治療とはパンツに似ている
『次のニュースです。街を騒がしていた黒刀の不審者が、ついに逮捕されました』
『いやー随分とたくさんの被害者を生みだした犯人ですが、ようやく安心して街を歩けそうですね』
『被害者の総数は二桁を超すと言われています。日本でこれほどの連続殺人事件が起こることは非常に珍しいですね』
『そうですね、犯人は非常に狡猾で、警察の眼を盗むことで逮捕を免れていたようです。……ですが、そんな犯人が捕まった経緯、ご存じですか?』
『いやぁ、見当も付きませんね。普通に警察の尽力の結果ではないのですか?』
『ふふ、それは違うのですよ。警察の眼を逃れ、十数人の人間を殺害した殺人鬼、そんな狡猾な犯人逮捕には、一人の勇敢な青年の尽力がありました。それでは再現VTRをどうぞ』
4月1日。本来新学期が始まるはずの今日という日は、日曜日という聖なる文字に守られ休日となっていた。
なので当然僕も春休み最後の日を満喫しようと、朝早く起きたら丁度昨日のことがニュースでやっていたので、一応視聴する僕である。
万が一僕の姿が映ってたら、嫌だし。
VTRの内容は、女の子が二人で仕事から帰宅している途中、急に襲いかかってきた不審者相手に逃げていたところを、勇敢な青年が不審者に立ち向かって、女の子を逃がしたというもの。
本来ならそんな危険なことやめて警察を呼べ、となるべきなのだが、驚くべきことに青年はその不審者を撃破、からの警察に突きだすということを達成してしまった。
それならば、『女の子を助けた勇敢な青年』、という美談にしてしまおうというテレビの戦略のようである。
まあ当の『青年』の顔とか性格がちょっとあれだからか、テレビで公開したりはしないようだが……。
「……ま、僕の顔も割れてないから一安心っと……」
呟いて、テレビの前から離れる。
コーヒーでも飲もうかな。
『……さて、そんなドラマティックな終わり方を迎えた今回の事件ですが、その裏で、またもとんでもない事件が待ち受けていました』
『なんと、先ほどの事件が起きた付近の警察署の警察官が全員殺害されていたのです』
『黒刀の不審者が警察官を殺害してから、女の子を襲いに行ったということですか?』
『分かりません、さらに警察署付近で、軽傷重症入り乱れた意識不明の人たちが発見されたのです』
『えー! 怖いですね!』
『はい、こちらは完全に原因不明。意識を取り戻した人たちも、記憶を失っているようでし』
『ポ○モン、ゲットだぜー!』
突然、テレビ画面が暗転し、アニメの再放送に切り替わった。
どうやらマヨがリモコンを弄ったようである。
「…………まあいいか」
呟いて、コーヒーを淹れる作業に入る。
……ああ、そうだ、明日提出の宿題やらなきゃ、白黒はどうせやってないだろうし、茶児に答え写させてもらうか。
自分でも出来るんだから自分でやれよ、というツッコミは入れてくるが、なんだかんだ毎回見せてくれるのだ。
まあ宿題なんか真面目にやらんくてもテストで100点取れるから――とか言うと怒って見せてくれないんだけど。
と、いうことで、コーヒー片手に固定電話を手に取り、茶児の携帯番号を押す。
携帯電話は壊れてからまだ新しいのにしてないから持ってない。
『…………ガチャッ、おかけになった電話番号は現在使われていないか、電波の届かないところに――』
「あれ?」
繋がらない。
春休み明けまであと一日だってのに電波が届かないところに……?
それか僕に黙って電話番号変えた?
