異世界とはパンツに似ている
実は僕パンツより履いている女の子よりノーパンの子の方が見ていて興奮するんだ……(衝撃の告白)
「……やっぱ駄目かぁ……」
古谷茶児は、基本的に優等生である。
勿論とある二人の友人と一緒に騒いだり、時にその超人的な力を使って学校の壁や床を壊したりすることもあるため、そのことを知っている人間は比較的少ないが、実は宿題は忘れたことはないし、遅刻欠席も積極的にはしようとせず(友人二人が根気強く誘うとサボったりはする)、成績も悪くは無い、細かな気配りもできるといえばできる。
だから、今日この関が原学校に日曜日にも関わらず茶髪眼鏡の筋肉魔人、古谷茶児が教室で一人空を見上げ黄昏れているのも別に曜日を忘れていたとかではなく、ただ単に日曜日の学校に来たかったからである。
4月の1日。
本来関が原高校の始業式であるはずの今日は、偶然にも日曜日ということで、春休みが一日伸びるという学生大歓喜な事態となっているのであった。
(そりゃそうか……あいつらが日曜日の学校で異世界に招かれたからって、真似して日曜に学校来たからってそう都合よく異世界に行ける訳無い……か)
窓から外を見下ろすと、誰もいないグラウンドに、かすかだが桜が舞っているのが見える。
校門前ならもっと大量の桜が見えるのだが、流石に距離があるため、花びらは余程上手く風に乗ったものでないとグラウンドまで飛んでこないのだ。
「時間は……16時か、流石に帰るかなぁ……」
暇つぶしに持ってきた小説とダンベルを鞄に仕舞い、席を立つ茶児。
朝から7時間ちょい、よく耐えたものである。
某パンツマンは、パンツの妄想だけで同じくらいの時間を教室で過ごしたと言っていた。やはりあいつは規格外の変態だと、茶児は静かに思うのであった。
「我ながらばかばかしいことに時間使ったなぁ……白黒んち寄って帰ろ――」
おそらくツッくんと白黒で最近買ったっていうゲームを遊んでいるはずだ、あいつらのプレイを見て買うかどうか決めよう、とか考えながら教室の扉を開く。
そこには見慣れない町の様子が広がっていた。
「――――え」
日本にはそうそう無いであろう赤レンガ造りの建物が所狭しと並び、ゲームの中でしか見たこと無いような露天式の店が立ち並ぶ。
右を見れば、猫と人を足したような生物が。左を見れば、二足歩行のトカゲのような生物が、堂々と買い物を楽しんでいる風景が見える。
眼鏡を取って、目を擦っても何も変わらない。
水滴が眼鏡のレンズに付いて、ようやく教室の扉があるはずの後ろを振り向く。
そこにあるはずの扉は無くて、代わりに水滴を飛ばしたであろう噴水が茶児の背後に鎮座していた。
「まさか本当に……異世界に……?」
水滴を服で拭いて、眼鏡をかけ直す。
ぼやけていた視界が元に戻り、より一層、自分が普段いる世界とは別物だということが理解できた。
亜人、当然のように装備している剣、槍、杖、そして騎士のような甲冑を着た人たち。
どれを取っても日本ではコスプレ会場くらいでしかあり得ない有様だった。
「でも……どう見ても特殊メイクには見えないよな……武器も本物の武器ばかり、……杖は魔法使いが装備するのかな?」
噴水前を離れ、露天の一つである武具屋に立てかけてある武器を見ながら呟く。
店主がうれしそうな顔で「いらっしゃいませ!」と駆け寄ってくるが、申し訳ないが買うつもりは無いのだ。鬱陶しいから無視して離れる。
(…………ん? ていうか今日本語……そういえば『渡り歩く魔剣』も日本語で話してたな、もしかしてこの世界の標準語は日本語? いやそれは都合よすぎる気が……まあいいか、異世界に来たのはいいものの、これからどうしよ)
……とりあえず異世界召喚モノのお約束として、お姫様助けるか、ギルドみたいな組織に加入するか、ドラゴンとか退治して素材売って金にするかなぁみたいなことを漠然と考えつつ、街を歩く。
――すると突然、地が揺れるほどの轟音が響いた。
思わず耳を塞ぐ。
ライオンとか、虎とかの猛獣の叫びがイメージとしては一番近いだろうか。
