1章 2話 『はじめての反抗期』
「なんで今まで気づかなかった?」
帝の心に入り込んだような異物感は、敵対心を持っているようには思えなかった。気分を悪くするようなものではないように感じたのだ。
「この道の先で、待っているんだろう? 答え合わせの入り口は」
急ぎ足で家へと向かう最無見帝には辿り着いた答えがあった。
心に潜んだ異物感の正体、それは自身の『きょうだい』の成れの果てなのではないか? というものだ。
ヒントとなり得るものを帝は写真で見たことがあった。
明らかに自分用ではない服、帝には合わないような玩具など。今は母親が捨てたことで写真ともども失われたものだが、記憶の中に残っていたことに助けられた。
「絶対に何かあるはずだ。母様が色々なことを不確定要素として切り捨てるのも、態度も、何もかも」
家まではあと数十メートルといったところで、近くの公園が目に入った。
『御使第二公園』と呼ばれる公園で、過去にはここのブランコなどで遊んだことを帝は覚えていた。この公園は昔からブランコの人気が全然なく、昔は人と馴れ合うのが苦手だった帝はこの公園に助けられたのだ。
見ると、御使中学校のセーラー服を着た学生が2人もいることに驚く。
1人は金髪碧眼の少女に見え、黒いセーラー服を着ている。もう1人の黒髪の少女は白いセーラー服で、金髪少女の腕に包帯を巻いていた。
金髪碧眼なんて随分と珍しい、と思った帝は思った瞬間に強い違和感を覚えた。
(『珍しい』という固定観念はなんだ?)
公園の2人から目を背けるように、帝は家の方向へと再び歩きながら考え始めた。
今や世界は平等を謳い、些細な違いなど気にしないような風潮が出来上がっている。――にも関わらず、個人の心の中では未だに金髪碧眼を珍しがっているのだ。
これもまた、個人の勝手な思い込みと勘違いの正常、そして一種の洗脳の賜物なのだろうか。人間の根本に埋め込まれた本能のようなものか、それとも家庭環境や培ってきたものが要因か。これもまた『きょうだい』の話と本質は同じだろう。
何も言わなければ何も違和感を感じず、何も思わない。髪色の話をつい先ほどは例に挙げたが、これはその逆だ。
創作物においては大方何の説明も入らず、そのまま当たり前かのように物語は進む。
ならば、それが現実の出来事ならばどうだろう?一概に同じとは言い切れないのかもしれない。
例えば先ほどと同じく髪色の話だとする。黒髪30人に金髪1人のクラスがあった場合、間違いなく30人は1人の金髪を浮いていると考えるだろう。『黒髪が普通』という固定観念が本心にあった場合、どれだけ表面を着飾ろうが内心では珍しいと考え始め、それが対立へと繋がるのだ。
クラス内で「黒髪に混ざってるお前なんなんだよ」と誰かが言えば、それはいじめへとつながるのかもしれない。
これが固定観念の恐ろしさだ。自分が間違っているなどとは微塵も疑わず、それが正常であるかのように振る舞い続ける。周りの物も『勘違いの正常』を本当の正常と信じ、何も疑わずに主犯格とともに攻撃を繰り返す。
かく言う帝もまた同じであった。流石に攻撃に走ったりはしないが、「自身に『きょうだい』はいない」という固定観念に縛られ、何一つ気付かないままだった。
「でも、実際は違うんだろう?」
公園前から歩き続けた帝は、家の玄関前までいつの間にやら辿り着いていた。
鞄から家の鍵を取り出し、鍵を開け、家の扉を開ける。
「ただいま、母様」
家に入り、靴を脱いだ帝はリビングへと進んでいく。
リビングでは帝と同じ黒髪の母親が椅子に座っていた。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「良いわよ」
帝の言葉を聞いた母親は考えることもなく即答した。
――少しの静寂が部屋を包み、重い空気が流れ出す。
静寂は5秒くらい続いただろうか。鞄を置いた帝は重い口を開く。
「――私に上の『きょうだい』はいたの?」
帝の口から放たれた言葉により、再び静寂の時間が訪れる。
そんな静寂を破壊したのは、一筋の閃光と破壊音だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――は? なんなんだ、今のは。何が起きた?光が疾走った?そして、床を貫いた?