……いや、この前の戦いで茶児の携帯が壊れたのかな? うん、その線が一番濃厚か。
「しょうがない、直接茶児んち行くかー」
自分で宿題をやるという発想はない僕であった。
*****
「へーっくしょい!」
ところ変わって異世界。
赤い絨毯に白い壁、豪華な装飾品や調度品。
ファンタジーな城内の一室で、茶児は上半身裸の状態で椅子に座っていた。
「ああすいません、冷えてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫です」
つい先日友人が着ていた安物のメイド服と違い、本物のメイド服に身を包んだ本物のメイドさんに心配そうに声をかけられ、茶児は短くそう答えた。
女性耐性のなさがここに来て浮き彫りになってきたなぁと思う茶児であった。
「そうですか、では始めます。回復魔法」
折れた右腕に、メイドさんの手が触れた。
無表情が貼りついたようなメイドさんだが、流石王様の城で働くメイドだけあって美人だ。
そんな美人に触れられて、茶児の頬が微かに染まり、一瞬で青ざめた。
「いでででででで!?」
強烈な痛みが、茶児を襲ったのだ。
「シロクロ様の回復魔法と違って、……と、いうより普通の回復魔法は回復の際に痛みを伴うものです。我慢なさってください」
「あ、そういう感じいでででで! なんですねいぢぢ!」
「もし我慢できないならここまでにしときますか? もう七割方治っていますが」
「いえ、大丈夫です……慣れてきました」
「そうですか」
白黒って凄かったんだなぁ、と思う茶児であった。
(まあでも確かにどんな怪我も一瞬で治る回復魔法が標準なわけないか……)
あれでも白黒はこの世界で魔王を倒して英雄となった男なのである。
……ん? ていうか、あれ?
「今魔法使う時詠唱しなかったけど……詠唱無くても魔法って使えるの?」
「詠唱……? ああ、英雄たちが魔法を使う前に呟くあれですね? あれはあのお二人が格好いいからとか何とかで自作したやつですよ?」
「え?」
「ですから本来詠唱など必要ありません。……まあ最近の若い子には英雄に憧れて真似する人もいるらしいですがね」
「……何やってんだあいつら」
自ら隙を増やしていくとかアホすぎるだろ……っと呟く茶児。
「それにしても……良い筋肉してますね、ちょっと腹筋触っていいですか?」
「まあ鍛えてますからね……触るのは勘弁してください、くすぐったいんで」
「残念です」
メイドは本当に残念そうに眉を八の字にした。
そんな顔をされても、茶児はくすぐりに弱い系男子である。
触られるのは勘弁願いたい。
話を変えるために、話題を探す。
「あ、そういえばえーと、……すいません、メイドさんの名前は?」
「レアナです」
「レアナさん」
「さん付けはいりません」
「レアナちゃん」
「ちゃん付けで呼ばれるほど、幼くありません、気軽にレアナでいいですよ」
「……レアナ、さん」
「……女の人を呼び捨てにすることに抵抗がある人ですか?」
「……はい、すいません」
「ふふ、謝る必要なんてありませんよ、シロクロ様も、頑なにレアナと呼んでくれませんでした」
あ、笑うともっと可愛い、なんて心の片隅で思いながら、右腕の痛みに耐える。
「ちなみにアカサカ様は最初は名前すら呼んでくれませんでした」
「へー、意外だな、あいつは確かに他人への興味が薄めだけど、呼び捨てを恥ずかしがるようなやつでもないでしょ」
「はい。ですが何やら『パンツを履いてない女子なんて憶えたくない』とか何とか言ってました」
「パンツ履いてないの!?」
「いえ、今は履いてますよ。ただあの二人がこの世界に来た当時、パンツというものはこの世界にはありませんでした」
「パンツが……無かった? それは……なんというか……」
あのパンツマンが発狂している姿が目に浮かぶ。
血涙と嘔吐を撒き散らせながら、頭を地面にがんがんと叩きつけるとかそんな感じだったに違いない。
「あ、でも今パンツ履いているってことは……」
「はい、アカシロ様はこの世界にパンツを布教するためにこの世界を旅していると言っていました。その成果は上々で、今ではこの国の人間は100%パンツを履いていますよ」
