1章 4話 『異世界転落少年』
「異世界って、こんなに人が見つからないものなのかな……?」
帝は迷子のごとく彷徨い続けていた。
自身の背後にそびえ立つ神殿に入るだけの勇気は出ず、ただただ異世界の浮島を歩き続けていた。
せめて1人でも話が通じる生命体に会えればいい、と帝は思っていたのだが、これまで生命体の1つも見ていない。
「ファンタジー世界ってもっと、ドラゴンとかが飛んでたりするものなんじゃないんですかね……?」
帝の思うファンタジー世界とは騎士や竜が歩き回るような世界の事だ。しかし、この世界に来てからいまだにそんなものを見たことがない。それどころか、小さな虫すら見ていない。
自身が思う異世界と違いすぎる現実に、帝は啞然とするしかなかった。
異世界だとしか判断できない世界だが、人がいないのでは本当にここが異世界なのかの判断ができない。自身の想定だけで動けば、身を滅ぼしかねないことを帝は知っているからだ。
せめて頭の中の姉だけでも起きていれば、まだ状況は違ったのかもしれないが。
人っ子1人いない世界、何かあったのか、それともただただ運が悪いだけか。今はまだ、状況証拠が足りなすぎる。
そう思った帝は、あるものを思い出す。
自身のあの輝く目を発動させようとしたのだ。発動させて、今は見えない何かが見られれば御の字だった。
――しかし。
「……目ってどうやったら光るんだ?」
帝は目の輝かせ方など知らない。転移前に護身用として発動した光の翼の展開方法も無論知らない。
何度も「光れぇ!」、「光の翼ぁ!」などと叫んでいたが、なんの成果も得られないまま時間だけが過ぎていった。
「はぁ……」
諦めた帝は、地道に情報収集をしようと考える。
「まずは情報収集をしたいところ……だけど、まだ誰にも会ってないからなぁ……」
神殿の方を見るが、やはり入る気は起きない。厳かな雰囲気がする場所というのは、近寄りがたいものだ。例え自分が困っていたとしても、少し入る気が引けるというのはわからない話でもないだろう。
「決定的な証拠とは言わずとも、せめて文字だけでも、言語だけでも……」
言語が分れば異世界かどうかは判別できる。例えば帝の過ごす御使市と外国の言語は違うだろう。そのどれにも当てはまらないような言語だったとすれば、それは「この世界は異世界である」という証拠になる。
つまり、歩き回って第一村人を探すという運命からは逃れられないということだ。
「一旦、ちょっと離れて歩き回ってみるかぁ~」
少しだけ、少しだけ。そう思って、神殿とは逆方向へと足を運んだ。いつか神殿には行く、それまでの心の準備、あわよくば人か民家が見つかればいい、と思いながら、石造りの道を逸れて草原に出る。
浮島らしく石造りの道から一歩逸れると足場が悪く、端に至っては崖のようになっている。草原はそこまで広い範囲を占めている訳ではないようだ。
なるべく外側を歩き、近くに感じる空を見ながら、何歩か進んだときだった。
――帝の足がぐらついた。
気になって下を見ると、少しだけ表面が削れていっていたことを帝は知る。
「っと、――あっ?」
足の裏は宙に浮く。
その途端、最無見帝は足を滑らせ、落下した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
真っ逆さまに落下していく少年は、涙を流しながら自身の行動に後悔していた。
(あーもう、こんなことなら空なんか見なきゃよかったのに! 人が空を飛んでるわけないのに、どんな淡い希望を抱いてんだよ、私は!)
何か呟きたくても声が出ない。転移前のような翼は、自分の意志では発動できないようだ。ただ叫んで、どこが終着点かもわからない自由落下を楽しむだけだ。
空から落ちるのは初めての経験だった。
空というのは憧れるものだ。空を飛ぶこと、空に出ること、子供の夢だろう。
まさか初めての空がここまで敵対的だとは思いもしなかったが。
落ちていく帝は、何かを考えることもできないまま、
「なんでなんでなんで、なんで! わけもわからず異世界に急に来て死ぬ!? 冗談じゃないっての!」
話せているのか、話せていないのか、帝には分らなかった。実際には中々大きな声が出ているのだが、今の帝の判断能力は絶望的だった。そのため、自身が今何をすべきか、何が起こっているのか、なぜこんなことになったのか、脳裏をよぎっても何も考える事は出来ない。
落下速度は非常に速い。これだけで死ねると思うくらい、殺人的な速度だった。生きた心地がしない経験、他の誰に味わうことがあろうか。味わえるはずもなく、味わいたくもない経験だ。終わりなき飛び降り自殺のように感じられるほど、自身が『生きている』という実感が湧かなかった。
死にたくもないのに落ちている。なぜ、こんな目に遭わなければならないのだろうか。考えても答えは出るはずもなく、長い長い落下と、いずれ来る終わりに怯え続ける。
「私は……、僕は、死にたくないっ……のにぃ! 何故だ……、何故なんだ!?」
異世界に来た理由も、姉の事も、世界の事も、母親の事も、何も知れないまま、転落死?
「冗談じゃない」と思っても、解決策など浮かびはしない。
「訳も分からずずっとこのまま? このまま、何もできずに死んでいく?」
――嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。死にたくない。急に異世界に飛ばされて、なんで何もわからずに死ななきゃならないんだよ。
――姉様がいればなぁ。
もう、何も起きる気がしない。助かる気がしない。結局救いなんてこの世界にはなくて、何もできずに死んでいくだけなんだ。奇跡なんてものは存在しない。世界は、現実は残酷なんだ。それは、異世界だって同じことなんだ。異世界にだって救いは無くて、「都合よく事態が進む」なんて幻想は、所詮フィクションに過ぎなかったんだ。
希望なんて、持つだけ無駄なんだ。遠いと思った『死』は、こんなに近くにあったんだ。
そう思ってしまった帝は、死を受け入れた。すべてを諦めた。すべての希望を捨てた。自身の死を覚悟した。
自信をずっと追い詰めようとする世界に失望した帝は、ただゆっくりと目を閉じて、そして――
「――捕らえる」
少女の声が空に響く。その直後、強い力で、背中を掴まれ、引っ張られたような気がした。
「助かったのかも」、と思った瞬間、帝の『死』への覚悟は揺らいだ。
1人の少年の死は、空に響いた少女の声と背中に感じた痛みによって再び遠いものとなった。
『昨日』から見て20分くらい遅れました。虚言癖からは脱却できず、申し訳ない。次こそは汚名挽回を(誤用)。
活動報告は今日の午前7時過ぎか夕方に上げます。補足含め、お楽しみに。




