08話 再来。
初代の光の神子は、龍と人との間に生まれ、大陸に結界を張った初代の皇帝。
初代の闇の神子は、異世界から召喚された娘で、初代の皇妃。
闇の神子でもある皇妃は、結界を張った際に壊れた聖剣を新たに作り直し、それ以外にも聖槍や聖杖など、いくつもの武器を作った。
それらに共通しているのは、核となる宝石――「聖珠」があること。
いずれも聖剣のように大陸の結界を張れるほどの力を秘めているが、どうやって作られたのかは分かっていないという。
記録が失われたのか、隠されたのか、それともわざと残さなかったのか。
自ら持ち主を選び、主以外では作り手だけがそれを取り扱うことが出来る武器など、もちろんほかには存在しない。
「聖杖や聖槍が主を選ぶことは少ない。だが、これは常に主を選び続ける」
これ、と腰にある聖剣に触れる皇帝の口元には優しい笑みが浮かんでいる。それは、自分の相棒を誇らしく思う表情だ。
私は聖剣を見つめて、首をかしげた。
「聖剣の選んだ者が皇帝だから……?」
そうだ、と彼は笑う。
「父である先の皇帝が崩御されたあと、聖剣はまだ雛である俺を選んだ」
「……成人していなくて、結界も張れないのに?」
「潜在能力か相性か、適性の問題なんだろう。そういったことは歴代の皇帝の中でも何度かあったから驚くべきことじゃない。だが、俺は光の神子だったから、皇帝になるとは思ってもいなかったんだ」
「……」
ん? と私は首をかしげた。
見た目からして明らかに光龍で、皇帝の実子で、帝位を継いでもおかしくはないと思うけど。
「光の神子だと何か問題が?」
「光の神子と皇帝を兼ねていたのは初代だけだ」
「――え、そうなんですか」
それは意外というか。
でもすごい、と私は笑う。
「じゃあ、リヴァイスが二人目?」
「そうだな」
「おおー」
感動していたら、なぜか皇帝は苦笑する。
「それでもまだわからないのか?」
「え?」
「……」
何が? 私はきょとんと瞬き、
「あ」
ぽかんと口を開けた。
――あああああ!
そうか。
そこへ、聖剣を扱うことの出来る娘が現れ、しかも状況は初代と同じ――となれば龍人たちが興奮しないわけがないのだった。
再来、という声も聞こえた。
彼らにとっては、めでたい出来事なのだろう。その逆よりはいいと思う。
いいとは思うけど。
「私、剣を作ったり、直したりなんてできません」
「わかっている」
皇帝は楽しげに目を細めて、こめかみに優しく口づけてくる。
龍人はスキンシップが過剰だけど、皇帝もかなりのものだ。
性的な嫌らしさは感じられないので、ペットを可愛がっている感覚なのかもしれないと流すことにするしかない。
だって相手は外国人だし。
キスもハグも仕方がない、と自分に言い聞かせる。
それでも、人前ですよ、と皇帝の顔を手で押し上げた。
「もしかして、リヴァイスには初代の闇の神子の血が流れているんですか?」
「いや――」
皇帝は楽しそうに喉の奥で笑って、手のひらに口付けてくる。私の横髪をひと房さらって流した。
「彼女は子を残さなかった。帝位を継いだのは初代の姪だ」
「みぇい」
私が初めて聞く言葉を言い返せば、皇帝は小さく笑った。
「め、い、だ」
「め、い」
ちゃんと言えると、頭をくりくりと撫でられた。
それを嬉しく思ってしまうのは、きっと私が「褒められて伸びる子」だからだろう。
なんだか小学生を通り越して、幼稚園児になった気分だけど、実際、この世界に来て3年。言葉を話すことに関しては3歳児と同じなのだからしょうがない。
それよりも、と私は息を吐いた。
聖遺物って、確か聖者を殺した武器やその血がついた物をいうのではなかっただろうか。
――いったい誰の血が?
