1章 10話 『夢の中の帝鳥』
――ツィーナによって刺殺されて、それで……、あれ、意識が……?
――あぁ、そうか。わかったあれって、全部……
夢、か。
「さて、おはよう、帝。初めての死はどうじゃった?」
「――あ?」
目が覚めて初めて耳に入った声は、1人の少女の声だけだった。環境音も何もなく、不思議な感覚だ。
開いた私の目に入った光景は、真っ暗闇だった。黒で何も見えない。目を瞑ってもいないのに、何1つとして見えはしない。光なく、風もない。気温も感じない。お化け屋敷よりも暗い世界で、誰かに話しかけられていた。勿論声に覚えは……ないはずだ。
「覚えておらんか? さっきまで見ていた光景を」
謎の少女の声は、特徴的な口調で私に問いかける。恐らく、先程の『天使長』や、『第九艦隊』などの話のことだろう。
「現実離れしたさっきまでの世界のことか? 明晰夢だったのか知らないが、記憶は残ってる」
少女の声と自分の声だけが聞こえる世界。不気味極まりないな。さっきの夢も含めて、ここだってまだ現実じゃないんじゃないか? 私はまだ夢の中で、この世界も幻想に過ぎない……って言うのは、考え過ぎか? いや、そんなはずはない。もしそうなのだとしたら私は、失明して知らない場所で誰かと話していることになる。ハシュマルでも、姉様でもない、誰かと。
「明晰夢ならば、お主は夢であると自覚した上であんな馬鹿な行いをしたことになるではないか? ……まぁ、あれはお主の本質的なものに過ぎんがな。例えお主があの場にいたとて、お主の心にある『優しさ』と『甘さ』がどうせ邪魔をする。同じ事態に陥ったじゃろう。あのタイプチャイルド10番目、ツィーナに対し、同じことをしたはずじゃ。それどころか、あれよりひどい結果を招いたと思うぞ? 今のお主は、死線を潜り抜けたわけでもなく、ただ家出して、ハシュマルと戦っただけじゃ。少なくとも、あの天使長の方が良い選択をしたじゃろうて。……端から、あの世界線に干渉することなど不可能じゃがな。……まぁ、つまり、明晰夢という表現は誤りじゃ。知っておったとしても、お主としての人格は表面に出られなかったはずじゃからな」
言葉が頭に入ってこない。この声の主が見る世界と私の見る世界が違うことなんてわかるんだが、少し言ってることが難しい気がする。耳に入っても何処かに行く。何言ってんだ、この人は。
姿が見えないで、真っ暗な暗闇だ。目も空いてるかわからないで、ただでさえ相当気持ち悪いというのに、更に悪くするつもりなのか、この声の主は。
「困惑した表情は見透かされるぞ? 儂を誰だと思っておるのか……いや、知らぬのだったな。これは失礼した」
顔に出にくいタイプのはずだが、すぐにバレるのはいただけない。私の感情を顔で判断できるのなんて、典と小夜くらいだと思うが……、まだ何もわからない。
「では、少しわかりやすく。あの時の『天使長』最無見帝と『御使中学校2年』の最無見帝は別物で、『天使長』はお主とは別物、お主の感情では干渉できない。同時に、あれはあり得る可能性を映し出しただけじゃ。未来は変わらん。お主の未来を再現した映像を夢として見せただけ……というのがわかりやすいか?」
「あー、なんとなくわかった、理解した。あの世界で、私は私の意思で動けない……天使長としてレミエルと一緒にいたあの最無見帝って存在、あれって要はノンプレイアブルキャラクターだから、さっきの夢は明晰夢とは言わないって話だろ? 明晰夢は自分の意思でコントロールする必要性があるからな。……でも、夢だって自覚してるんだから、明晰夢でも間違いじゃないんじゃ……?」
