1章 3話 『無計画徘徊』
「格好つけて窓から外に出たのはいいんだが……」
月夜に照らされたアスファルトの上、帝は行く当てもなく歩きながら独り言を呟いていた。
笑いながら窓を割って、格好つけて夜の街に飛び出したのはいいものの、これから何処に行くかも、どうするのかも考えていなかった。学校でもその場のテンションで動く帝は、「無計画は重要な場面でも響くんだな」と改めて後悔していた。
だが2月の夜、運よく満月だったことが不幸中の幸いだった。これで雪まで降っていたら、彷徨い続けて凍死のバッドエンドルート直行だっただろう。
《あれだけ言って家出したのに凍死は流石にダサいよね》
帝の頭に姿の見えない姉の声が響く。
「本当、真っ平御免だ。こんなところで死ぬわけにも、あの母親に殺されるわけにもいかない」
《そうは言ってもどうするの? 無計画徘徊ってことは補導の可能性も高いけど》
姉の言葉の通り、14歳が深夜に歩き回っているのを誰かに見られたら間違いなく通報されるだろう。その場のテンションと感情の昂りから家出に走ってしまったが、本当に無計画なのだ。
確かに窓を割って外に出たときは、あたかも『これから親に対する復讐劇が始まります』というような雰囲気だった。そして帝自身、家出上等という心情だった。
しかし心の中での想定と実際に行動に移すのでは何もかもが違いすぎることを改めて痛感したのだった。
「しかし、だ。ここで帰るわけにもいかないんだな、これが」
母親のもとに戻って死ぬのだけは避けなければならなかった。原因不明の姉への心酔から、帝には「家に帰る」という選択肢ははじめから存在しなかったのだ。
「姉様、これからどうすればいいと思う?」
脳内の姉に対して、声に出して答えを求める。打開策があれば、それだけで十分だった。
《知ってるところを巡るのがいいよ。こういうときはね》
その答えは、あまりにも足りなかった。今の帝を助けるには大幅に言葉が足りない。
「具体的な行動の指針は自分で見つけ出せ、ということか……。そう言いたいんだな、姉様」
姉の提案を自分なりに解釈し、何かに縋るのではなく自分の直感を信じようとする帝。
実際、神に縋って現実は変わるか? と聞かれても、帝には答えられない。生きる指針にはなり得るが、現実に干渉してくれるかは別だ。所詮は個人の目に映る光景や解釈に左右されるのだ。
「だったら、何処に行くか……。小夜の家で匿ってもらうか? いや、人に頼ってばっかじゃあいられないか」
帝の知り合いの高校生、小夜。御使高等学校の2年生なのだが、今の時間から会いに行くのは少々気が引ける。
……どれだけ歩いただろうか。
良い答えも出ず、長い時を彷徨いに費やし続ける帝。
《行く当てもなく彷徨うのも楽しいかな》
頭に響く姉の声。姉のおかげで、帝は家出にも走れた。覚悟を決めることができた。姉の期待に応えなければ、という思いが帝の原動力だ。
姉の期待の正体も、自身の感情の正体も、両者の本心も、帝にはわからない。それでも帝は、思念体のような姉とともにただただ彷徨い続けた。
無心で、無計画で、彷徨い続けた帝は見知った場所に辿り着いていた。
「無心で歩いて、無意識のうちに辿り着いたのはここだったか」
何も考えずに歩き続けた帝が辿り着いたのは、2年間の登校で足が覚えていたと同時に、目には見飽きた御使中学校だった。
《キミはここに来たかったの? ここ、休める所はありそうだけどセキュリティが厳しそうだよ?》
「来たかったかはわからない。しかし、無意識が私をここまで導いたんだ。私の直感に賭けてみるさ」
直感が正しいとは限らない。それでも、無意識がここに導いたことには理由があると帝は考えた。
《ここを拠点にするの? 情報端末も持ってきてないし、今の装備はパーカーでしょ? 制服じゃないから登校時間には不審者同然だけど、どうするの?》
「――あ」
そう、今の帝の衣服は制服ではなくパーカーだ。そして情報端末……、俗に言うスマートフォンと言うものも持ってきてはいない。無論食料品も何もなかった。財布も、貨幣も、何もかも。自殺願望があるのかと疑うほど、現実を舐め腐ったような装備だ。
《何も持ってきてないし、耐えられても明日までかな。タイムリミットは近いよ。キミに帰る選択肢がないなら別だけど》
――窓を割ってまで家を出たのに、タイムリミットは明日?
