1章 5話 『背中の痛みは忘れない』
「無事? 生きてる?」
意識を取り戻した帝の耳に聞こえた音は、少女の声だった。
「起きられない? ダメージが大きい?」
「助かった……?」
倒れたまま自身の生存を確認した帝は、目を開き、声がした方を見る。自身を救ってくれた救世主に礼が言いたかったのもあるが、単純にこの世界に来て初めて確認できた生命体だから、という理由も大きい。
「っ!」
だが、目を向けると同時に、救世主は上空へと飛び去ってしまった。残っているのは草原だけだ。
顔も見られず上空に行ってしまったのは残念だが、同時に浮遊手段も備えた生物が存在することも知れた。帝にとってはかなりの収穫だ。
――あの少女と話せれば、この世界について知れるかもしれない。
そう思った帝は、少女が飛び去って行った上空を見た。
そこに少女の姿は見えない。雲が多く、視界が悪い。それでも帝は、今出せる最大限の声を空に向けて放った。少女は雲の中に隠れたのだろうと思った帝は、大声ならば嫌でも届くと考えた。
「この世界について知りたい! 少しでもいいから、教えてくれないかー!?」
大声だった。叫びは間違いなく、雲の中の少女に届いたはずだ。
助けてくれたのに、目が覚めたらすぐに隠れるなんて、きっと相当な人見知りか何かなのだろう。
そんな風に考えていた帝だった。
「答える前に、こっちにも質問をさせて」
上空から、拡声器を使っているような少女の声が響く。どうやら少女は帝に対して聞きたい事があるらしい。
確かに相互理解は大切なことだろう、という程度に考えていた帝は、完全に油断しきっていた。
「どうして、天界に人間がいるの?」
「――へ?」
予想外の質問だった。反応が遅れた。答えられなかった。思考を巡らせるも、「何故こんなことになったのか」など、「この世界に来た理由」など、帝に答えられるはずもなかった。
『天界』という名称を知る事はできたが、それだけだ。名称がわかったとて、何も変わらなかった。
天界に来た理由? そんなの、わかるわけが……!
そんな帝の答えを待たず、上空からは紫色の閃光が迫ってきていた。
――ビーム兵器だ。
「何でだ!?」
帝が動くよりも早く、紫色のビームは地面に辿り着いた。
ビームは地面を抉り取り、草原を焼け野原へと変えた。しかし、帝のいる場所だけは綺麗に残していた。周囲は全て抉られ、燃えている。一歩足を踏み込むだけで靴が焼けてしまうかも知れない。
恐らくビーム兵器の出力を抑え、退路をなくした上での対話を試みたのであろう。実際には脅迫のようなものだが、それでも帝が質問に答えられるのかと言われれば、そうでもない。
「見ての通り、今のは威嚇。次は当てる」
もう少し考える時間が欲しかったが、どうやら今がタイムリミットらしい。
答えられなかった自分が悪いと言えばその通りだが……いや、答えられるはずもなかった。
帝は現状なんて知らないのだから。
「出力変更。ピンポイント・ビームから収束ビーム砲に切り替え、広範囲を焼き払う」
未だ姿が見えない少女の声が、拡声器のようなものを通して聞こえてくる。
――収束ビーム砲。創作物などで見る武装だ。極太のビームで広範囲を焼き払う、強力な武装として創作では登場する。山に穴を開けたりと、地形変動まで起こせる武装として描写されるものだが、そんな強力な兵器が今、最無見帝という1人の少年に向けて放たれようとしているのだ。
「標的、捕捉。右腕部可変選択式ビーム砲収束形態、撃つ」
冷たい声だった。業務を淡々とこなすような、平常時の声のように感じた。
冷たい少女の声とともに、紫色のビームが放たれ――
「――あれ? まさか、整備不良?」
なかった。ビームが帝が立つ地面を焼くことも、帝自身を焼き払うこともなかった。
ただただ無言で、帝は上空を眺める。
「なら、湾曲に変更。今度は外さない」
再び少女の声が響く。それでも帝は動じない。無言で、少女が降りてくるのを待っている。
「湾曲ビーム砲、発射」
雲の中から放たれたビームは、帝のもとに一直線に飛んでいく。
