるで無い、と、云うよりも、
姿形は女性なのに、女性らしさを感じない。
だが決して男らしいというわけでもない。
この感覚をどう表現したらいいのか、茶児には一瞬理解できなかった。
だが、すぐに理解する。
理由は単純、これは、この感覚は、かつて出会ったことがある。
似たような、『人間に見えない人間』を、茶児はよく知っている。
「赤坂……?」
茶児は呟く。
かの親友の名字を、それはもう久しぶりに。
「くかか」
それを聞いて、彼女は笑った。
可笑しそうに、笑った。
「茶髪、眼鏡、そしてその戦闘力。そして、儂を見た時の反応がシロクロの馬鹿と一緒……やはり本物のようじゃな」
エリーゼ姫は、笑う。
目を細めて、本当に可笑しそうに笑う。
「アカサカの言った通りだったわ、くかかか」
「あの……貴方がエリーゼ姫ですよね?」
一応、確認する茶児。
間髪おかず、「そうじゃ」との返事を貰い、安心した半面、嫉妬の念が渦巻く。
(すっげー美人!? これがあのパンツマンの恋人!? そんなのギルティじゃね!? いや、いやいやいやいや待て待て待て待て、まだあのパンツマンの妄想だという可能性もある、むしろそっちのほうが確率は高い、よし、落ちつけ落ち付け)
「よく来てくれたなフルヤ殿、色々と話がしたい、城に来てもらえるか?」
「え、あ、はい」
考え事をしていたら返事が適当になってしまった。
だがそんなこと気にも留めず、エリーゼ姫は歩みを進める。
が、女騎士が必至の形相で彼女の前に立ち塞がり、膝をついて頭を下げながら言葉を発した。
「っ! 女王陛下! 失礼ですがこんな怪しい男を城内に入れるなど……!」
「少し落ちつけメアリー、今のお主は少し感情的すぎる、男にでも振られたか?」
「うぐっ……」
「くかかかか! 図星か! ……大丈夫じゃよ、こやつは本物のフルヤチャコじゃ、どんな人物かは概ね聞いている。ほら、何をしている、兵を下げよ」
「……はい」
女騎士――メアリーは、とりあえず、しぶしぶ、といった感じに英雄騎士団の兵たちに指示を出し、武器を収め、自身の主を守るように兵は左右に、隊長の自分は王の後ろに、それぞれ位置づいた。
「さて、付いてくるがよいフルヤ殿、王城でゆっくり話そう」
「……分かりました」
王城。という言葉を聞いて、ファンタジーだなぁ、なんて茶児は思った。
ドラゴンと戦闘しておいて、今更だが――今更すぎるが、ようやく異世界にやってきたんだなぁ、と実感する茶児であった。
茶児さんが当初の想定より五倍くらい強くてどうしようってなっている僕が居る。