床が落ち、瓦礫となった。天井も衝撃で揺れている。電気は落ちてるし、ご近所に見つかったら通報されてもおかしくない状況だろうな。
「あなたの姉弟?そんなの、どこで何を知って、なんで思ったのかしら?」
どこから取り出したかもわからない大型砲を手に持って、母様はこっちを見ている。
正直、何が起きたのか私にはわからない。「もしかしたら私を殺そうとしているのかも知れない」ということしかわからない。ただ確信できるのは、明確な敵意だけだ。
「それ以上口を開いてみたら? この床みたいにあんたの顔面は吹き飛ぶわよ?」
自身の体ほどの大きさの大型砲を構えた母様は、私に砲口を向けてくる。
「別に戦いたいとか、戦闘の意思があるとかじゃないんだよ! ただ、姉様を――」
――姉様? なんで私は、姉だって思ったんだ? なんで、確信してるんだ?
「存在しない不確定要素に対して変なことを言う前に、メガランチャーの光に呑まれて消えなさい」
何が、存在しない不確定要素なんだよ、母様。その言葉自体が認めたっていう証拠じゃないか?
何かを考えるその瞬間にも「ガシャン」、と母様がメガランチャーと呼んだ大型砲の砲身が展開され、光が漏れ出している。
あれ、もしかして私、ここで死ぬのか?
砲口からは黄色の粒子が溢れ、それが今放たれようとしているのだ。
いつ、どこで、どうやって、あんなのを手に入れたんだよ。母様。
「メガランチャー、発射」
収束された粒子がビームとなって放たれた。
逃げ場はない、か? 私にはもう、何もできないか? 死ぬのか?
……私が? そんなはすが、ない。死ぬわけないよな、こんなところで。
考えるのはどうだってできる。「死なない」、「死ぬわけない」なんて思うのは簡単だ。問題は、どうやって「死なない」ようにするか、なんだから。
《しかたないなぁ》
――姉様?
眼前に近付いた光と熱。それを遮るように、頭に響いた声が聞こえた。そして目の前をビームとはまた別の光が埋め尽くした。助けてくれたってことか?
あー、眼前が眩しい。背中に妙な異物感がある。やっぱ変だ。身体が全然思うように動いてくれない。これ、姉様のおかげかな。
最後に、母様に聞きたいことがあるんだけどな。
《我儘だなぁ、キミは》
口が動くようになった。随分と都合よく動くんだな、人生って。
じゃあ、最後に質問してやる。
「ねぇ、『母さん』? なんでずっと姉様のことを黙ってたんだ?」
その答えを聞く前に私の視界の全ては光に埋め尽くされ、変に身体が軽くなった。
こっちが質問するだけで、答えは聞けないってことか。悪趣味だね、姉様。
多分あの母親は、私がビームで死んだと思ってるだろうな。
――姉様、私に何をさせたい?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「なんで黙ってたのかって、簡単な話じゃない」
質問を投げかけてきた最無見帝はもういない。彼は母親がメガランチャーで消滅させた。今、彼女の視界に映るのは酷い有様となったリビングだけだ。
それでも、母親は消し去った1人の少年の質問に対する回答を虚空に向かって口にする。
「そんな不確定要素に関する情報を、あんたからは一言たりとも聞かれなかったからよ」
虚空からは返事は来ない。当たり前のことだった。それで良かったはずだった。
「計画を急がないとね。もっと世界を知るために」
彼女は逃げるようにして、崩れ去った瓦礫の下へと潜っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
臨暦2766年 2月19日 0時17分 御使市 最無見宅
「クク、ククク……! クハハハハハッ!!」
自室に光とともに転送された最無見帝は、鏡に映る自分を見て、そして2月18日の自身の行動を顧みて、ただただ自室で笑っていた。
「あの人は、最初から知ってたんだ、全部。本当に笑える。でも反吐が出る」