「湾曲って、言ったよな……?」
帝の余裕と無言は崩れた。冷静さを保つのにも限界があった。死が近づいた今、冷静でいられるはずもない。眼前に迫ってくる紫色の閃光を前に、死への恐怖が表面に出た。
「この距離じゃ躱せない。姉様がいれば……!」
休眠中の姉のことを考えて、死から逃れる方法を探る帝。
しかし、帝を貫こうと真っ直ぐに進んだビームが、帝に直撃することはなかった。
「ッ!!」
ビームは帝の目の前で横に曲がり、周囲の地面を焼き払った。1射目から焼かれていた草原はもう見る影もない。火が燃え上がり、足を踏み入れれば靴も服も燃えてしまうだろう。
本当に、逃げ場がなくなってしまった。
「最後の機会。答えなさい、人間。本来人間がいるはずのないこの天界に、あなたのような存在がいるわけを」
未だ姿の見えない少女は、再び帝に問いかける。
「この世界に私がいる理由なんて、私が一番知りたい! 私に答えられるわけがないだろう!」
少女の問いかけに、やはり帝は答えられなかった。最後の機会を、無駄にしてしまった。
「そう。口を割る気はないのね。だったら……」
「だったら」という言葉に反応し、身構える帝。身構えても、回避行動はもう取れないというのに。退路は全て消えたというのに。
「――捕らえる」
「ッ!?」
空中から伸びてきた何かに、帝は捕らわれ、帝の体は空中に浮く。
「ゆ、有線クローは反則だろ……!」
帝の身体をしっかりと掴んでいるのは、機械製の3本爪だ。鳥の足のような形をしていて、上空からワイヤーを伸ばして使われていた。
「あそこの神殿が丁度いい」
少女の声に反応して、帝は周囲を見る。そこには、石造りの神殿が見えた。
ファンタジー作品でよく見るタイプの神殿だ。ワイヤーやビームなどの化学兵器が入り乱れていたが、天界に辿り着いた時にも同じような神殿を見つけたことを帝は思い出した。
科学技術とファンタジーの混在、複雑な世界観のようだ。尚更、この世界に呼び出された理由がわからない。無双不可能な世界観に感じるが、誰がなんの目的でこの世界に呼び出したのか……。
「ッ! グ、ウゥゥッ!?」
天界について考えている最中の帝に、突如激痛が走る。あまりの痛みに声を抑えられない。
石柱が崩れる音ともに、帝自身の骨が砕け散る音もする。
軽いものを振り回すような勢いで、帝の体を神殿の石柱に叩きつけているのだ。
有線ワイヤークローは遥か上空から伸びている。それがここまで伸びることが異常だ。ちぎれずに、勢いをつけて叩きつけている。
「どうして答えないの? このままでは、あなたは死ぬ。ここはただの人間が来れるような場所じゃないの。何か特別な手段がないと、来れるはずもない世界。天使長達の会議の時を狙ってきたっていうのも、明らかな計画性を感じる。目的は? 何で、この世界に来たの? この拷問は答えない限り続くわ。」
背中の骨も、肩の骨も、何もかも、どんどん砕け散っていく。
パーカーも破れ、顔面も損傷が激しいと思われる。
「グッ……」
――答えない限り続く? こんなに攻撃を繰り返しているんだ。答えさせる気なんてないだろう。話すことも不可能だ。そっちみたいに、拡声器もないんだ。叫ぶだけの力なんて残ってない。
「ッ……!」
一体、何本の骨が折れただろうか。痛い、痛い。叩きつけられた石柱が折れるほどの威力だ。自身の体も原形をとどめていないことだろう。そんな中でも考えることができているのは奇跡ともいえる。
「うあっ……!」
思えば、何故こんなことになっているのだろう。家出したから? 親に反発したから? 無知だから? 日頃の行い? 姉について行こうとしたから?
「そろそろ死ぬ? これ以上の悪足掻きなんて、無駄なこと。答えるだけの力もない者が天界に来たこと自体、間違い。つまり……お別れは近い」
――その、声だ。妙に可愛らしくて、耳に響いて、腹が立つ。遠いくせに聞こえてきて不愉快だ。私の心をかき乱す。
姉にも会えず、あの親にも何もできず、こんな何も知らないところで、死ぬのか?
