1章 6話 『小さな夜(前編)』
「天使長様、本日はどうしましょう?」
天使長・最無見帝は、煌びやかな神殿の玉座で金髪の少女と話していた。
「そうだな……、『奴ら』の動きを探ってほしい。いつ来るかはわからないからな、我々天使の未来のために、頼むぞ、レミエル」
金髪の少女の名はレミエル。階級第8位、大天使に位置する天使で、平時から天使長である最無見帝の補佐に回っている。
黒いワンピースが特徴的で、裏には白色の翼を出すための穴が開いている。このような形の衣服は天界の天使たちの中では珍しく、『天使長の側近』として目立っている存在と言えるだろう。
「了解しました、天使長」
レミエルは帝の言葉を聞くと、玉座に座る帝の膝の上に登ってきた。
「『奴ら』はまた襲撃してくるだろうか? 前回の襲撃はここが狙われなかったからいいが、それでもドミニオン率いる主天使部隊がやられたというのはかなりの痛手だ。このままでは、ここが襲われるのも時間の問題だろう。そうなれば、私も、お前も……」
帝は膝に座るレミエルに対し、今後の『襲撃者』の動向について弱音を漏らす。
自身の弱さを軽蔑されるのではないかと思った。離れて行ってしまうのではないかと思った。
しかし膝に座る少女は、弱音を漏らした帝のことを強く抱きしめた。
その抱擁に帝は心を驚かすも、決して拒むこともなく、ただ眼前に近付く金色の瞳をじっと見つめるだけだった。
「大丈夫です。あなたのことは、私が必ず守ります。天使長という地位にいながらあなたの心の強さは人間たちと同等であることも、私がいないとまともに動けない天使長であることも、全部知ってますから」
レミエルの言葉は帝の心の支えとなった。どれだけ自身が弱くとも、彼女ならばその弱さを補ってくれる。どれだけ非道な作戦でも、残酷な任務でも、命令でも、彼女なら受け入れる。自身の補佐に回ってくれる。自身を信じてくれる。
そんなレミエルを、心から愛していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルシフェルが死んだ、だと……!?」
天使長、最無見帝は突然の訃報に唖然とした。
帝が神殿で対策を練っているとき、突如レミエルが駆け込んできたのだ。彼女の慌て具合に何事かと思い聞くと、「ルシフェルが死んだ」と返ってきたのである。
敵の襲撃に対してはある程度の対応ができるようにと、特にルシフェルには細心の注意を払ってほしいと伝えておいたはずだが、そのルシフェルが襲撃によって死んだとなれば天界全体が大きく混乱するのは当たり前の事だった。
ルシフェルは2000年以上前から天使長として天界を治めてきた先代天使長だった。金髪碧眼、しかもロングヘアの優男で、20歳前後の青年のような外見をしているが、実際は過去の天界戦争でも天使側の指導者として活躍した歴戦の猛者だった。
そのルシフェルが、死んだ。
「レミエル、何が起きた? 教えてほしい。あのルシフェルがそうも容易く死ぬとは思えない」
怯えた目をしたレミエルに対し、玉座を離れた帝は彼女を優しく抱きしめ、質問する。
少し冷静さを取り戻したレミエルは、ルシフェルの襲撃について話し始める。
「『襲撃者』が多数、襲ってきました……。ルシフェル様のもとには召喚術使いが、それも上位の召喚術を――」
「『四騎士』か?」
「はい、その通りです……。今までの騎士とは違い、黄泉を従えている存在……、恐らくあなたが過去にラジエル様の大図書館『セファラ・メモリ』で閲覧したという『pale-Rider』だと思われます……」
「『Pale-rider』……、別世界の黙示録の騎士、そのものが現れた、ということか?」
『Pale-Rider』、天界とも違う別世界線に存在するという黙示録に登場する、死を司る騎士だ。
知っているような素振りを見せる帝自身、黙示録の四騎士については別世界の存在ゆえ多くは知らないが、それでもレミエルを安心させるため、知ったようなことを言うしかなかった。
「恐らくは、そういうことだと思います。――それと天使長様、もう1つ、厄介なことが起こりました」
やっと完全に冷静さを取り戻したレミエルは、1枚の紙を見せる。
その紙を受け取って見てみると、そこに書かれた文字に帝は驚愕する。
「マモンが裏切る、だと……?」
「物価の高騰が原因だと思われます。第3の騎士が召喚されたことにより、天界全体に飢饉が起こっているのでしょう。それも、急激に」
マモンは金にがめつく、強欲な悪魔だ。以前から天界の道に敷き詰められていた黄金や、金塊ばかりをずっと眺めていた。
悪魔たちの宮殿である『万魔殿』を建てたのも彼であるとルシフェルから聞いていた。
本当に、災難だ。
「考えられる動機としては、『自分の富が増えにくくなったから』とかか?」
「そうですね……、金塊を掘っても見返りが少なそうですし……」
来るかもしれない悪魔達の反乱に備えて、帝はレミエルと協力して対策を練るしかなかった。
――何事もなければ、いいのだが。
ー ー ー ー ー ー ー
帝たちが対策を練るのと同時刻、ルシフェルのいた神殿では、1人の白髪の少女が4人の騎士と馬を侍らせていた。
ルシフェルの神殿の場所は、帝のいる天使長の神殿とそう離れてはいない。肉眼でも簡単に見える程度の距離だ。
少女は現天使長がいる神殿を見て、語りかけるように呟いた。
「小麦1リットルは1デナリ、大麦3リットルは1デナリ……。この世界の単位とは違いますけど、あの黙示録で読んだ内容とほとんど同じ状況になります」
少女は黒い馬に乗った騎士の方を見ながら、今度は残念そうに呟く。
「でも、オリーブ油もぶどう酒もこの天界にはありませんか」
少女は足元に倒れている金髪の男を見てから、神殿の入口へと歩き出す。
「私のやることは、全て手筈通りに完了しました。マモンが裏切ろうとするのも想定内です」
少女の後ろに並ぶ騎士は、少女について行くこともなく、その場で倒れる金髪の男を囲むように待機していた。
そんな後ろの騎士たちには目もくれず、少女は歩きながら独り言を続ける。
「このあとのことは、妹たちにお任せしましょう。4名様も、もう戻っても大丈夫です。『認識の改変』は済みましたから」
少女がそう言うと、4人の騎士と馬は納得したようにその場から消えた。
残ったのは、床に倒れる金髪の男……、ルシフェルだけだ。
「では、帰りましょう。きっとこの結果ならば、『あの人』も……」
少女が神殿を後にしようとした、その時。
「無防備な状態を狙って……、正解、だった、か……」
神殿の中から放たれた光が、少女の小さな体を貫いた。
前後編に分かれる話です。ですが後編の表記は7話です。あと、前編と言うだけあって短いです。繋ぐのが難しくなるのと、繋げてしまうと非常に長くなってしまうことから、前後編に分けることにしました。
今回は活動報告はなしで。後編を投稿するときにでも。
それと、1話飛んだりはしていません。時系列は正常です。記憶違いとかもありません。前回の次がこの話で合ってます。
キャラクターが急に増えたと思えば、死人も多いですし、色々わかりにくいですし……、でも、この作品って多分ずっとそんな感じなんだと思います。
後編をお楽しみに。