暗闇に包まれた狭い自室を金色の虹彩と背中の光が照らす。そんな部屋で、帝はただただ母親への憎しみを募らせていった。
当たり前だろう。存在したはずの姉をずっと隠してきたのだ、彼女は。だから帝はここまでの憎しみを募らせている。父親は不在なことが多いため知らないが、恐らくは母親と同じく知っていて隠していた説が有力だと帝は踏んだ。
「なんで黙ってたのかの回答は聞けなかったけどそれで結構。どうせあの母親の事だ、『死んだ存在に構うのは非効率的』とでも言うに決まってる。」
『姉の存在を隠してきた』という事実だけで、帝を動かすには十分だった。理由が何であれ、姉を隠してきた事実を帝は許せなかったのだ。その『誰にも知られていない時間』を、長い孤独と感じて彼女は過ごしてきたに違いない。誰にも知られず、理解されず、ただ闇に埋もれていくだけの時間を過ごしてきたのだ。到底理解できる話でもなく、誰も感じないようなものなのだ。
「それを姉様に実感させたあんたを、許すわけにはいかないよな?」
会ったこともなく、さっき初めて知ったような存在のことをここまで考えて、必死になって、いったい何になるんだろうか。自分でも自身は狂っているのではないかと疑い始めた帝だったが、直後に頭に響いた声がそんな疑いを綺麗に晴らした。
《それでいいよ。狂ってるなら、それで。それが『生きてる』って証拠でしょ?》
ああ、やっぱりこの声は安心する。偽物なんかじゃない。きっと本物の姉様なんだ、と帝は思った。
生きていないと狂ってもいられない。死ねばそれで終わりなのだ。
――いや、終わりじゃないな。現に姉は『何か』として依然存在している。
「絶対許さない」
独り言だ。帝は昔から、独り言が大好きだった。それで教師陣から怒られたこともある。それでも、治らなかったのだ。
だが、もしかしたそれは独り言ではなかったのかもしれない。姉が常に聞いていてくれたのかもしれない、という希望が芽生えたからこそ、そのような考えが湧いてきたのか、真意は誰にもわからない。
《「僕なんか存在していて当たり前で、存在しないボクは存在しないことが当たり前、正常だって思ってるんでしょ?」》
鏡を見ながら自分自身に向けて語り掛ける。目の錯覚でもなんでもない。間違いなく、目の色が変わり、背中から光を放つ黒髪の少年がいた。黒目はなぜか金色になり、背中が輝くというのもまた人生で、生きている証拠なのだろう。生きているならこういうことも起こるのだと割り切り、それで生きていることが実感でき、それもまた面白いと思い始めていた最無見帝。
《じゃあ、人生観を変えよっか。生き方も、観方も、何もかもね》
目が光っていることも色々見やすくて悪くないと思えた帝は、姉と信じる声の通り『変わる』ことにした。
「思いっきり変わってやろう。なんとも、面白い話だ。最無見帝の反抗期の訪れは、ただの反抗期とは違うんだよ」
自室のカーテンを開けると、月の光が窓から入ってきた。美しい月夜に心を惹かれ、帝はいったん外に出ることにした。
「普通に玄関から出るとか、絶対面白くないよな。それに、ただの家出との違いもそれじゃあわからない」
《だったら?》
「こうする!」
《わぁ、がしゃーん》
ガラスを割る音とそれを真似した少女の声が響いた。帝が着ているパーカー、そして腕にも損傷が入ったが、今の帝はそんな細かいことを気にしない。
「また戻ってくるから、束の間の平穏をせいぜい楽しむんだな、母さん」
一直線に1階の窓から飛び出して、車道のど真ん中へと出る帝。
書き置きも何も残していないが、母親は帝が死んだと思い込んでいるはずだ。気にすることもないと帝は考えた。
「ああ、反逆の感覚。気分がよく、心地良い。フ、フフフ……、ハーッハッハッハッハ!!」
夜道のど真ん中で、帝は大声で馬鹿笑いを始めた。
狂うことに躊躇いがなくなった反抗期の少年の人生は、運命の歯車が『狂い』ながらも大きく進み始めた。見え無いものの最たる例、人生の彼方を目指して。




