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1章 9話 『お別れの刺殺』

 その光が少女の体に届くことはなかった。

 ただ、黒色のコートに弾かれるのみで……


「まぁ、不意打ちとしては上出来だよ!」


 襲撃者の少女の体を貫くことはなく、コートに阻まれて光は消え去ってしまった。


「――でもさぁ?」


 不敵な笑みを浮かべた少女は、そのコートの膝ほどまであるコートのファスナーを俗に言う萌え袖という状態であるにも関わらず器用に開ける。

 開いたコートの前面、その裏側から、歯車のような機械が8つほど飛び出してきた。


「切り刻んじゃえっ! ――あ、天使長は狙わず、側近の方を狙ってね!」


「――ッ!? レミエル!」


 歯車は浮遊してレミエルに向かう。それを止めるべく、帝は歯車に光弾を放つ。


「ふ~ん? ちょっとは楽しめそうじゃん、期待通りかな」


 歯車は全て光弾によって撃ち落とされ、小さな爆発を起こす。それによって、床も壁も崩れていく。更に爆発で生じた煙や炎により、移動が制限されてしまった。

 これでは迂闊に動けない。それに、煙で前も見えにくい。


「ならば、これで……」


 視界を明るくするため、世界を見やすくするため、帝はその目を金色に輝かせた。

 目に入ったのは、襲撃者の少女が再びその開いたファスナーから歯車のような機械を4つほど射出する光景だ。


「でも、残念だったね?」


 少女の言葉を聞いて、帝は振り返り、レミエルの方を見る。


「こんな小さな機械なんて、電撃で落とせば!」


「レミエル! 迂闊だ!」


 レミエルはその手から雷を放ち、周囲の歯車を一掃した。

 歯車は、確かに落下し、爆発した。煙が再び舞い上がり、レミエルの視界すら閉ざす。


 身に迫る危険を排除できたと思い、安堵するレミエル。その油断に対して、襲撃者は口を開いた。


「あれあれあれ〜? そのおもちゃって、開けたファスナー側からしか出てなかったかなぁ〜?」



 帝はその言葉の意味を理解するのに、手間取ってしまった。

 わざわざファスナーを開けたのだから、開けなければ使えないという証拠ではないのか。

 まさか、開ける必要がないなんてことは、彼女の行動の全てがミスリードだった、などということは……


「いやぁっ!」


 現実逃避のような甘い考えは、少女の叫び声によって打ち砕かれることとなった。先程確かに、あの射出された機械12個の破壊は確認したはずなのに。


「フフフ、油断しきって動かないお人形さんとか、おっきいだけのいい的だよ!」


 叫び声が聞こえた場所には、浮遊する2つの歯車の側面から伸びた、チェーンソーのような刃で左腕を切り落とされるレミエルの姿があった。


「レミエルッ!」


 不意打ちで左腕を失い、断面を押さえるレミエルを守るため、帝は全速力で玉座の間を飛ぶ。


「アハハッ、無駄だよ! それにしても、キミのその光る目なら捉えられると思ったんだけど、こんな単純なものすら見えないなんて期待外れだな」


「無駄なことがあるものか! 私が彼女のもとに間に合えば、助けられるはずだ! 煙の中でも目で見える私に不可能などないっ!」


「ついさっき、ボクが見えないようにコートの下のスカートから出したおもちゃを見つけられなかった人間とは思えない言い草だね? まぁ、心の強さだけは認めてあげるけど」


「貴様に認められて嬉しいものかよ! 何より私は、そこまで心が強くなんかないんだからな!」


 妨害してくる数々の歯車を吹き飛ばし、口で邪魔をしてくる襲撃者もあしらい、ついに帝は玉座前で1人戦うレミエルのもとに辿り着いた。


「レミエル!」


「……あっ、天使長様……!」


 いつもなら歩いて10秒掛からないほどまで短いはずの玉座の間入口から玉座までの距離が、この時だけは非常に長く感じた。だが、それでもゴールは訪れる。


「レミエル」


 「その腕では無理だ、下がれ」と言い、引き離そうとした帝。