「残念じゃが、それもまた誤りじゃ。お主が『夢だと知っていた』と証明するものはどこにもない。お主は、あの状況で夢だとわかっていたのか? 今、この場にいるから、後になって夢だとわかっただけではないのか? それでは所詮、ただの夢じゃ。だって事実、お主の思考回路を覗いても、役に入れ込んでおったぞ? 自身を天使長だと信じてやまない様子じゃった。どこで知り合ったかもわからないはずのレミエルになんの疑問も抱かず、当たり前だと思っておったではないか。第九艦隊とアハト、ルシファーが戦っていた時も、お主は空から……、ゲームでいえば三人称視点から、ずっと見ていたではないか。なぜ自分がここにいるのか、これが夢なのか、とも一切思わず、ただ今の状況が当たり前であるかのように。ここに至るまでの過程もすべて無視して、『今こうなってるからいいや』とでも思って、ただ流されるがままに見ていたではないか。お主の意思など、先の夢では存在しておらんようなものじゃ。それを明晰夢と語るなど、おこがましい。甘いぞ、帝。――まぁ、最も、この夢を見せたのは他でもない儂じゃがな」
誰目線なんだよ、あんたは……、なんて思ったが、口には出さない。それよりも、興味深いことがあった。
だって面白いじゃあないか。私の記憶に干渉して、一切の疑問を抱かせないなんて。夢を見せたのがこいつだなんて。なんて、そう思うと、自然と笑いがこぼれる。
「――ハッ」
だから夢は『嫌い』なんだ。
嫌いってのは好きってこと。好きでありながら、それを誤魔化したいときに使うんだ。昔からずっと使ってきた。
だって本当に嫌いな奴に話しかけたくないだろ? 嫌いなら話さないで終わらせたいんだ。少しでも思ってるから、『嫌い』って言える。
私の心を勝手に弄るような、そんな夢。昔から悩まされていた。
だが、その真相にようやく辿り着けるって言うんだったら――面白ぇ。
「そして、帝。お主は今、恐らく人格に変化が生じておる。お主を構成するこの世界の『最無見帝』としての人格に、天使長としてのお主が混ざってしまっておる」
「何言ってんだ、あんたは」
「その反応、無理もない。じゃが、残念ながら事実でな。お主本来の滅茶苦茶な言葉遣いと天使長の冷静な言葉遣いのすべてが混ざり合い、記憶と人格も少し混ざったせいで、少しばかり厄介な状態になっておる。例えばお主、初対面の相手には必ず敬語で話しかけてたじゃろう? まぁ、それもお主の姉……と思われる何かと出会ったことで、変化しつつあったのじゃが。それでもお主は、警察との初対面時には敬語で話しておったぞ? ――とは言っても、次の言葉は敬語ではなかったがな。国語の授業は真面目に受けることじゃ」
その通りだ、と思った。敬語は、最無見帝の本質的なもの。昔から心が弱かった私は、敬語を使って相手の下に回る道ばかり選んでいたものだ。
その私の第一声が、敬語ではなかった。確かに異常事態だ。だが、それが何故人格などの話に結びつくのか、そこまでの理解はできなかった。
「だってお主、おかしいじゃろう? 姿も見えない謎の存在の声に対し、物怖じもせず、強気な口調で話しておる。到底、昔の最無見帝では考えられなかった事態じゃな」
「つまり、敬語のほうがよろしいので?」
