第10話
第10話
「どうですか、あるとさぁん! 吉尾さん、制服似合ってますか? わたし、カワイイですかぁ? エヘヘぇー」
校舎へと続くなだらかに蛇行した林道で、春の木漏れ日を受けクルクルまわるジル子。
寝不足の俺には睡魔が囁く春の朝陽ではあったが、スカート丈を気にせず健康的な絶対領域全開ではしゃぐジル子のおかげで眠気を抑え込めていた。
「姫騎士ドレスよりはいいかなぁ。ってか、あの衣装脱げたんだな」
「うんうんっ。すっごくにあってるよぉ~! ぱんつも見えて、超可愛いよぉ~ジル子ちゃん」
俺より睡眠時間が短いはずの吉尾さんは、スマホ片手にアクティブカメラ女子と化していた。
「ほらほら、もっと褒めてあげなくちゃ。麻生クンのためにおめかししたんだから」
俺が爆睡している間に、峰倉先生からジル子の制服一式を丸投げされた吉尾さんが世話を焼いてくれた。あなたこそ誉められるべきです。
「ありがとう吉尾さん。助かったよ」
「わたしはいいんだよぉ、もっとジル子ちゃんを褒めてあげて」
数メートル先で両手を後ろ手に組み俺達を待つジル子。
「ぜってー付け上がるのでイヤです」
とは言え、絶妙な角度で身体を『くの字』に傾けたポージングは、さすが等身大美少女フィギュアといったところか。
化学繊維とは思えない綺麗なブロンドがサラサラと扇を展開させ、頭に刺さった剣を差し引いても息を呑む可憐さだ。本人には絶対伝えないが。
「あるとさんっ、わたし友達たくさん作れますかね?」
「ある意味みんなジル子に興味津々だろうな」
「そうですかぁ~、エヘヘぇ」
クネ照れとカワイイな。本来の目的を見失っているようだが、本人が楽しそうならいいか。
「ジル子ちゃんはわたし達と同じクラスだって峰倉先生言ってたよね。良かったね」
「はい。あるとさん、吉尾さん、よろしくお願いしますねっ!」
百点の笑顔で言われては首を縦に振るしかないだろう。ジル子と吉尾さんはさっそく手をつないでキャッキャウフフしている。
「お前、テンションすごいな」
「はいっ! もう、すべてが新鮮で。自由に動けるって素敵ですね! あっ、モンシロチョウですよ、あるとさん」
学校に着くまでの約十分、物の名前を知った幼児みたいに目に入るものは片っ端から俺達に報告してきた。岩だったコイツがどうやって知識を得ていたのか知らないが、簡単なことではなかっただろう。
「……ここが『学校』ですかぁ。わたし、ちょっと緊張してきました」
息つく暇もなくはしゃいでいたが、太い円柱に支えられたピロティ形式の校舎を見上げ息を呑むジル子。
白を基調とした外周にデザインタイルが埋め込まれ、シックな円い大時計の上には朱鴒天学園の校章を模した紅いレリーフがワンポイントで鎮座している。
吹き抜けた柱の先はキレイに整備されたグラウンドが覗き、俺達が歩いてきた森林公園的スポットとは校舎を境に別エリアと化していた。早めに寮を出たのが功を奏したようで、校舎へ吸い込まれて行く生徒の姿はまばらだ。
「お~! これが『下駄箱』ですね。でもわたし達下駄は履いていませんし、今風に言うとなんでしょうね?」
考えたこともなかったわ。
「あっ、わたしコレ知ってますよぉ。QEDってやつです。心臓をなんかするんです」
「とどめさしてどうする! AEDだ」
得意げに胸をはるジル子。ここまで清々しいとかえって微笑ましい。
と、事程左様に再開されたハイテンションは、校舎に入ってから職員室につくまで途切れることなく続いた。
職員室へ入ってみれば、整頓された教職員の机が並ぶデスク平原にただ一角、中学時代から見慣れた乱雑に積みそびえるファイルマウンテンが目に入った。
「ヤツはあそこか」
ホームルームの準備で慌しい教員に遠慮しつつ峰倉山を目指す。
「三人とも遅刻はしなかったか。マイネッタ君、制服似合っているぞ」
「エヘヘぇ~」
朝別れた時はお疲れ全開で心配したが、挨拶を交わした峰倉先生は俺の知るいつものクールビューティーチャーに戻っていた。腐っても社会人なんだな。
「先生もなんかアレですね。うん、ちょっと見直しました。俺」
「なんだ麻生。朝からポイント稼ぎか? 言っておくが教師は攻略対象外だぞ」
毎度毎度伝わんねぇなぁ!
「それでは先生。私達は先に教室へ行きますので、ジル子ちゃんの事よろしくお願いしますね」
「美芸クラスはC棟だぞ。まぁ、吉尾がいれば大丈夫か。あぁスマン、配慮が足りない表現だったな。そういう意味じゃない」
生徒の心情に無頓着な印象のある峰倉先生だが、吉尾さんのちょっとした表情を読み取ったのだろう。俺も一瞬、何のことか理解できなかった。
「わかってますよ先生。この吉尾美緒、新一年生として心機一転、麻生クンのサポート役を見事果たして国の半分をいただきますねぇ」
わずかな意趣返しがこもった冗談で返す吉尾さん。
「じゃぁ行こうか麻生クン。失礼しまぁす。ジル子ちゃん、またあとでねぇ」
「失礼します」
一礼し退室したとたん、どっと疲労と静けさが降りかかってきた。よほどジル子が騒がしかったんだなぁ。しかし、ここからは誰にも邪魔されない吉尾さんとのヒーリングタイムだ。心なしか時間の流れもゆっくりに感じる。