「認めるが……、いや、認めるかっ……!」
姉の言葉でも認められない。帰るわけにはいかない。例え待っているのが衰弱死でも、餓死でも、絶対に家に戻りたくない。
――帰りたくない。絶対に、諦めない。
《――うん、諦めないと思った。ボクのためなら、キミは命すら厭わない。ずっと見てきたからわかるけど、何か1つには盲目的なほどに必死になるよね、帝》
そんな帝の感情はどうやら見透かされていたようだ。頭に響く声は自身の全てを包み込んでくれるような優しさに包まれていた。
流石は姉といったところか、いつまでも何処かで見ていたということなのだろう。深く詮索するつもりはないが、少し怖いかもしれない、と思ったことは姉には明かさない帝。それすらも見透かされているかも知れないが、今となってはどうだってよかった。
「じゃあ姉様、どうすればいいと思う?」
安息。安息としか言えないような、安らぎの時間。家出してからしばらく歩いた帝は、やっと安息に出会った気がした。実際には家出して短い時間しか経っていないのかも知れないが、それでも落ち着いた時間に出会えたのだ。
御使中学校、中央広場前。校門に立つ帝は、落ち着いた様子で頭の中の姉に質問をする。
《えーっと……、そうだなぁ……》
姉の声が静かな頭に響いた、その時。
――束の間の安らぎは、大人の声に潰された。
「こんばんは。君、こんな時間に何してるのかな? それに、その目は?」
「ッ!?」
現れたのは2人の男。手帳を見せつける男に対し、帝は考えを巡らせる。
(警察? なんで? なんでいつもは出てこないのにこういうときに限って出てくるんだ?)
帝はまだ虹彩が光っている。世界が明るく、よく見えるため、2人の男が警察官だと認識できた。テレビなどでよく見る服装に手帳は、間違いなくこの御使市の警察の特徴と一致する。
《厄介なのが来たね。《ちょっとあそぼっか?》……いや、いいよ》
帝の頭に響いたのは、少女2人の声の掛け合いだった。聞き慣れた落ち着いたトーンで放たれる姉の声と、聞き慣れない無邪気な姉のような声。それが、帝の頭の中で話していた。別に深くは考えない。
《――帝。結論が出たよ。どうにかして潜り抜けよう》
「姉様は無理難題をおっしゃる……!」
警察から目を逸らしながら、帝は姉と話す。
「君、誰と話してるんだい? 僕はこっちだよ。もう遅いんだから、早く家に帰ろう。『おかあさん』が待ってるよ」
男の言い方に、帝は少しばかり腹が立った。
「あの母親が待ってるわけありませんよ。そんな綺麗な幻想が言えるなんて、あなたはきっと恵まれた環境で育ったんでしょうね」
少しばかり棘のある言い方だった。それにこのい方では、警察官に家庭環境も悟られかねない。悪手だったな、と失敗を自覚する帝。
「大丈夫だよ。きっと君の『おかあさん』は……」
優しく、声をかけようとする男だった、が。
《――キミに何がわかるの?》
次に聞こえたのは、耳に響いた声だった。頭ではなく、その場に響き渡った声。間違いなく、姉のものだ。
「――!? あ、あ、ああ、頭が、あぁ!?」
姉の声が響いたとき、男の1人が頭を抑えてうずくまった。そして、苦しそうな声を上げながらその場に倒れ込む。
《――ごめん《わぁーっ、すごーい! やっちゃったんだー! ちゅうちょもせずにいたくしちゃったんだー! さっきはあそばないっていってたのに、うそつきなんだねー!》……はぁ。でも……うん、そうだよ。ちょっと見過ごせなかったから。ごめんね。帝も、警察のお兄さんも》
夜の校門に響く少女の声。落ち着いた声、無邪気な声。帝は声を聞いて、そして、今起きた『現実』を見て、素直に感心した。こんな力が現実に存在したのか、と思ってしまった。
だが、もう1人の警察官の視線に気付く。そしてその目に恐怖を覚える。当たり前だろう。この夜の広場で、警察が倒れたのだ。