その何倍も大きい声量と威圧感が、町全体を包み込む。
声の正体は、ゆっくりと、空から降りてきた。
でかい羽ばたき音を鳴らしながら、噴水の上にその巨体を乗せた。
鋭い視線を放つ、金色の瞳。見るものを威圧するような、歪な四本の角。
口元からはのこぎりのような牙が見え、四肢は一本一本が丸太のように太く強靭で、そいつが持つ翼は禍々しいくらい巨大でおぞましかった。
「ドラ……ゴンだ……」
誰かが、呟いた。
目算で3m以上あろう尻尾が振るわれ、噴水が壊れた。
水しぶきが、舞う。
それを切欠に、人々は叫ぶ。
「「「ドラゴンだー!」」」
「どっらごんだーっ!」
人々は叫ぶ、恐れをなして絶望の声を。
茶児は一人歓喜を叫ぶ。狙っていた展開の一つが早速来た喜びと、強そうなやつと戦える喜びで。
『聴け! 人間よ!』
ドラゴンが、口を開かずに喋りだす。
長い首を伸ばし、高いところから、演説のように。
しかし、ドラゴンの口では言葉は話せない。ゆえに魔力を使ったテレパシーだ。
魔力を持たない茶児には聞こえない。
『我は竜王! 前代魔王に代わり、人間どもを支配する真の魔王ぞ! 死にたくなければ大人しく国を明け渡せ!』
武器を持たない民間人が逃げ惑い、騎士らしき人たちがそれを宥め、誘導するのに必死になり、武器を持つ傭兵が剣の柄に手をかけたその瞬間。
誰よりも早く、誰よりも速く。
古谷茶児はドラゴンの尻尾の付け根に移動していた。
壊れた噴水の淵に足を乗せ、手で刀を形取る。
筋肉を膨張させ、狙いを定め、振りかぶった。
『――ん? なんだきさ――』
「そぃっや!」
技名なんて無い、ただの手刀。
だけど、茶児が放てばそれは日本刀より鋭き刃になる。
スパン、と快音が鳴り響き、切り離された尻尾は宙を舞う。
『ぐがぁあああああ!?』
地響きを鳴らしながら、竜は前のめりに倒れ込んだ。
逃げ惑う人々も足を止め、その異常事態に目を見張る。
『い、一体何が――!?』
「やっぱ尻尾は切らなきゃなぁ、某狩りゲー的に考えて」
竜は即座に起き上がり身体を反転、尻尾を切った張本人である、茶児を睨む。
『小僧……貴様一体何の魔法を使った!?』
「次は部位破壊だな、ゲーム脳的に考えて、壊れそうなのは頭と爪と翼……かな?」
『いや待て……魔力を感じない!? まさか膂力だけで我が尾を断ち切ったとでもいうのか!?』
「まずは……頭!」
地面を抉るように蹴り、高速で間合いを詰める茶児。
それに反応して、ドラゴンも動き出す。
敵を翻弄するようにジグザグ移動をしつつ近づいてくる茶児に対し、ドラゴンは息を吸った。
取り込んだ酸素を体内の火炎袋に入れることにより、発火、魔力を込め、生み出した炎を口から放出。
ようするに俗に言うブレスである。
触れれば火傷ではすまないであろう高温のそれは、自ら竜王と名乗るだけの威力を誇る。
流石の茶児も、そんな炎ブレスを受けたらシャレにならないと判断したのか、それとも動物的本能に従ったのかは本人にしか分からないが、炎の射程外までバックステップで退避した。
「あっつー、成る程、放射型のブレスか……っていかんいかん、いつまでゲーム気分でいるんだ、俺。これは現実現実」
眼鏡をくいっと掛け直し、もう一度敵を見据える。
緑の体色の、羽が生えたトカゲ。と見ると、可愛く見えるかもだが実際のところ、相手はドラゴン。ファンタジーではよく伝説とか呼ばれる存在だったり、ラスボスとかとして君臨したりしているあれだ。
(尻尾が切れたのは油断していたからだと思おう、それに、さっきのブレスもだけど、あの爪と牙も十分脅威だ、多分あれマトモにあたったら一撃で……うわぁ)
わりとマジでさっきまで喰らっても回復薬飲めばいいやって考えていた自分にびっくりする茶児であった。
モ○ハンやりすぎだ。
「命のやり取りは……久しぶりだな、最近一方的なのばっかだったし」
……っと、茶児が改めて覚悟を決めた瞬間、一本の槍が、ドラゴンに向かって投げられた。
装飾品などの余計なものが付いてない、実用性重視の、立派な槍だ。