「好きにするといい。どちらでも儂には関係ない。その選択がどう転じるかなど、今の儂には知るすべもない。人格云々の話も、お主にとってよく動くやもしれぬし、その逆もある。その記憶をどう活かすか……じゃが、その話をするため、本題に入ろう」
その言葉とともに真っ暗だった世界に光が現れ、辺りを照らした。
目が見えるようになったのだから、まず自分の体を見る。ただのパーカーだ。家を出る時に着ていったパーカー。ハシュマル手によってボロボロにされたはずだが、原型を保っているどころか新品同然だ。何が起こってこうなったのだろう。
「――、――」
自分を見ていると、鳥の囀りが聞こえてきた。見ると、黒色の壁に囲まれた部屋の真ん中に、茶色と白色の小さな鳥が佇んでいた。
その丸い瞳で、私を見ていた。
「それでは、先程の夢について話そう。時間も限られておるからな。お主が起きるまでがタイムリミットじゃ。まったく、前置きに時間を使いすぎたわ」
――茶色い鳥が発した言葉とは思えない。だが、鳥の中から聞こえてきた声だった。部屋の中央の、小さな鳥から。とても認められないが、狭い部屋を反響する人の言葉は、少女の声は、あの鳥から放たれたとしか思えなかった。
「ふむ、この鳥では不満かの? 烏にでも変えるか? それとも白鳥? 鷺でもよいぞ?」
「つまりお前の正体は鳥ってことでオーケー?」
「そんなことはあり得るはずもないじゃろう。それより、先の夢について話さねばならん」
違うならこの鳥はなんなんだよという話だが、今はそれより夢のことについてしっかりと聞いたほうがよさそうだ。
そう思って、今は沈黙を選んだ。
「では、お主に見せた夢についてじゃ。あれは、お主が夢から覚めた後、順当に行けば辿り着くはずの未来でな。いわゆるルート分岐じゃ。起きてからある選択をすると、あのルートに辿り着く。そして、ここで儂がお主に教えなければ、性格上お主は間違いなく天使長ルートへと向かうこととなる」
「ほう……?」
彼女の言葉、面白い言い方だった。現実世界で『ルート分岐』とは、世界がゲームだと……仮想世界であるという話の飛躍だろうか。
では、ゲームの話をしよう。例えば恋愛シミュレーションゲームは、選択肢によって相手が変わる。一部のロールプレイングゲームも、選択肢によってストーリーが変わったりもするものだ。ゲームにおいて、最終的な到達点……つまり、エンディングは選択肢によって変わるものだった。
この世界も、ゲームのように、数多くのルート分岐とエンディングが用意されている、マルチエンディング形式の世界なのだろうか?
「時間がない故、手早く済ませるぞ。必要な情報だけ教えてやるわ。夢については、分岐した世界線を見せるというふうに言った通り、いわゆる予知夢じゃ。もとからお主は予知夢もどきを見ることを可能としておったから儂の力でほぼ確実しておった可能性の分岐した世界を見せるのは驚くほど容易かったわ。その夢の中で、お主が知っておくべき情報は……」
小さない茶色い鳥は、表情一つ変えず、くちばしも一切動かさず、狭い部屋に声を響かせる。
不気味な鳥だが、声から悪意は感じられない。この声の主は、恐らくだが敵ではない。あのタイプチャイルドのように、私の身を未来の世界で狙うような存在でもないのだろう。私の事を助けようとしている存在であるように感じられるのだ。きっと味方で……、これだけ私の事を知っているんだから、身近な……
『身近な』?