大問題になるんじゃないか、ニュースか何かで取り上げられるのではないか、と思った帝は即座に振り向き、広場へと駆け込む。
「ま、待て! 君は何をしたんだ、少年!」
「やば、やばいやばい、非常にまずい!」
今の状況の理解に苦しみながら、帝は走り続けた。
《ごめんね、帝。無理できない状態でボクが動いたから、これ以上は動けなさそう。ちょっと、だけ、休むから……、《すこしだけ、かしておくねー!》》
また、姉の声。今度は頭に響いた。何を貸したのか、今の帝にはわからない。
深く考えると、この状況は間違いなく姉のせいであるはずだが、姉を責めるという選択肢は残念ながら帝には存在しない。今の帝は姉に対して盲目的な狂信者だ。何より、帝も警察の物言いには腹が立っていた。正直気分が良かったところもある。
だが、これからの行動が大幅に制限されたかもしれないのは事実だろう。今の現実の改変か記憶改竄でもできなければ、今の世界は見つかればアウトなハードモードになってしまったのかもしれない。
「姉様は今はいない……! なら、どうするんだよ、最無見帝……! 天使に、神に縋るのか……!?」
走った先には、中央広場の天使像があった。
振り返ると、後ろからは警察官が近づいて来ているのが見える。
怯えるように、そして逃げるように帝が再び後ろに下がろうとすると、背中に固い何かが当たった。
振り返って見ると、天使像の台座だった。
「あ、やっばいな、これ」
天使像にぶつかり、衝撃で帝は倒れ込む。「なんでこういう時に躓くんだ」と叫びたくなるが、そんなことをしても変わらないと知っている。
倒れる帝に近付いて来る男。懐中電灯を手に持ち近付いて来る姿は、ホラーゲームさながらの恐怖を植え付ける。警察から見れば目が輝いている帝も恐怖の対象だろうが、だからこそ捕まえなければならない。こんな危険人物、野放しにはできないからだ。
男は帝のもとに着々と歩を進める。
懐中電灯が、眼前に照らされた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――私が、捕まる? 親の次は、こんな知らない大人に?
私の夢を打ち砕くのか? 私の邪魔を、するのか? つまり、私と姉様の邪魔を?
ふざけるな、人間が。私の苦しみも、何も知らないで。
「――ああ、やっぱ人間は、大人は最低だよ」
私の言葉は、あの大人に届くだろうか?
いや、届いたからなんだという話だが、少しでも恐怖心を、そして『近づいてはいけないおかしな子』というイメージを植え付けられれば私の勝ちだ。
「今ならまだ間に合う。はやく事情を言うんだ」
――あ? 私が悪いって言いたいのか? 私を責めるのか? それってつまり、世界に苦しめられてきた姉様を責めるってことだろう? つくづく、大人というものは随分と都合が良いな。だから嫌いなのさ。自分の見る世界を共通認識だと思い込む凡愚が、私と姉様の道を邪魔しようって言うんだろう?
「少しだけなら、助けられるよ。だから――」
警察官は手を差し伸べる。それは、私を憐れんでいるようにしか見えなくて、腹立たしい限りだった。
少しだけなら助けられる、って。本当に耳障りな言葉。大人っていうのは、いっつもいっつもそうやって綺麗事ばっかり並べるよな。そして『少しだけ』って予防線を張るんだ。『助ける』? 『間に合う』? そんなはずないじゃないか。今までどうやっても救われなかった奴が、何の事情も知らないお前ら大人に救われるものか。救えるはずないだろう? 何も知らないやつが介入してきたところで、事態がいい方向に動くかと言えば、そうでもない。
……いや、だからこそ事情を話すのか? 理解者を増やすため? 理解してもらった先の、救いを得るため?
