1章 8話 『1つの視点はこれで終わりじゃ』
「――この、この、この! 全部まとめて消えてしまえっ!」
「くっ……」
アハトとノルンの空中戦は、夜を越え、太陽が現れるほどまでに長引き、激化の一途をたどっていた。ノルンが射出して、オールレンジ攻撃を行っていたクラムは、確かにアハトには効果的だった。現にクラムから放たれたビームは何発も命中し、アハトがタイプチャイルドでなければ死んでいる、というほどまでの傷を負わせていた。
タイプチャイルドの体は非常に頑丈で、彼女ら全員がビームが掠った程度では全身の消滅はしないほどの強靭な肉体を持っている。例え腕を貫かれようと、スカートから露出する太腿が貫かれて骨が見えようと、顔から血を流そうと、血で目の色が変わって見えようと、それだけでは致命傷に至らないほど強い肉体なのだ。
「誰だとしても薙ぎ払えば!」
「クラムの半数が破壊……? 私が直接戦闘するなんて……、そんなこと」
幻覚に苦しめられていたアハトだったが、1つ1つの射撃が当たらないとしても極太のビームで薙ぎ払ってしまえば落とせるということに気付いたのだ。そのため、見えるもの全てを腹部大型ビーム砲で焼き払うことで、ノルンとともに自身の妨害をする『誰か』を殲滅しようと考え、それを今実行している。
「消える! どんどん消えていく! 邪魔をするから、私とジーナの邪魔をするから……、アハハハハハ!」
「接近すら許されない以上、どのみちこれしか道はない……?」
狂ったような笑いをあげるが、その間にも隙はない。多くのボスなどの存在では、笑っているときが絶好のチャンスであることが多いが、笑うことと連動して嬉々としてビームを放ち続けるアハトには、ノルンでは太刀打ちが出来なかった。全方位に対する砲撃によって接近すら許されず、艦体の戦力も動かせない時点で勝敗は決していたのかも知れない。
「諦めろッ! ノルンーー! ジーナと私の心は、絆は、お前を――」
ビームを全方位に放ちながら、ノルンへ接近するアハト。笑みと涙が共存するその顔は、流れる涙でぐちゃぐちゃになってしまっていた。被っていたベレー帽も空に飛び、風に吹かれて髪も崩れる。赤く染まった緑色だったはずの瞳には、少しだけ紫色が混ざっているように見えた。
「絶対に、殺す!」
「その目……、ジーナが?」
タイプチャイルドには、それぞれ固有の瞳があった。1番目は黄色、2番目は橙色、3番目は灰色……と、それぞれの瞳に特徴があり、更に視た相手に影響を及ぼすこともあるという、特殊な瞳だ。
――4番目のフィーア、8番目のアハトは緑色で、両者ともに持つ緑色の目は嫉妬を表す……と、別世界の悲劇の作品で見た気がする。
正確には、嫉妬は緑色の目をした怪物らしい。ひとの心をなぶりものにして、餌食にする、と情報を漁っていた時に見たことを今になって思い出した。
別世界の常識も物語も、「Green eyed Monster」という慣用句なんてものもノルンは知らない、何より興味もない。
だが、アハトの心を嫉妬感情が蝕んでいるのなら……、嫉妬に呑まれようとしているのなら……?
それを、7番目のジーナが持つ紫色の瞳が抑えようとしているのなら……?
「目が、何か……!」
接近戦を仕掛けようとしたアハトだったが、途端に自身の瞳を抑え、苦しみ悶え始めた。異物感だろうか? 血が流れ込んでいた以上の異物感が存在するとは思えないが、どういうことだろうか?