 だが、襲撃される直前の会話を思い出した帝の口から、その言葉が放たれることはなかった。


 ――1人じゃ何もできない、か。確かに、その通りだ。

 だったら……


「その状態でも、付き合ってくれるか?」


「当たり前ですよ、天使長様。私、レミエルはどんな時も、天使長様と一緒にいるって決めたんですから」


 切り落とされた左腕の断面に布を巻き付け、本当に一時的な応急処置を済ませた帝とレミエルは、襲撃者の方を見る。

 煙は未だ舞っていたが、それを晴らしたのは多数の細かな閃光だった。


「今の閃光、ビームバルカンか」


「視界が悪いのは嫌だからね! ――うーん、それにしても驚いたなぁ。身体欠損までしたのに、離脱しないんだ。感動の再会を待ってあげたのは情けだけど、もう手加減しないよ?」


「いりません、そんなもの。私と天使長様の絆は、誰にだって負けはしませんから」


 まず放たれたのは、天井を破壊したレミエルの落雷だった。多少の損壊には目を瞑らなければならない状況だ。襲撃者を倒すためには、手段を選んでなどいられない。

 雷が落ちたのだから、あんな小柄な少女など跡形も無く消し飛んでいるはずだった。


「へぇ~、最初から頭上を狙ってくるんだぁ〜」


 だが、雷が落ちたはずの場所には、黒色のコートのフードを被った少女が立っていた。


「でも残念だったね? 当てが外れて……っ、とと?」


 少女がフードを外すと、無傷の幼い顔と変色してもいない美しい白髮が姿を表した。しかし、少しふらついているようだ。


(まさか、耐えたのか? 今の攻撃を? 無傷で?)


「嘘……です、よね?」


 襲撃者は依然健在、しかもあれだけの大技を使ったにも関わらず、無傷で、だ。ふらついているとは言え、これで決定打を与えたとは言い難い。

 絶望的な状況に陥ってしまった2人だが、ここで転機が訪れる。


「流石に、あの大技を何発も使われるとボクの方も持たないなぁ……」


 ――交渉の余地あり、と見た。


「レミエル、少し下がっていてくれ」


「えーっと……、いえ、天使長様のことです。策あってのことですよね、了解です」


 ふらつく襲撃者の少女に近付いた帝は、交渉に出た。これ以上両者の被害を増やさないための、和平交渉だ。


「お前だとて、まさか死にたくはないだろう?」


 その言葉に、待ってましたと言わんばかりに少女は不敵な笑みを浮かべる。


「当たり前だよ。ボクだって死にたくないんだから、好き好んでこんなことやってるわけじゃないのに……」


 本心を打ち明けた少女に対し、帝は更に歩み寄る。それに続くように、後ろをレミエルが付いていく。何かあった時に、身を挺してでも守れるように。


「1つだけ、聞かせてほしい。君の名前は? これだけ教えてくれれば、君のことは見逃そう。そして君の名前から、君に指示を出している存在のことを調べさせてもらう。勿論、君に被害が及ぶことはないようにする。……どうだ?」


 その条件提示は、余りにも簡単だった。名前さえ名乗れば、それだけで見逃してもらえる、命が助かる。ここまで甘い条件があるだろうか。


「ボクの名前を言うだけで、ボクを助けてくれるってこと?」


 襲撃者のその質問に、帝は頷く。


「いいよ。じゃあ、ボクの名前は……」


 事態は穏便に済ませられる、平和的解決ができる、そう誰もが思っただろう。


「何っ……!?」


「アハハ、引っかかったぁ! 甘いね、天使長のお兄さん!」


 少女は帝の顔を蹴り上げた。その不意打ちに受け身も取れず、帝は吹そのままき飛び、床に叩きつけられる。


「これでボクの勝ぁーちぃっ!!」


 黒色のコートの、胸ポケットから丸い機械が露出し、そこから細い青色の閃光が、一筋放たれる。


 死ぬのだと、自分の甘さに殺されるのだと思った。何もできず、レミエルも残して、そのまま……



「――天使長様っ!」


「――へぇ?」


 だが、いつまで経ってもその死は訪れない。相当速度は速かったはずだが、それでも帝の体がビームで貫かれることはない。


 ――いや、ちょっと待て。今の声は……?