「……冗談じゃ、ねぇ」
外の少女が放つワイヤークローをどうにかしなければ、最無見帝に未来はない。なんとしても、帝はここを越えなければならなかった。
例え骨が砕けようと、体がなくなろうと、それでも、姉のために進まなければならないのだ。
《――キミのために、少しだけ力を貸してあげよっか》
「ありがとう、そして、久しぶり、姉様」
頭に響いた姉の声は、久しぶりに感じた。その声のおかげで、帝は力を得ることができた。
「――力。力だ。これさえあれば、殴り飛ばせる気がする」
ずっと石柱や床に叩きつけるのをやめなかったワイヤークローだったが、帝が覚悟を決めたと同時に、とうとう攻撃の手が止まった。
「せめてもの情け。引き上げて、零距離から撃ち抜く」
空から聞こえた声に反応して、最無見帝はにやりと笑う。
丁度良く、都合よく、引き上げてくれる。だったら――。
「――一発、殴らせろ」
ワイヤークローが上空の少女のもとへと戻っていく。最無見帝を掴んだままに、凄まじい勢いで上昇していく。
帝の意識は何度も飛びそうになるが、それでも諦めはしない。
「その顔面を、殴り飛ばすんだ。2度と声を出せないように」
上昇速度は凄まじい。空を飛ぶというのはこんな気持ちなのだろうか、と帝は今の自身の感覚について考える。
激痛が走る。背中を機械爪で掴まれているのもそうだが、何より折れた骨が問題だった。何本の骨が折れているのだろう、と上昇しながらも帝は思考を巡らせる。
他の誰も、ここまでの痛みは味わったことはないだろう。まさか全世界探しても、「機械爪で振り回されて、何度も柱に叩きつけられました」と言う者は存在しないと踏んでいる。世界に一人の称号だ。
――そんな特別な存在に殴り飛ばされることを誇りに思いながら、この痛みを味わってもらうぞ、第一村人。
「この雲を抜けた先にいるんだろう? 私は……いや、僕は、この瞬間を待っていたんだ」
痛みに耐えながら、雲を抜けた先にいた少女。まだ距離があるため顔までは見えないが、翼が生えているように帝の目には見えた。
「自分の行いを呪うことね」
余裕を崩さない少女は、帝を見下しながら言葉を放つ。その声に、やはり帝の心は動かされそうになる。 しかし、帝の覚悟は揺るがない。例え声の聞き心地が良くとも、いつもいつもそれを理由に行動を変えていては、帝はいつまでも優柔不断な存在を卒業できない。変わることができない。
「姉様の為にも、僕は……」
「天界に来た理由は言わなかったのに、随分と饒舌」
少女は未だ離れた場所にいるにも関わらず、声を帝の耳に響かせる。その聞き心地の良い声は、帝にとってはもう鬱陶しかった。自分の覚悟が揺らぐ気がした。
少女の言葉には耳を貸さず、未だ影で顔がよく見えない少女を注意深く見る。
帝は目に違和感を覚えた。今までと比べ、視界が明るいと思った。姉の力か何かで、再び虹彩が変色したのだろう、と深くは考えなかった。
案の定虹彩は輝いていた。現実世界の夜のときと同じく、金色に輝いていた。
それによって見える世界は変わった。少女の姿を目は捉えた。どうやら帝を掴んでいたワイヤークローは彼女の脚部から伸びていたようだ。声だけでなく外見からも、特異な存在であることがわかる。
それでも、少女の顔を見ることは叶わなかった。まるで、何かが彼女の顔を見せることを拒んでいるかのように。
「これで終わり」
少女の背部から別のクローアームが伸びてきた。機械羽の間から生えるように伸びてきた3本爪のクローアームは、帝の腹部を強い力で掴んだ。
見えることと躱すことでは話が別だ。例え姿を捉えようと、彼女の脚部ワイヤークローに捕まっている時点で、回避は不可能に近かった。
背部クローアームが帝の体を掴むと同時に、帝を掴んでいたワイヤークローは少女の脚部に接続される。
「ぐぁっ……!」
先程まで掴まれていたワイヤークローと比べ、背部から伸びたクローアームは力が強かった。
ワイヤークローが締め付けるような痛みだったのに比べ、クローアームは押し潰すように帝の体を掴んだ。
「テイル・クロー・キャノン、チャージ完了」
――確かに脚部で掴みながら撃つよりも、別の武装に内蔵された射撃兵装を零距離から直接発射するほうが効果的だ。
《そこから抜けて、顔面を殴り飛ばそう》
耳ではなく、頭に響く声だった。確かにその声の聞き心地は良いが、仲間だとわかっている存在ならば帝の心のデバフにはならない。聞き慣れた声ならば尚更だ。
今日の夜から、ずっと聞いてきた姉の声。
その声に従い、少女の何故か見えない顔を殴ることを決意した。
「近づきすぎたな……!」
「何……?」
帝は姉の言う通り、クローアームから無理矢理身を乗り出した。抜け出すことさえできれば、少女を殴り飛ばすことなど容易いことだった。
帝は拳に力を込め、一矢報いようとする。
「姉様の力で……、これで――!」
「その目も、その手も、何……? 何なの……!」
動揺し、クローアームの掌部からビームを放つことを躊躇する少女の顔を目掛け、帝の拳は光を放ちながら伸びていく。
「その顔面を――」
少女の顔面に近付いて、そのまま殴りかかったその時。
「あ、待って無理。可愛い」
帝は、拳を下ろした。
今まで隠れていた少女の顔。それが、目の前まで近づいたことで見えたのだ。
帝の目に映ったのは、特徴的な銀髪と赤い瞳。本当に、珍しくも整った顔だった。可愛いと思った。思ってしまった。
だから、帝の覚悟は揺らいだ。
《――はぁ》
頭の中には姉のため息が聞こえる。
それでも帝には、もう戦闘の意思はなかった。
「――え? え、え?」
突然放たれた「可愛い」という言葉に、少女は動揺を隠せない。驚いたような声が聞こえる。当たり前だろう。1秒前まで殴りかかろうとしていた相手が、途端に自身の顔を「可愛い」などと言い出したのだ。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
叫び声が美しい空に響き渡る。
その声が放たれると同時に、クローアームは帝を放した。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
――冷静さを失った叫び声すら、何でそんなに私の心を動かすんだ。声だけじゃなくて、顔まで可愛いのは反則だって、思わないのか?