見ます? とスカートの裾を摘まむレアナ。
反射的に「いえ、いいです」と答えて、少し後悔する茶児であった。
かのパンツマンほどじゃないけど、美女のパンツは好きである。だって男子高校生だもん。
「それで? 先ほど何か言おうとしたようですが?」
「ああいや、単にレアナさんはあの二人と仲良かったのかなって」
「悪くはなかったですね、この城のメイド長として、何度かお話もしましたけど、二人ともとても変……きみょ……ユニークな方で、――ああ、いやアカサカ様はパンツを履くまで口を聞いてくれませんでしたが、概ね良好な関係だったと思います」
「…………え? 良好? 本当に?」
「? はい、私の勘違いでなければ」
「……ふぅーん」
「? っと、治りましたよ」
言われて、茶児はぐるぐると右腕を回す。
痛みは、無い。流石回復魔法だ。
「どうですか? 痛みとかは……」
「大丈夫です。回復魔法って凄いですね、やっぱり」
「シロクロ様ほどじゃありませんけどね」
「折角異世界来たんだし、俺も魔法使ってみたいなぁ、スクロール……ってのが必要なんだっけ?」
「はい、簡単な魔法でしたら市場に売ってますから、後で見に行ってみたらどうですか?」
言いながら、レアナはシャツとブレザーを部屋の棚から出して持ってきた。
もう洗濯が終わったのかな? っと血塗れになった自分の服を思い出しながら、茶児は会話を続ける。
「簡単? 魔法に簡単とか難しいとかあるの?」
「ええまあ……簡単……というよりも、必要魔力が少ないって言った方が正しいかもしれませんが」
必要な魔力が少ない分、扱いも簡単なものが多いんです。と言いながら、茶児の後ろに回ってシャツを着せていくレアナ。
ちょっと照れ臭そうに、茶児は大人しくシャツに袖を通した。
「MP消費が少ないってことか」
「ふふ、シロクロさまもおっしゃってましたね、『エムピー消費』……本当に貴方も異世界から来た方なのですね」
「なんだ、まだ疑われてたの?」
「疑っていないのは女王陛下くらいですよ、何せ、フルヤ・チャコという人間の人物像は、女王陛下しか知らないですから」
「何で?」
「念のため……だそうです、アカサカ様曰く、騙るものが現れるかもしれないからって」
「でも俺の存在は誰もが知ってるんだろう? あの隊長さんが言ってたぜ?」
「知られているのは名前と圧倒的な強さだけです、茶髪で眼鏡なんて外見、初めて聞きましたよ」
「成程」
ブレザーも羽織る。
そこまで着て気付いたが、どうやら茶児のブレザーではないようだ。
似ているが、作りが荒く、材質も違う。校章も付いていない。
「これは……英雄騎士団の?」
「はい、貴方達の世界に一番近いであろう服装はこれですから」
「……成程、ありがとう、レアナさん」
「いえ、当然の配慮です。それでは治療も終わったことですし、応接室へご案内します」
「うい、ああメイドといえば、あのパンツマン最近メイド服着てたよ」
「そうですか……ってええ!?」
「うお!?」
驚かすつもりで言った言葉だが、予想以上の反応を貰って逆に驚く。
今までの鉄仮面は何処へ行ったといわんばかりの表情の変化である。
「ど、どういう状況でメイド服なんて着たんですか!? まさかシロクロ様の命令で!? 主人と従者プレイ? いや、アカ×シロ派の私としては……女装攻め!? うひゃー! 萌えてきたーーー!」
「……………………」
「……あ」
「……えーと、その、俺は、何も聞いてないから……」
「………………チャコ×アカ……いや……アカ×チャコ……?」
「やめて! その考察やめて! ていうか元のレアナさんに戻って!」
「はっ!? ……コホン、えーと、その、うん、さ、案内します付いて来て下さい」
「…………うん」
ずれた眼鏡をかけ直す。
本当、マトモな人に縁が無い人生だ。
そう思いながら、何とも微妙な空気のまま茶児とレアナは部屋を出て応接室へと向かうのであった。
今更だけどこの小説マトモなやついねぇなぁ、春色ちゃんくらいか?(春色ちゃんが不憫枠になることが決定した瞬間である)