――主に創作などでは、紫色の瞳というのは高潔さや高貴さ、はたまた神秘的、ミステリアス……といった印象を植え付けられるらしい。
ジーナの瞳はその中でも「ミステリアス」に区分されるだろう。ミステリアス……、「謎めいた」、などの意味を持つ特徴を表す言葉だ。
謎。つまり正体不明ということ。緑色の目の嫉妬を、紫色の瞳が正体不明にしようとしている。隠そうとしている。
「本当、計り知れなくて、不思議な人。でも、親友には優しい……か」
死んでしまったはずのジーナが、アハトに拒絶されながらも、アハトの暴走を止めようとしている。
――クラムがなくとも、答えてみせる。ジーナの覚悟に、そしてこれ以上の被害を食い止めるために。
「こ、この程度……! ――うぁっ!」
短い光の刃が6本、アハトの体に突き刺さっていた。血が溢れ出て、制服もスカートも破れていく。
「ナイフ投げなんていつぶりか……」
「うぅ、あぁっ!」
ビームナイフを更に9本ほど投げ、ビーム砲を確実に潰していくノルン。突き刺さった尾部ビーム砲は爆発し、その衝撃で背中が見えるほどまでに制服も破れ、空中に吹き飛んでいくアハト。
「見えないうちに仕留める……!」
アハトがまだ自身の目の変化に対応できていない。アハトは空中で宙返りを繰り返しながら、アクロバティックな動きで次々とビームナイフを投げていく。背中に刺さり、足に刺さり、無残な姿となりつつあった。可愛らしかった顔も血に塗れ、左腕は吹き飛び、腹部にはナイフが突き刺さる。腹部ビーム砲が爆発する危険性もあったはずだ。それでもノルンは、躊躇なくビームナイフを投げつけていく。
「動け、動け! 私は……! 私は、こんな……!」
アハトは諦めない。ノルンを討つために、その目を開かんとする。腕がなくなる感覚だって、ジーナは味わっていた。それどころか、上半身と下半身が切り離される感覚すらも味わっていたのだ。この程度で音を上げてはいられない、という覚悟がアハトにはあった。
勝ちたかった。ノルンを討ち倒して、ジーナの仇を……
「これが、ジーナの瞳なら……、ジーナの体なら、私に使えないわけがない……、私が、ジーナに拒否されるわけも、『私の』ジーナの目が、私に適応しないわけもない……。ジーナのビーム砲が全て消えたとしても……」
体に負った傷によって息も絶え絶えの状態でナイフをその身に受け続けるアハト……だったが、その身に変化が起こる。
――その目は、暗い紫色をしていた。
「ナイフ1つで、殺せるんだ……っ!」
「……いくら目が開こうが、私のナイフを躱せるわけ……、ッ!?」
アハトの腹部ビーム砲、その砲口に刺さったまま爆発もしなかった1本のビームナイフ。それが引き抜かれ、アハトの唯一の武器となる。
距離を一気に詰めては、ノルンがサーカス団かのような空中での宙返りを繰り返し、引き離す。
距離を取りながら、先ほどまではアハトに当たっていたナイフ投げを繰り返すが、そのことごとくは宙を裂く。
「……やっぱりジーナだ! やっぱりジーナは、私なんだ!」
「3次元機動を……、捉えられるものか!」
落ちた左腕の断面から血を噴き出しながらも、アハトは直線的な突撃を繰り返す。余りにも単調な動きだ。そんな甘い動きならば、ノルンの月面宙返りによる立体的な機動でアハトを翻弄できるはずだった。完封勝利だって狙えるはずだった。
なのに何故、ナイフは当たらないのだろうか?
「目が上手く開かない……?」
ノルンの瞳は閉じかけていた。アハトの手に落ちた紫色の瞳が、ノルンから視界を隠そうとしているのだ。
更に、それだけでは終わらない。アハトの左腕がなくなったことにより、動きが読めなくなっている。重心がぶれ、変則的な動きを繰り返すようになっている。アハト自身も制御できないが、その変則的な動きを今のノルンは捉えられない。
永遠に決着がつかない、泥仕合だ。
「でも、躱し続ければ出血多量でアハトは止まる……! それまで生きていられれば……!」
ナイフの数も減っていき、回避に専念しようとしたノルンだった、が、そのとき。
――彼女の閉じ行く瞳が映す狭い視界が、紫色に染まった。それと同時に、下半身に感じたこともないほどの軽さが訪れる。
(――え……? 何が、起きて……?)