《本当に甘いね、キミは》
――姉様? そりゃあ、私は可愛いものには弱いからね。
《だから隠してたんだよ。キミのその光る瞳は、都合の良いものだけをよく見せることができる瞳だからね。目は良くなるし、都合が悪いと思ったことは全部隠せるんだよ。ボクにとって都合が悪いことも、キミにとって都合が悪いことも、全部隠せるから》
――なるほど。私が彼女の顔を見たら、迷いが生じて戦意喪失することを想定してたんだ。
《そういうことだよ。――でも、近づきすぎると見えちゃうのは想定外だったね。欠点もあるってわかったよ》
――そっか。
《勝手な姉だって罵っても構わないよ?》
――それをするメリットが私にはないんだから、そんなことしないに決まってる。
でも、あの顔は流石に殴れないかな。まず私に人の顔が殴れるわけないじゃんか。
《もう少し、本当にもう少しだったんだけどなぁ》
――人の意思に干渉するって感じなの?
《詳しいことは言えないね。ボクのことなんて、誰も知らないんだから》
――うん、そっか。大丈夫、私は……、
《――ごめんね、帝。またちょっと寝させて》
――そう、姉様。わかった、またね。
《――最後に1つだけ。優しさだけじゃ、人も世界も救えないよ》
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
落ちてるって感じ、さっきと同じだ。
今度は、どうなるんだろうか。姉様も寝て、光の翼だってないだろう。もう死を待つだけだろうか。生きることを諦めるしかないんだろうか。
今日だけで、何度も死にかけている気がする。もう腕も、何もかも動かない。肩の骨が折れているんだ、動くはずもない。痛いとか、そういう話でもない。
なんか、やっぱりおかしいよなぁ。
上を見ても、少女は呆然と宙に佇むだけ。
虹彩の変色ももとに戻り、姿もよく見えなくなった。それに目を開けるのも難しいくらいに、体力の低下も感じる。
あれ? なんか、近づいてきてるような?
――まさか、助けてくれるわけが……
「真意を、確かめさせて」
速かった。速すぎた。目で追えないほどの速さで、少女は接近してきた。
「私を可愛いって言ったこと、本心か、嘘か。言った言葉の責任は重い」
言いながら、彼女は落ち行く私に追い付いた。
「今回は、助けてあげる。あなたがこうなったのも、私のせい」
彼女は私を追い抜き、私の後ろで背部のクローアームを伸ばした。
「私、主天使ハシュマル。ちょろいなんて、思わないで」
唐突な自己紹介、そして、言葉が聞こえたと同時に感じた背中への痛み。
――ああ、でも、さっきの押し潰す感じのクローアームと比べると少し優しいかも。助けてくれたって感じがする。
つくづく、私の甘さを実感するさ。さっき殺そうとしてきた相手を、こうも簡単に信用するなど。
でも、背中に感じたこの痛みは、絶対忘れないから。
視界は暗闇に覆われ、意識は闇の底へと沈んでいった。
とっても遅れてしまいました。この時期って本当に、若者にとっては忙しいものですね。
活動報告の方は今日中に。
それと、帝くんを気持ち悪いとは思わないであげてください。こういう子なんです。責めないであげてくださいね。




