第 9話
第9話
「な、何するです? あるとさぁん」
リス頬のまま非難めいた口調で徐々に台座へと姿を変えるジル子。
「ど、どういう事? ねぇ、こんなの変だよ」
白煙の中、見た目『荒削りながらも品格のある岩』へとモーフィングを果たす少女を目の当たりにし、さすがの吉尾さんも面食らっている。当然の反応だろう。
「わかってもらえたかな、吉尾さん。この通り、ジル子の正体は岩ってか硬い粘土? この大きな庭石みたいのが『の方』状態」
「失っ礼ですねぇ! ラドール・F・マイネッタですよぅ」
「うるさい長ぇよ、ジル子で十分だ。その石粉粘土成分をとっぱらってから出直してこい」
「剣抜いたのに血が出てない! どういう事? 麻生クンっ」
え、そっち!? ジル子が岩になったとこ驚きましょうよ。今度は俺がどういうことだと返したい気分だ。
動じない吉尾さんに対し、これならどうだとばかりに岩ジル子へ剣を刺す。先ほどと同様に吹き上がった白煙の中、人のシルエットが形成されていく。
「まったくもうですっ、あるとさん! わたしで遊ぶのはやめてください」
文句を言うならまずその両手いっぱいの菓子を置け。話はそれからだ。
「そうだなぁ……吉尾さん、アーサー王伝説って知ってる?」
「岩に刺さった剣を抜いて王様になった人のお話でしょー」
「そう。で、もう一度言うけど、この菓子を抱え込んで威嚇してる娘が『剣の刺さってた岩』なんだ。え? 何を言ってるのかわからないって? うん、そうだね」
俺に剣を抜かれまいと片手で頭を押さえガルルル唸っているジル子。菓子を抱えた手の方が疎かになって、バラエティに富んだ個包装がポロポロ逃げていく。
「彼女さんは食いしん坊ヒロインなんだねぇー」
小動物を愛でる表情でジル子を見守る吉尾さん。
「よく見て? そんなカワイイもんじゃないから。ガルルルとか言ってるから。あと、彼女じゃないんだ」
なおも威嚇する食いしん坊ヒロインに、ヘッドロックの要領で首を抱え込む。
「よーしよしょしょしゃしゃしゃしゃ」
対動物のスペシャリストのごとく、器用にシワの寄った眉間へと指を這わして親指の腹で優しく上下に撫でてやるも、
「な、なにするですか!」
菓子の確保を諦めたのか、赤い顔で「ぴやっ!」と両手を振り上げ、ムツゴロウホールドを振り払う。なだめる意味でやった行為が逆に悪化させてしまったようだ。
「私には彼女と仲良くじゃれ合っているようにしか見えないんだけどなぁ」
心外だが、傍から見るとイチャついてると解釈されてしまうらしい。
「んーっとぉ、じゃあ麻生クンが背負ってた剣がエクスカリバーでぇ、麻生クンが王様ってコトぉ?」
細い顎で人差し指をしならせ、弾むショートを右に左に虚空をみつめ逡巡する吉尾さん。あーもう、カワイイなぁ。
「ごめん、説明が全然足りてなかった。えーと、図にしたほうがわかりやすいか」
放り出していたカバンからノートを取り出し、関係図を描いて説明すること数分。
「吉尾ちゃん、理解しました!」
険しい顔でビシッと右手を上げる吉尾さん。
「理解できちゃったの?」
「麻生クンが彼女さんに挿したことで新しい生命が誕生してぇー……」
「待って待って、入りからしてすでに首かしげちゃうから。他人が聞いたら誤解しちゃうから」
「一人暮らしそうそう飛ばしすぎだぞ麻生」
こんなふうにな。
「よーし、上等だお前ら、夜通し徹底的に説明してやる! 理解するまで帰さねぇ」
翌日早朝。
結局、俺とジル子の関係説明には、言葉通り夜通しかかり。
「……麻生よ、女子三人を朝まで自室に軟禁とか正気の沙汰とは思えんのだが」
「いや俺もね、延々ボケ倒してくるとは予想外だったんですよ」
もともとノートでの説明だけで済む話のはずなのに、ラブコメでありがちな男友達ポジション的勘違いでなかなか話が進まなかったのだ。
「あのままアンタ達を学園に放ったら誤解が尾ひれ塗れになってますよね?」
あらぬ噂で俺の学園生活がメチャクチャになるのが予想できたので、彼女達には悪いが徹夜で正確な相互理解を持ってもらった。
「で、今さらりと自分も女子にカウントしましたね? いくら眠くても聞き逃しませんよ」
テーブルに伏してすやすや寝息をもらす吉尾さんと、頭に剣が刺さった惨殺死体が床に倒れている様にしか見えないジル子に毛布を掛けつつ、JKに混ざろうとする二十代半ばの女教師にインスタントコーヒーを淹れてやる。
「チッ」
小さく舌打ちしましたよ、この女。これだけ面の皮が厚ければ毛布はいらないだろう。
「だいたいの事情は飲み込めた。ラノベチックなオカルト現象の結果、等身大美少女フィギュアと同棲生活。しかもライバル校の人気トップが因縁の相手というわけか」
「珍しく正解率が高いですね。徹夜で奮闘した甲斐がありましたよ」
コーヒーを飲む横顔と艶っぽい後れ毛に、お疲れの様子が現れているな。
「学園長がマイネッタ君と何を話したのかは知らんが、うちの生徒になる事は決定事項だ。学園長からそう言われているからな」
「マイネッタ……あぁジル子か。ところで学園長ってどんな人なんですか? 岩ジル子を入学させたり、峰倉先生を雇ったりそっちの方が正気の沙汰とは思えない」
「そう褒めるな、麻生」
フフと鼻で笑うと、湯気で曇ったレンズを拭い、ゆっくり眼鏡を掛け直す峰倉先生。
「何度でも言いますよ先生。褒めてない」
決め顔でなに言ってんだこの人。
「がっつくな麻生。イヤでも今日から学園長とは毎日顔を合わせるのだから」
説明が面倒臭いんだろうな。
「私は先に出勤するが、お前たちは登校まで少し寝ておけ。あ、吉尾にイタズラするなよ」
「するわけないだろ!」
眼鏡のフチから見え隠れするクマの割合にしては冗談を言う余裕はあるようだった。
峰倉先生と違って女の子には朝の準備が必要と判断した俺は、断腸の思いで気持ちよく寝ている吉尾さんを起こし、自室へ戻ってもらった。寝ぼけているようだったけど大丈夫だろうか。
ふたりを見送ったあと。振り返った牙城は静寂が広がり、薄暗い部屋ではカーテン越しに差し込んだ朝日に反射してホコリがキラキラと舞っていた。
かぶりを振り、宴の、おもにジル子が食い散らかした菓子類の後片付けを済ませる。
「さて……二時間くらいは寝られるかな」
誰に言うでもなく呟き、俺も時間まで雑魚寝することにした。