気付いた時には、落下していた。姿勢制御を試みるが、何故かうまくいかない。足は不思議な感覚だが、目は空を映し出しているためうまく見えない。
「――か、はっ!」
硬い金属の上に叩きつけられたような感覚がノルンを襲う。
仰向けになっている自身の顔を裏返し、うつ伏せになってみようと試みるも、うまくいかない。地を蹴って態勢を変えようとするも、うまく動かない。
不思議に思い、顔を足元に向けると、そこには……
「う、あっ……、えっ……?」
胸や腹から飛び散ったピンク色の何かや、黄色の何か、赤黒い何かが、狭い視界を包み込んだ。
「っ、熱っ、足、あっ、あ……!」
超高温の鉄板を押し付けられているかのように、足が熱い。心臓も、うるさく拍動を繰り返す。そしてそれは、激痛へと変わる。
「いたっ! 痛い、痛い、あ、ぁっ」
同時に胸も痛い。常人とは違う耐久性を持つタイプチャイルドだったことをこれほどまでに嫌に思ったことはない。
今のノルンは、戦艦アルフレートの甲板にいた。超高所から落下した後、幸か不幸か、甲板に落下した。
「何か落ちた……です。ルシファーさん、どうしましょう……です」
戦艦アルフレート艦橋で、ティルが攻撃準備中のルシファーに話しかける。
「様子はボクが見てこよう。ほとんど準備も終わったし、少しくらいなら出歩ける」
「無理は、しないでください……です」
ルシファーはブリッジを出て、何かが落ちた甲板へと向かう。
「――え?」
そこには、顔が崩れ、胸は裂け、足が切り落とされた少女の姿があった。少女の白い髪には赤色の染料が付着し、腕はあらぬ方向に曲がっている。
甲板は飛び散った大量の血で暗い赤色に染まり、崩れた赤黒い塊や乳白色の管、鮮やかな黄色い何かや赤色の何かが混ざり合ったものが散乱していた。
「油断、し、た……、かはっ」
「ノルンだろう!? 下手に動こうとするんじゃない! 意識があること自体がおかしいんだ! 話すだけで吐血までするんだから、何もしないでくれないか!?」
ホースから水を出すように切り裂かれた足の断面からは血が噴き出し、散らばる内臓は痛々しい。見ている方の精神が削られるほど、無残な姿をした第九艦隊総司令官がそこにいたのだ。
目も開いておらず、仰向けになった顔には口から吐かれた血が多く付着し、もはや誰かの判断すらも難しい。
「舐め、ないで……。出血多量、なんかで死ぬほど、私は弱くな――う、あっ!」
「強がるな! ボクの前で死ぬのだけは許さないんだからな! すぐにでも、どうにか……」
――手遅れだろう、というのは、ルシファーにだってわかりきっていたことだった。
内臓まで吹き飛んだ少女が生き残れるはずもない。ここまでの状態で意識があり、話せているだけで奇跡だ。タイプチャイルド故の耐久性だろうが、それでもこの傷で生き残れるはずはなかった。
今のノルンに待っているのは、アハトの凶刃だ。身動きも取れないノルンはもう、死を待つだけの達磨だった。腕が残っていても内臓のほとんどが吹き飛んでいる状況で動くはずもない。腕と足を失った者を達磨と呼ぶのだとルシファーは昔誰かに聞いたが、今のノルンはその達磨というものなのかもしれない。腕は動かず、ないも同然。無論切り離された足はどこにもない。
「――あなたは、多分、ルシファー……か。この、世界は、私は、いいから……、あなたに妙に懐いてる、ティルだけでも、よろしく……ね?」
「まだ死ぬときじゃないんだ! だから、待ってよ、待って! 第九艦隊は、この『Flotte&Festung』はどうなる!? 君無しでは、アハトと隔離してもどうなるか……、――っ?」
幾ら言っても、返事が返ってこない。見れば溢れ出る血は止まり、既に彼女は、ノルンは動かなくなっていた。彼女は、もう事切れてしまっていた。目を閉じてくれていたのが、せめてもの救い……だったのかもしれない。
――なぜ、こんな残酷なことができるのだろう。
「アハトッ……!」
ルシファーが上空を見上げると、紫色の瞳を輝かせ、左腕をなくした少女が光の刃を手に突撃してきていた。
断面から噴き出す鮮やかな血が青空に線を描き、地表へと雨のように落ちていく。
そんな芸術は、美しくも何ともない。
「今の私にはすべてが見える! 隠し通せるものなんてない! もう逃げられないぞ、ノルンッ! お前が世界からいなくなるんだって、『あの人』も消え去るんだって、ジーナと一緒なら実感できる! ねぇ、そうでしょ!? ジーナ!」
戦艦アルフレートの甲板に着地したアハトは、深紅の瞳を鋭く尖らせて自身を睨むルシファーになど目もくれず、ただ虚空に向かって叫んだ。
ノルンはもう死んでいるというのに、「逃げられない」とは何なのか。死体が歩くとでもいうのか、そこまで錯乱しているのか、と、もはやルシファーはアハトに対し、憐れみに近い感情を抱いていた。
「ジーナぁっ!」
アハトが虚空に向かって叫んだ言葉に、返ってきた答えはなかった。誰の声も返ってこず、噴き出す血が甲板に飛び散って跳ねる音……、水をまき散らすような、その色が赤でなければ落ち着くような音だけが、アハトとルシファーの耳に入る。