改善するものかよ。治るものかよ、救えるものかよ。
そんなものは幻想に過ぎないんだよ。私にはわかる、貴様たちには何もできない。貴様たちが、私を救えるか? 姉様を救えるのか? そんなはずが、ない。
でも、私を救える存在が、そして、私が変わるチャンスが、ようやく訪れたんだ。
そうさ。人間風情に、姉様の邪魔はさせない。
「私は間違ってなどいない。貴様達に何がわかる? 私の苦しみも、姉様の苦しみも、何も知らないくせに……、貴様達大人はいつもそうやって、知ったようなことを言う! ずけずけと、人の心に踏み入るなぁっ!」
感情が漏れ出ている。つい熱くなってしまったようで、普通に立ててしまった。この警察も、押さえつけておけばよかったのにな。こう見ると、勝てそうかも。そこまで身長差もないじゃんか。
それにしても、背中が熱いと思うのは何故か? 何かがあるのかは、鏡でも見なければわからないな。大方、翼でも生えているのだろう。現実に起こり得るとは思っていなかったが、これも姉様のおかげか。
――でも、目と同じで、この異物感は身体に馴染む。
「き、君は――」
「私は、人殺しになるつもりはない。殺したくないんだよ、本当に。だから、これは警告だ」
背中から伸びた光、見覚えがある。あの時、母様のメガランチャーを防いだ光と同じものだ。
できるだけ平和に済ませたかったが、借り物の正体もわかったことだ。この警察には試験運用に付き合ってもらうとしようか。
「すぐに引き下がれ。そして、私と姉様の邪魔はするな」
「嫌だよ。それは、僕たち大人のすることじゃない」
「……そうか」
即答だったな、だから大人は嫌いなんだ。救いようもないのに、最善を尽くそうとしてくる。
――それで救われた試しなんてないのに。嫌いだよ、そういう態度。どうせ無理なら構わないでくれ。
自分勝手で悪かったよ。
「だったら、ちょっと――、ッ!? なんだ!?」
手荒な真似に走ろうとしたとき、眼前をまた更に別の光が覆う。背中からの光ではない。
私の周囲を、包み込んでいるのか?
「君は、いったい……!?」
警察の姿も見えないほどまで、眼前は光に包まれていく。
「あ、えーっと、おっさん。色々、悪かったな。姉様の事だから、多分連れの警察は無事だ、安心してくれ」
「いや、あいつのこともそうだけど、君は大丈夫なのかい!?」
「私の事はいいよ、頼むから忘れてくれ。……いや、そうはいかないんだろうがな」
警察には悪いことをしたな、と思う。本当、勝手だ。私も、それ以外も。
「もう会いたくないが、とりあえず元気でな。覚えとくなら、変な子供だったとでも思っててくれ」
その言葉を最後に、私の視界は真っ白。最初っから最後まで、自分勝手で変な奴に見えただろうな。
でも、これでいい。深追いしないって思えるだろ? ……いや、それとも逆効果か? 深追いしたくなってくるかもな、物好きなら。
視界は真っ白になって、音も何も聞こえない。身体はふっと軽くなり、よくわからないが変な感じだった。
ちょっと時間がたったかな、と思った。「0時過ぎの家出が2時くらいにはなったかな、これで初めての夜更かし&家出大成功」となぜかどうでもいい変なことを思った。するとその時、ようやく輝きは収まった。
「……おっ、と?」
まず目に入った光景は、空だった。下を見ても、空だった。崖っぷちかな、と思って後ろを見ると、煌びやかな神殿。
……あれ? これって、つまり……?
「異世界……って、こと?」
姉の声はまだ聞こえない。何も言ってはくれない。ちょっと寂しい。
人がいたっていいじゃない?
「私1人で、第一村人もいなくて……、でも、面白そうじゃんか?」
ただ私は、異世界に来たのかもしれないという事実を前に、楽しみに思うだけだった。
――心の奥の少しの不安は、一切気にせずに。
活動報告は帰宅後に出します。と、言うわけで、しばしお待ちを。大体16時くらいには出せると思います。