作った武器で誰かを殺したのか、それとも殺されたのか、自らの血を捧げたのか。
それを聞いてもいいものかどうかも分からない。
「血だ」
皇帝の言葉に、心臓が跳ね、身体がこわばった。
「……え?」
ふと脳裏に浮かんだのは、血に沈む女性の姿。そして、その傍らには聖剣を持った男性がいた。
男の表情は分からない。女の顔も分からない。
それが初代皇帝と皇妃であるとは限らない。
ただ、私が抜身の刀を見たときの感覚と同じ震えが走ったのも確かで。
それは夢なのか、幻なのか、真実なのか――。
心配そうに私を見つめる視線に気づき、笑顔を返そうと思ったけど失敗した。
「大丈夫か」
「……はい」
「お前は、初代の闇の神子と同じ血が流れている」
「……同じ、血」
皇帝の言葉に、ゆるゆると身体の力が抜ける。
「血がつながっている……ということですか」
「肖像画を見るかぎり、似てはいないな。だが、同じ一族なのは分かる」
「同じ……一族」
日本人、ってことだろうか。
私は首をかしげた。
「同じ世界から来た?」
「ああ」
「……」
実際、私がこうして召喚されているわけだから、地球から――、もしかすると日本から、私と同じように召喚された娘がいたとしてもおかしくはないのだけれど。
私と同じく、闇の神子としてこの世界の均衡を保つために生きた女性がいたと思うと、もう戻れない世界とまだつながっているという感覚に心が震えた。
喉が鳴る。
「名前……は」
「セリーナ・シジョー」
皇帝が真っ直ぐに私を見つめて言った。
「……セリーナ」
それは日本人じゃない、と思ったのは一瞬。口に出してみれば分かる。
シジョウ、セリナ。
もし漢字で当てはめることができるなら、日本人である可能性は高い。しかも、現代っぽい名前だ。それともハーフ?
この世界がもし地球の時間と並行した世界ならば、5000年前といえば地球では古代エジプト文明やメソポタミア文明の時代。鞘などの作りを見るかぎり、そんな時代の物とは思えない。とするなら、時間の並行した世界ではないということになる。
時空を超えて召喚されたとしたら――。
「リヴァイス――」
皇帝の袖を掴んだ。
初代の闇の神子に関する文献などはないのだろうか。
彼が見たという肖像画はどこに――?
私が興奮し、そわそわしているのがわかったのか、皇帝の表情は柔らかい。落ち着け、と言わんばかりに私の頬を両手で包む。
「セリーナの残した日記らしきものが残っている。後で見せよう」
「はい!」
元気に返事をして、ぴょんぴょんと跳ねる。早く、早く、見せて!
皇帝は楽しげに笑った。
「読めるのであれば、お前と同じ世界から来たことの証にもなろう」
「はい!」
日本語なら読めるけど、その他の言語ならお手上げだ。
日本語で書かれているのであれば、セリーナ・シジョーさんは日本人だということになる。
「よかったな、セイフォン」
皇帝が笑いをこらえるように言う。その視線は先生に向かっていて。
私のように、はい、と元気に答える先生を見れば、なんだか全身のオーラがキラキラしていた。
え、なに、そのエフェクト。
どうしたんですか、と問いたくなるほど目が輝いている。
その視線は真っ直ぐに私へと向けられていて。
「せ、先生……?」
思わず怯んだ。
「神子さま」
「は、はい」
初代の闇の神子が残した日記。
異界の言葉で書かれたそれは誰も読むことができず、風化を防ぐために現在は封印されている。
それが読める可能性に気づいた先生が感動に打ち震えていたことを私は知らず。
「先は長いですから、ゆっくり行きましょう」
「は、はい」
「とりあえず、お部屋の用意が整いましたのでご案内いたします」
先生はにっこり笑って立ち上がった。