「答えてよ!! その通りだって、私の言う通りだって、全部が私の思い通りだって、肯定して! あなたが私なら、あなたの考えることは全て、私と同じじゃなきゃいけないの!」
どんな音も、アハトの耳には届かなかった。流れる血の滝、吹く風の音、自然音だって入ってはこない。
しかし、聞き慣れた声は、待ち望んだ声は、突然聞こえるものだった。
『もういいって、何度言わせるの? アハト……いや、ジーナ?』
「――っあ……」
1度は拒絶し、消えた『ジーナ』のような何かの声が、再びアハトの耳にだけ響く。
その声は、彼女を『アハト』とは呼ばなかった。
「私がジーナで、お前は……、私は……? 私は、誰で……、私は……」
彼女はもう、自分を失ってしまった。自分がジーナなのか、それとももう別の少女なのか。本当にそれは自分なのか、本当の自分は誰なのか。
本物のジーナに『ジーナ』と呼ばれたことで、彼女はもはや自分がわからなくなってしまったのだ。
困惑の声を繰り返し、自分を探す彼女の頭の中に、ジーナは語り掛ける。
『――もうあなたを、親友だなんて思いませんから。あなたにとって都合のいい女と妄想の中で戯れてるのがお似合いです。死んでる私は、もう……あなたのことなんて、知りませんから。そして、あなたのことはもう、2度と考えてなんてあげませんから』
言葉は凶器だ、とは、よく言ったものだ。人を簡単に変えてしまう。
ジーナの言葉は、偽物の『ジーナ』を更に深く狂わせるには十分すぎた。
「私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
狂乱の叫びを上げ、左腕を失った少女は手に持ったビームナイフを何度も自身の体に突き立てる。
「出ていけ、出ていけぇっ! 私から出ていけぇぇぇぇっ!! 私は――!」
「もういい、喋らないで、消えてもらうから」
狂った少女の叫び声は、彼女が言い終わるより前にルシファーの声により遮られ、その先の言葉は聞こえなくなった。
その理由は、「叫んでいた者が消え去ったから」だ。
彼女が叫びながら、狂ったように自身の体のあちこちをナイフを突き立てていた時、それを見かねたルシファーは、彼女を闇の球体に包み込んだ。中が見えることもない、完全なる漆黒だ。声も通さず、包まれている間は何の干渉も受けない。そのまま、対象を別のどこかへと転送してしまう。
大方、その者にとってのゆかりの地へと飛ぶだろうが、彼女のことなんてルシファーにはわからない。
――いや、知る必要もない……の、間違いか。
「次は、この『世界』だけど……」
準備は済んでいる。だが、今転送してしまっていいのだろうか? 世界全体を一気に動かすようなことを、今してしまっていいのだろうか?
ルシファーが悩んでいる時、少女の声が耳元で囁かれた。
「玄関口であるノルンがいない……ということ、です。……つまり、もうここに入る手段は、誰も持っていないということ、です」
「ティル!? 近いんだが!?」
「仕返し、です♪」
驚くルシファーに、軽く返すティル。
「いや、それよりだよ? 入る手段がないってことは、艦隊も世界も移動させる必要はないってこと?」
ルシファーの質問に対し、ティルは縦に頭を振る。
「でも……です」
「なっ!?」
不意打ち、だった。一気に距離を詰められた時点で、気付くべきだったのだ。
「私とあなただけは、天界にでも転送してもらえると嬉しい……です♪」
抱きついてきたティルの言葉を、拒絶することなんてできなかった。何より、ノルンにも言われたのだ、「ティルだけでも」と。
ならば、拒否する理由はどこにもあるまい。
「……まったく、……暗くなるから、気を付けるんだよ?」
『世界』はある。マルクもいる。他の第九艦隊の者が死ぬことは恐らくないだろう。
ノルンの亡骸は闇に包み、この世界から消し去った。こんな弔い方しかないことを、許してほしいと心から思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
これで、ルシファー襲撃から始まった1連の激戦は、終戦を迎えたのだった。
ティルとルシファーの幸せな日々は、これから始まる――。
「……これはガールズラブか……?」と疑問形な天之帝です。またも主人公不在って正気でしょうか? まだ8話ですよ?
さて、8話でした。アハトVSノルン、ルシファーさんとティルの活躍が多くて私の心も温かくなってきます。
アハトもノルンもかわいそうでなりません。これは前回最後ののじゃ口調の方の話を信じると夢の中らしいですけど、それなら現実にもいるかもしれないってことですよね? みんなの再登場はいつですかね? 来年くらいでしょうか?
今回のサブタイトルはのじゃ口調の方の言葉ですね。今回未登場ですが、まぁこの状況を見てますので。
はてさて、どうなることやら……。