「――は?」



 ――何が、起きた?



 倒れる帝の足に、背中に、生温(なまぬる)い感覚が伝わる。温かい水、温水だ。しかし、何故今更?


 疑問に思った帝が目を開けると、そこには……


「ぅあっ……、あ、あ」


 赤色の水たまりが、自身の背中にまで広がってきていた。出処を探ると、見たくもないものが目に留まる。


「レミエル……?」


 胸が貫かれ、骨までが見える金髪の少女。うつぶせに倒れる、金髪の少女。特徴的な黒色のワンピース。


 それは間違いなく、レミエルだった。


「ぅあ、うああああああああっ!!」


 帝の慟哭が響く。倒れるレミエルを抱きかかえるが、その身はピクリとも動かない。

 ――いや、動くものはあった。両手で持ち上げたレミエルの、貫かれた胸から、腹から、生きた何かのように溢れ出る内臓。

 見たくもない、認識すらしたくない。


 レミエルが死んだなんて、そんな……


「仲良しのお陰で命拾いしたね。でも次はないよ?」


 抱えるレミエルを仰向けに寝かせると、その表情は穏やかではなかった。痛みを堪えていたような、目は閉じているがとにかく悲痛な表情。口からは血が流れ、美しかった金髪は乱れていて。



 ――彼女を、安らかな顔で死なせられなかった。苦しみ悶え、死んでしまった。こんなことのために、私は……



「まぁまぁ! あの子の出番はこれで終わりだったんだよ。何より用があるのは、初めからキミ1人だったし!」


 死者を嘲笑うかのような、1人のNPCとしか見てないような、少女のその言葉。

 ――帝を怒らせるには、十分すぎた。


「貴様……! 貴様ァーーッ!!」


 復習に燃える帝は、本能のままに襲撃者へと突撃する。

 レミエルを殺したこいつだけは、絶対に殺さなくてはならない。生かしておいてはならない。憎しみだけで、小柄な少女に特攻した。


「そんなの無駄だよ! ボクに傷なんて絶対……」


 突撃してくる帝を見て、少女は再びフードを被る。

 恐らくこの黒いコートが、彼女の無敵の鍵だ。


「――黙れ」


 開いていたファスナーに手を入れ、中に着る制服に光の刃を突き刺す。ビームでもなく、本当の光だ。光弾や光の翼を応用した、光そのものを、少女の腹に突き刺す。血の温かみと、すんなりと入っていく感覚は気分がいいものではなかった。

 だが、レミエルのことを思えば、この程度では足りるはずもない。


「ひっ……!?」


 今度は、力任せにフードを引き剥がした。少女の短い白髪と怯えた顔が露わになる。


「ま、待ってっ! やめてよ、死にたくないよ!」


「知るものか、そんなこと」


 整った顔と短い髪を鷲掴みにし、そのまま直接光弾を生成、零距離から直撃させてやろうとしたのだ。


「嫌だよ、ボクはまだ、死にたくない……!」


 だが、鷲掴みにした指と指の隙間から見えるその顔は、涙と恐怖をその身で体現しているようなものだった。同情を誘っているのか、それとも本心からか、彼女の赤色の瞳から溢れる涙は、帝の手を濡らした。とても冷たかった。