「タイプチャイルドの脅威がこの道を進めばいずれ訪れること、その中のツィーナはまるでゲームを楽しむ子供のように無邪気に人を殺すこと、そしてこの夢で出た人名を記憶しておくことじゃ。必ず覚えておけ。ツィーナが本名を暴く瞬間まで見せた理由はそれじゃからな。あとは……天使と悪魔とは仲良くやっておくことじゃ。しかし、天界には住むでない」
何か忘れている気がする。恐らく私は、この声の主と何度も話している。この話し方、覚えがある。
ヒントは必ず、あの鳥の姿にあるはずだ。それに、声の主の正体さえわかれば、もしも身近にいる存在ならば、訪ねていくらでも情報を聞き出せる。ここでも話は聞いておくが、聞く話とは別の事を考えるっていう中々ハードなマルチタスクでいこう。
「分岐条件までは教えん。じゃが、ヒントだけは教えてやろう。今日……2月19日か? 起きる時間は昼を過ぎておるじゃろうな。もう二度寝をする必要もないじゃろう。――と、ここまでじゃ。これ以上は時間がない。悪いな、もっと話したいこともあったんじゃが」
「は、もう? 早すぎじゃないか? それに、さっきのがヒントだって……キーワードは二度寝か?」
「これ以上詳しくは語らぬわ。夢は夜に見るからいいのじゃ。それに、夢は短いほど良い。夢の世界も下手に大きくしすぎず、小さくあったほうが好都合じゃ。下手に別視点など堪能するよりかはな。余韻が残っていいものじゃ。朝は鳥の啼き声でも聞いて起きるべきじゃな」
『鳥』の鳴き声……『啼』き声? 『夜』に、夢に、『小』さい……、そういえば、あの茶色い鳥、前に調べた鳥の画像と同じだ。うちの国にはいないが、その鳥をなぜか飼ってる隣人がいて……、
そうだ、あの茶色い鳥、間違いなくナイチンゲールだ。そして、ナイチンゲールの別名は……
「――小夜啼鳥」
「おお、帝、お主……鳥の名がわかるのか? 時間がないと言っておろうに、わざわざその名で呼ぶとは、何とも嬉しいことじゃ」
……そう、名前を聞いててよかったよ。こんなときに役立つなんて思わなかった。
「この声の主、多分、小夜……だよね?」
啼鳥 小夜、隣の家の隣人で、特徴的な名前と家をしている、実質的な私の姉のような存在。
この話し方、きっと小夜に違いない。声に聞き覚えがないなんて、そんなはずはなかったじゃないか。何度近くで聞いてきたか、どれだけ近くにいたことか。忘れるわけないじゃないか。小夜のことを、私が。小夜も小夜だ、こうも他人ぶって、まったく……。
――私は、小夜のほうの事情なんて、考えなかった。
「――時間がないと言っておろうに、何故じゃろうな? 帝、お主は本当に……」
聞こえた言葉は、怒っているように感じた。事情は知らないが、名前を言うのは間違いだった……?
――自分の発言を後悔するしかなかった。狭い世界は崩れていき、壁も崩れ、そこにいた小夜啼鳥も羽と血を残して消滅していた。
私は、選択肢を間違ったのだ。
「待って、小夜! 私は……!」
「最後に2つ。忠告したのはお主のため。まぁお主に死なれると、儂も心に傷を負うんじゃから、実質的には儂のためとも言えるがな」
再び暗闇に支配された世界で、足元すらもあるかどうかわからない世界で、小夜の落ち着いた声だけが響いていた。
「そしてもう1つ。言葉遣いは統一することじゃ。例えばこの状況を既に誰かに……観測者にでも見られているとしたら? 小説などで1人の喋り方がころころ変わっていては、混乱するじゃろう? それと同じじゃ。儂の正体がわかったからといって、急に『啼鳥小夜』と話すような言葉遣いに変えるでないわ。――まぁそれも、その観測者を欺くための策だというのなら話は別じゃが、そんなこともないじゃろうて」
「小夜……!」
落下していく感覚が襲う。足場がなく、落ちながらも声だけは綺麗に聞こえる。目では何も見えないというのに、小夜の声だけは鮮明に聞こえる。
「では、起床時はくれぐれも気をつけるのじゃぞ。本来なら記憶の引き継ぎはお主にだけ行われる予定じゃったが、初回ボーナスで夢に出た一部の者は記憶が引き継がれておるようじゃ。ちょっと想定と違うが、この力を使ったのは初めてなものでな。まぁ許せ」
小夜が言い終わると同時に、落ちる感覚は消え去り、真っ暗な視界だけが残った。
――まったく、次現実で会ったらどうしてやろうか、小夜め。
遅れました、10話です。小さな夜編は全部夢でした。道理で分かりづらいわけです。考える側も苦労しました。
――と、活動報告はどうしましょうか。まだ未定です。先に11話を出すかもしれませんし……まぁ、気長に待っていていただけると嬉しいです。
――世界がゲームのよう、それに観測者……ですか。これはいったいどういう意味があるのか……、はてさて、どうなりますかねぇ?




