後悔とはパンツに似ている
ひゅんひゅんひゅん、と、二本分の風切音が宙を舞い、ストンと地面に突き刺さった。
地面に刺さった黒い刀は、魔力の霧に成り、霧散して消えていく。
「ジョギングしてたら、見覚えがあるメイド服が殺されかけてて焦ったぜ」
「悪い悪い、完全に油断してたわ。やっぱ油断ってするもんじゃないね」
「それで、あの浮いてる刀が例の魔剣とやらか?」
「いえす」
「ふぅん、今まで七信三擬くらいだったけど、本当に異世界ってあるんだな」
「あれ? 魔法使うとこ見たこと無かったっけ?」
「お前なら出来てもおかしくないかなって」
無理に決まってんだろ。
流石の僕も不可能は可能にできない。
そんなことを話していると、会話に割り込むように渡り歩く魔剣が口を開いた(口は無いが)。
『……道化師アカサカの仲間?』
「道化師? アカサカ? ……ああ、そういえばこいつの苗字赤坂だっけか。まあそうだな、仲間で友達だよ」
『結界を易々越えたってことは魔力無しか……』
茶児の筋肉は魔法みたいなもんだけどな。
あ、今僕上手いこと言ったぜ、いえーい。
『……魔力無し如きが、私たちの戦闘に割り込むんじゃない!』
「……っと、茶児! 来るぞ!」
黒い魔力を纏い、それを爆発させてのブースト。
超加速した斬撃が茶児に襲い掛かる!
その速さは常人では捉えきれないほど早く――
「おっと」
――茶児にとっては児戯に等しいほどの遅さだった。
がっちりと、左手の人差し指と、親指、その二本の指で、茶児は魔剣の斬撃を止めていた。
あっさりと、本当にあっさりと。
本当の化け物っていうのは、僕でもなく、魔剣でもなく、茶児みたいのを言うんだなぁって。
「ふんっ!」
『んぎぃ!?』
茶児は掴んだまま、刀身に向けて手刀を繰り出した。
とてもじゃないけど人体と金属が衝突した音とは思えない音が鳴り響く。
鋼だろうと切り裂く茶児の手刀、だが――。
「うぉ、『切れ』ないか。壊れないってのは本当だったのか」
『つ、つ、痛覚無くて助かった……?』
「茶児! こいつを封印できるのは白黒だけだ!」
「うげ、何そのめんどくさい設定。しょうがないなぁ、捕まえとくから急いで白黒呼んで来て。……ていうか携帯は?」
「壊された、茶児は? 持ってる?」
「ジョギング中だったからなぁ、持ってねえわ」
『ぐ、この! 離せ!』
渡り歩く魔剣が叫ぶと、奴から発せられた黒い魔力が茶児を包み込んだ。
魔力は刃となり、茶児の身体を切り裂いていく。
……しかしその程度じゃ茶児の皮膚が少し切れるだけのようだ。
「うぉおお!? なんだ? なんか知らんが全身痛い! 切れてる!」
「あ、そっか、茶児魔力見えないのか……って、言ってる場合じゃない!」
もし茶児が【洗脳】されたらシャレにならん!
勝ち目が一切無くなる!
「茶児! やばいからそいつ投げ捨てろ!」
「お、おう? いいのか?」
「早く!」
「よく分からんが……そいや!」
茶児は魔剣の柄を掴み、槍投げのような投球フォームで魔剣を投げた。
渡り歩く魔剣はあっという間に結界を突き破り、雲を突き抜け、空へと消えていった。
「……いってー、何だ何だ? 何あれ? 魔法?」
「いやそれよりもさ……飛ばしすぎじゃね? もう姿が見えないんだけど」
「多分宇宙までは飛んでないと思うよ、多分ね」
「……まあいいや、今のうちに白黒ん所まで走ってきてくれないか? この結界も何とかしたいし」
周囲は未だ薄い黒色の結界に覆われている。
茶児には見えないし、触れないが、僕にとっては死活問題だったりするのだ。
「結界? まあ魔法とか異世界とかの分野は俺わかんないし、とりあえず従っとくよ、白黒連れてこればいいんだな?」
「ああ、頼む」
使える魔法の種類と数なら僕より圧倒的に白黒のほうが多い。
魔剣の封印魔法も、結界の解除魔法も白黒の持ち魔法だ、僕は持ってない。
「……て、うん? あれ?」
スーッと、結界が消えていく。
周囲に魔力も感じない……。これは……。
「……逃げたか?」
「逃げた? あの刀がか?」
「……うーんと、うん、そうっぽい」
結界の解け方が、『解除』したというより、『自動的に消えた』って感じだ。
茶児が白黒を呼んでいる間に僕を殺しきることが不可能だと判断したんだろうな。
現状、奴が一番避けたいのは封印ができる白黒とタイマン以外の状況で対峙することだろうし。
「追撃は?」
「無意味だろうな、あいつ単体なら宇宙空間でも活動できるし」
「まあ……刀だもんなぁ……そりゃそうか」
空を見上げる。
もうどっぷりと日は沈み、三日月が控えめに僕らを照らしていた。
「さてと、どうする? これから」
茶児が交番の中と前で倒れている洗脳されていた集団を見ながら言う。
全員が全員白目を剥き、だらしなく口を開いて気絶している。
このまま放置したら完全に警察沙汰……ていうかそもそもこの交番の警察官死んじゃってるんだよなぁ、事件不可避だなぁ……。
うーん……。
「まあこの人たちは放置でいいでしょ」
「つめてー」
「うっせーな、肩痛いし足痛いしで僕も一杯一杯なんだよ、携帯も壊れたし散々だぜ」
てか、よく考えたらスマホに変えたばっかじゃん、僕。
ため息を吐きながら、肩と足に突き刺さったままだった黒刀を抜いて、宙に放り投げる。
意味を失った黒刀は、魔力の霧となって散った。
「うっわ、結構傷深いな、歩ける?」
「何とかな……異世界じゃ、これくらいの傷日常茶飯事だったから」
「…………そうか」
んん?
なんか茶児の様子が暗いぞ?
「ああ、もしかしてお前、異世界に一緒に行けなかったこと悔やんでる?」
「…………いや? 折角のメイド服が台無しだなって思っただけだ」
「え? あ、あちゃー、明日からバイトどうしよ……」
……ま、いっか、ゲーム買う分のお金は確保できたし。
丁度いいやめ時だ、後で店長に連絡しておこう。
「じゃ、とりあえず僕は白黒の家に行って傷治してもらってくるよ、茶児はどうする?」
「……そうだな、念のため、俺も着いてくよ」
そう言って、死体とか気絶した人たちを放置し、僕たちは歩き出した。
「――その通りだよ、畜生」
ぼそりと呟かれた茶児の言葉は、僕に届くことなく、風の音にかき消されていった。