しかし、そんな粗末なものでドラゴンの鱗を貫けるわけなく、槍は刺さることなく弾かれ地面に落ちた。
「怯むな! 英雄騎士団の彼に続けー! 俺たちも町を守るんだ!」
「ドラゴンが何だー! 竜王が何だー!」
「撃て! 撃てー! 少しでもダメージを入れるんだ!」
声と槍の正体は、町の人たちだった。
雑多な装備の傭兵集団、統一性の無い亜人の纏まり、そして、一部こそ市民の避難に向かっているが、まだ十分な数がいる甲冑を着た騎士。
それぞれが剣を持ち、槍を持ち、弓を持ち、杖を持ち、ドラゴンという巨大な敵に立ち向かおうとしている。
良い町だ。
茶児はそう思った。
英雄騎士団というのがよく分からなかったが。
『騒がしい……木っ端共だ……!』
剣は弾かれ、槍は刺さらず、矢は翼が少し羽ばたいただけで打ち落とされる。
杖から放たれた炎や氷、雷の魔法も、ドラゴンが常時纏っているオーラのような魔力に阻まれ届かない。
しかし鬱陶しいものは鬱陶しいのだ、蚊やハエが、ぶんぶんと自分の周りを飛んでいたら鬱陶しいように。
だからブレスの一つでも吐いてやろうと、そうすれば大人しくなるだろうと思い、ドラゴンは茶児から視線を一瞬外した。
――それが致命的だった。
刹那。
茶児が動く。
ドラゴンが視線を外して、茶児の動いた音を聞き、もう一度茶児に視線を戻すまでかかる時間、およそ1秒。
地球人の中で、3番目くらいに強い古谷茶児の前では、それは永遠という意味だ。(ちなみに一応言っておくけど、1番目2番目は某パンツマンと某モノクロ野郎じゃない)。
ぐるりと、ドラゴンの視界が反転した。
一瞬、何が起きたか分からない程度には唐突に。
背中から地面に落ち、粉々に砕けて赤黒い血を纏った皮膚が露出している右足を見て、すべてを悟る。
足払い。
究極レベルの、足払い。
人間に放ったら、足がもげて千切る……だけでは済まない威力だった。
「ドラゴンだろうと生物なら、首ちょん切れば絶命するだ――」
『ぬぅん!』
尻尾のように首を切断してやろうと、手刀を構えた瞬間、茶児は吹き飛ばされた。
起き上がり際の、首振り。
それだけの動作で、茶児を押し出し、赤レンガの家へと激突させた。
普通の人なら、死んでいるだろう。
普通の人間なら、即死だろう。
しかしそれは、その理屈は、普通じゃない茶児には通用しない――!
竜も本能で理解する。
まだあの小僧は死んではいないと。
この程度では絶命には至らないと。
起き上がり、息を吸う。
酸素を吸収し、火炎を増幅させ、放つ。
今度は放射状の火炎ではなく、球状の火炎を。
範囲こそ狭まるものの、威力は先ほどのブレスとは比べ物にならない火球が茶児の激突した民家に迫る!
範囲は狭まったといっても、それでもまだ火球の大きさは目測でも10mはあるだろう。
まさしく化け物と云った言葉が相応しい、竜王のブレス。
赤レンガの民家は、跡形も無く消し飛んだ。
文字通り、消し飛んだ。そこには灰となった元民家しか残らない。
木造建築じゃねえんだぞ。と、茶児は呟く。
破壊された民家の隣の隣。少し背が高い、向こうの世界で言うアパートのような形状の赤レンガの家。
その屋上で、茶児は身を隠しながらドラゴンを見る。
奴はキョロキョロと、槍や弓を意にも介さず茶児を探しているようだった。
茶児は存じないことだが、彼に魔力が無いことが幸いにも竜の魔力探知に引っかからず、茶児を見失ったという絶好の奇襲チャンスを生み出したのだ。
さっき咄嗟にガードに使ったせいであらぬ方向に捻じ曲がった右腕を無理矢理もとの形に戻す。
打撃を喰らって痛いと感じたのはいつ以来だろうか。
茶児は笑う。
声には出さずに、しかし、嬉しそうに。
『逝ったか……? そろそろ潮時か、尾も治さねばならぬ』
ドラゴンが翼を広げる。
飛び立とうとしているのだ、助走も無く、ただ翼の力のみで。
鳥とは訳が違う、巨大な体躯。
体重も相当なものな筈だが、そんなこと一切感じられないほど緩やかに、ドラゴンは飛翔を始めた。
しかし、飛び始めて間もなく、バランスを崩して前のめりに倒れかけてしまった。
