平和的解決(物理)
「何をコソコソと喋っているんだい? はっ、僕たちを恐れて直接声を掛けられない気持ちは分かるがね!」
と、自称勇者のユー・シャーさん。
うっわー、なんというか、凄い自信だわね。
その様子ににハーグスとガータスも苦笑している。
「まるでセナみたいな自信満々さだな」
「あぁ、まるでセナみたいな自信たっぷりさだな」
え? 私って端から見るとあんな感じなの……?
私が愕然としていると、その様子が『恐れている』ように見えたらしい。自称勇者が明らかに調子に乗った。
「ふん、史上最速でEランク昇級か。どうせその顔と胸でギルドマスターをたらし込んだのだろう?」
いや、何が楽しくてあんな脳筋マッスルに媚を売らなきゃならんのか。むしろ罵りあった仲ですが?
コソコソとハーグス・ガータスとの会話を継続する私。
「というか、ここの騎士団長にも似たようなこと言われたたけど、私ってそんなに弱そうな見た目なの? 実力じゃなくて顔で出世したようにしか思えないの?」
「……う~ん、セナは線が細くて筋肉付いているようには見えないからな」
「あと、顔はいいからそっち方面だと思われるんだろう。中身はともかくな」
「あーん? 私の中身がどうだってー? 返答によっては宣戦布告と受け取るぞー? 表出るかー? 顔の原形留めないぞー?」
「……そういうところだよ」
「そういうところだな」
なぜだ。
「――いいかげんにしろ!」
私たちがコソコソ話を続けているのが気にくわなかったのか、ユー・シャーさんが怒りをあらわにしながら私の手首を乱雑に握った。
おー、すごい。冒険者って(騎士や貴族と比べれば)気がいい人が多いけど、こういうのもいるのねぇ。
手首を捕まれたのに慌てもせず、恐がりもせず。私の反応の薄さにさらに怒りが増したのかユー・シャーさんがまくし立ててくる。
「ふん! どうせその顔と胸で『暁の雷光』も籠絡したんだろう!? だが、あいつらはもう頭打ちだ! 僕らのところに来ればSランクも夢じゃないぞ!」
下卑た目で私の顔と胸を見ながらそんなことをのたまうユー・シャーさん。いやもう呼び捨てでいいか。
しかし、これはヤバいわね。
近くで男性が激高しているから、ではなく。
腕を捕まれてしまったから、でもなく。
暁の雷光をバカにされて、ハーグスとガータスの怒りが頂点に達したのだ。
いやいや、あなたたち自分でもニッツたちをバカにしてたじゃない? あれか? 「俺たちがバカにするのは良くても、他の連中がバカにするのは許せねぇ!」的な? テンプレライバルキャラみたいな?
据わった目で腰の剣に手を伸ばすハーグスとガータス。そんな二人の様子にまったく気づかない、自称勇者のユー・シャー。ことが始まれば一方的に切り捨てられそうね。
いくらなんでも刃傷沙汰はマズいのでは?
ここは平和的に――
――ぶん殴る!
なぜなら刃物を持ち出されるより殴った方が平和的だから! あとさっきから腕を掴まれたりエロい目で見られてとても不愉快! セクハラ野郎には死を!
「チェストォオッ!」
ユー・シャーの頬に騎士団で鍛え上げた右拳を叩き込むと……彼は面白いように吹っ飛び、テーブルや椅子をなぎ倒しながら転がり、壁に叩きつけられてやっと止まった。
いや、弱っ。弱くない? 一応Bランクパーティなんでしょ?
「……あいつは確かに弱いが、」
「むしろ、セナが強すぎるだけじゃないか……?」
なぜだかドン引きするハーグスとガータスだった。私が殴ったのは二人のためでもあるというのに。刃傷沙汰を避けようとしただけなのに。なぜだ。なにゆえだ。
ま、でも、悪は滅んだ。いやさすがに死んではいないけど、滅んだということにしましょう。
というわけで私が意気揚々と受付に行ってダンジョンに入りますよ~報告をしようとすると……私の肩が、ガッシリと捕まれた。
「――冒険者同士の喧嘩は、ランクを一つ落とす。忘れたわけじゃねぇよなぁ?」
巌のような声が響いてきた。いや声に対して『巌』という表現はおかしいかもしれないけど、巌としか言い表せない厳つい声だったのだ。
ギギギと振り向いた先にいたのは脳筋――じゃなくて、ギルドマスター・ギルスさんだった。
「あ、アハハ……。そうでしたっけ?」
「冊子を渡しただろうが。公爵令嬢なんだから『字が読めませんでした』なぁんて言い訳は無理だぜ?」
「でもでもー、あんなセクハラをされて黙っていろとー?」
「せくはら……? とにかくだ、喧嘩するなら俺らの目がないところでやれって言っているんだ。規則がある以上こっちだって見逃すわけにはいかねぇんだから」
やれやれとギルスさんは首を横に振り、
「――セナ、それとあのバカは一ランク降級処分な」
そんな無情な裁定が下された。それじゃあダンジョンには入れないじゃん……。
……ま、ユー・シャーも一緒に降格するならまだマシかとポジティブに考える私であった。