「何故だ……、何故、こうも甘いのだ……、私は……」


 帝は鷲掴みにしていた手から力を抜き、そのまま掴んだ顔を離す。少女は力なく崩れ落ちた。


「……あれ? 死んでない……。ボク、死んでない……! 生きてる……!」


 自分の生存に対し涙を流しながら、改めて生きていることに感動を覚える少女。嬉しそうに涙を拭って飛び跳ねる少女は、一見するとごく普通の小学生にしか見えなかった。

 だが、それでもただでは済まさないのが天使長、最無見帝だ。レミエルを殺した相手を殺せない自分の甘さに腹が立って仕方がない、弱く甘すぎる天界の長だ。

 だが、いくら帝が甘くとも、ただで帰すつもりなど毛頭なかった。


「ひっ……!」


 帝は少女に再び近付き、少女の顔に小さな光弾を近付ける。少女の表情は、怯えた顔に戻ってしまった。


「襲撃してきた者の名を言え。お前たちは、『タイプチャイルド』……と言ったか。――ただでは済まさん」


 怯える少女を脅迫し、情報を吐かせようとする帝。どちらが悪かもわからないほどの光景だった。


「――え? そんなこと? それだけで見逃してくれるの!?」


 だが、脅されたとは思えないほど、少女の声色は明るかった。


「それだけ……?」


「えーっと、先代天使長ルシフェルを狙ったのがタイプチャイルド4番目のフィーアで、確かもう死んでる。パンデモニウムを襲ったのが9番目のノルン率いる第九艦隊。悪魔を全滅させたのもノルン。まだ生きてるかもね? ……もう、今回の襲撃者はいないはずだけど……、あ、ボクの名前を言ってなかった! ボクはツヴェルフェ! タイプチャイルド、12番目だよ!」


 簡単に、楽しそうに、組織の内情を喋るものだ。ここまで簡単に襲撃者の名前を出してもいいものなのだろうか、と、帝は組織としての弱さに疑問を抱きつつも、彼女に当てようとしていた光弾を消した。


「――わかった。仕方がない、約束だ」


「あっ……! つまり……!」


 目を輝かせ、帝の目の前で萌え袖を振り回すツヴェルフェと名乗った少女。少し可愛いのかも知れない、と思ってしまった。レミエルを殺した相手であるにも関わらず、だ。


「えへへ、いつかまた遊ぼうね! 天使長のお兄さん!」


 彼女が見せた笑顔は、輝いていた。可愛かった。決して幼女に惚れたわけではない。レミエルという第一席が決まっている中、他の誰かに現(うつつ)を抜かすなど、ありえるはずもなかった。

 だが、もしかしたら彼女らタイプチャイルドともわかりあえる日が来るのかもしれない、と、心のどこかで思うのだった。きっとレミエルも許してくれる、と、勝手ながらも思えた。いつか、全員で笑えるような世界だって実現できる。そう思うことができた。




「――それにしても……」


 

 帰るのかと思ったツヴェルフェが発した言葉に対し、「どうしたの」とでも言おうと思った。優しく接しようかと思った。


 ――だが、言葉は口から出なかった。


「甘いなぁ、天使長のお兄さん」


「ぐ、あぁ……!?」



 なんだ? 何が起きた? 痛みが腹から伝わってくる。熱い。苦しい。


「さっきと同じ結果を繰り返すなんてね~! まさか、情報を言ってあげたから油断したのかなぁ? バッカじゃないの? ボクが袖に隠してた『コレ』にも、ずっと気付かないでさぁ!」


 帝の腹に突き刺さっていたのは、黒く大型の剣。ツヴェルフェの右側の袖から刀身を覗かせる、鋭い実体剣。


「キミの出番はこれで終わりだよ! アハハ、バイバーイ!」


「ツ、ヴェ、ルフェ……、き、さまァ……!」


「本当に、期待外れだな」


 剣が帝の腹から抜かれ、帝はその場に倒れる。血だまりが再び辺りに広がる。


 帝の視界は暗転し、そのまま…………息絶えた。







「もう飽きちゃった。帰ろうっと」




「――と、その前に……。実は、キミに教えた名前、嘘だったんだ! もう死んじゃったから教えてあげるよ! だってちょっと危なかったからね! ボクを手こずらせたことへの敬意ってこと!」




「ボクの名前はツィーナ! タイプチャイルド10番目、ツィーナだよ! どうせ聞こえてないし、もう死んでるんだろうけど! アハハッ! アハハハッ! ちょっとだけ、楽しかったよ! もう遊べないのが残念だなぁ、ってくらいに!」




「でも、やっぱり……甘すぎるのは、期待外れだな」

あーあ、帝くん死んじゃいました。どうしましょう、どうなるんでしょう?

帝くん、甘さじゃ世界は救えないんですけどねぇ、甘さはどこまでも抜けないようです。


と、演技派ツィーナ、騙すのが得意なようで。夢でない現実での登場が楽しみです。




はーい誤字。ツィーナの偽名間違えました。シクスは6番目です。混乱させてごめんなさい。




はてさて、10話で真相が明らかに……?

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