前足で倒れることは防いだものの、再びドラゴンは地に着く。
理由は単純明快。
切られた尾である。
巨大な体躯に見合う、巨大な尻尾。
そんなものが根元からちょん切られてるのだ、身体のバランスが、感覚的なバランスがおかしくなっても、全く不思議じゃないだろう。
そしてその地に着いた一瞬は、言うまでも無く、致命的だ。
古谷茶児の前では即死級の致命傷だ。
すかさず、屋上から飛び降りる。
くるくると前転して、遠心力を左足に込めながら、落下。
同時に、ドラゴンが再び飛翔を始めた。
今度はちゃんと、失った尻尾を意識した飛び方で。
しかしもう遅い。
――遅いどころか、タイミングが最悪だった。
「だっらぁぁあああああ!」
『――――!?』
落下速度と遠心力が合わさった、茶児の鉄すら断ち切るかかと落とし。
それに加えて、上空に飛翔するための力が、上乗せされてしまった。
長い首の、丁度真ん中。
ギロチンの如く繰り出されたかかと落としをもろにどころか増し増しで直撃したドラゴンの首は、呆気なく千切れて飛んだ。
「着地――と」
ふわり、と茶児は着地する。
落下のエネルギーは、ほぼ全てかかと落としに注ぎ込んだ。
故に、屋上から落下したなんて感じさせない、余裕の着地だった。
「てれれれれてってってーん、茶児はドラゴンスレイヤーの称号を手に入れた――なんてね」
冗談めかしくそう呟くと、周囲から大歓声が上がった。
「英雄騎士団バンザーイ!」
「英雄の再来だー!」
「わが国は安泰だな!」
「ドラゴンの肉っておいしいのかな?」
「馬鹿、食えると思ってんのかお前が」
「バンザーイ!」
「バンザーイ! バンザーイ!」
英雄騎士団って何だ? とか考えながら、なんだか照れくさくなってきて、頬を掻く茶児。
適当な誰かに英雄騎士団って何? とか訊いてみようか、と、話しかけやすそうな人を物色し始めた、その時だった。
「静まれい!」
――と、凛とした声が響いた。
しかしそんなもので騒ぎが収まるような輩じゃないようで、茶児を称えるような、国を称えるような歓声は続く。
「し、静まれい! 静まれ! ちょ、こら、押すな! ここを通せ!」
眼鏡をくいっと掛け直し、声の主を探す。
幸いなことに、それっぽいのはすぐに見つかった。
銀髪青目、凛とした顔つきの女騎士。
「くっ……殺せ……!」という類の台詞が非常に似合いそうな美人さんが、涙目で民衆を掻き分けこっちに来ようとしているが上手くいっていないようだ。
業を煮やしたのか、ぐいっと腕で涙をぬぐうと、彼女はおもむろに手を天にかかげ、唱える。
「ハイレ・ゼグ・ロイティ、中級爆発魔法!」
ひゅるるるる、と花火のように、光が空に上がったかと思ったら、それが派手に爆発して、轟音を撒き散らした。
ついでに色のついた火の粉が舞っていたから、元の世界でいう花火みたいな魔法なんだろう、この場合場の鎮圧に使っているけど、と茶児は魔法について思考をめぐらす。
その爆音で、流石に民衆は静まり返った。
さっきまでの大騒ぎが嘘のように、爆発魔法をかました女騎士に注目が向く。
目論見通りなのか、女騎士は凛とした無表情の上に隠しきれてないドヤ顔が浮かんでいたが、まあそれは触れないでおいてあげるのが優しさというものだろう。
「静まれ!」
もうすでに静まっているのに、改めてもう一度言う女騎士。
彼女の背後で笑いを必死にこらえている連中は多分彼女の部下だろう。
彼女をよく知る人物ならば、ここは笑う場面だ。
女騎士は、つかつかと固まった民衆の間を抜けて、茶児の前に立った。
瞬間、茶児の顔が驚愕の表情に変わる。
否――驚愕というよりも、困惑と言ったほうが正しいかもしれない。
「さて、我ら英雄騎士団で、単独での危険行動は認められて無い筈だが?」
彼女は言う。
何かを言っている。
しかし、茶児の耳には、入ってこなかった。
右から左である。
何故なら――何故なら彼女は。
「何か言うことはあるか? ん?」
関が原高校指定制服の、ブレザーに身を包んでいたからである。




