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六十八話「激闘! 炎のライブ会場」

 誰もが、一目散に逃出した。僕はその場に立ち尽くした。


「マギア・ユスティシア!」

 ロデリックの叫びが響渡り、いつの間に背の高い一人の老人がステージの上につっこむ。

 足音すら聞こえなかった。奴は、魔王の体に腕を回すと、そのまま人形のように脇に抱えこみ、一目散に前方に飛去ったのだ。

 あまりにも急なことに、現実味がない。しかし振返ってみると、もう魔術師はこの学校の敷地からどんどん去って行った。

 杖を持っていないことからすると、魔術の力で飛んでいるに違いない。

「待て!!」

 僕はポケットからいくつか石状の物を取りだし、ロデリックの逃げようとする方向に投げる。

 それは魔術の力を人為的に、注入した道具。

 杖と同じように、人が魔術を研究する上で生んだ存在。

 最初ピンポン玉みたいな質感しかなかったそれは、空気を突破つきぬける時は銃弾の鋭さと速さを兼ね備え敵の背中へと。


 わずかに体をそらし、こちらへと顔を向ける。怒りと驚きの形相。

 僕はさらに石を投げる。二弾目は絶妙な姿勢の崩れを逃さなかった。脚をかすめ、若干の負傷を与えたらしい。

 ロデリックはその位置で止まり、しずかに降下していく。マギアの体を決して離さず、いやますます強く挟みこんで

 僕は彼に向かって走った。すでにあたりに人影はなく、藍色の空ばかりが逃出すことなく冷たく見下ろしている。あいつがそのまま逃げ出さなかった理由は、考えなくても分かる――

 斜上から閃光が横の地面に数回噴きつけ、火柱を挙げた。しかし、めげずに奴の顔をにらみ続けようとする。

 ロデリックは砂地の上に着地。すでに距離は数メートル。数メートル先にマギア。手はとどかない。

「小僧……」

 あたり一面、炎ばかりが灯の役割を果たしている。校舎の窓にはどれ一つとして光がともってはいない。

 急に、異世界に迷いこんでしまったかのよう。


「マギアを……返せ!」

 こんな時に、高尚な発言を挑む技能などない。

「中村翔吾と言ったか……」

 攻撃しなきゃ。でもどうやって? あっちには人質がいるんだぞ……?

「貴様のことをすっかり忘れていたよ。この世界の危機を知る数少ない人間だ。この女と関わってしまったばかりにな……!!」

 その声は悔やんでいるのか、悲しんでいるのか。奥に何かひっかかったものがある。

 けど、知ったこっちゃない。

「お前を始末せねばならん。箝口くちふうじのためだ」

「やれるなら……やってみせろ!」

 僕は呪文を唱え、より身軽になるように体の動きを速める。

 急に、肌をかする風が一層冷たくなった気がした。奴の怒気が動脈よりも近く迫り、しめ挙げてくる。

「私にはこの女が必要なんだ!」

 叫ぶロデリック。

「貴様にはここで死んでもらう!」

 破裂する地面。

 煙が噴きあがるや、周囲に毛むくじゃらの化物が次々と現れる。咲がなったように、太い腕とずんぐりした胴体を兼備えた敵が六匹、八匹と。

 ……どうすればいい。あの弾はもう数発しか残ってない。雷や炎で無力化させるにも時間があまりに足りない。使える呪文は?


「私たちを忘れてないかしら?」

 真上からエリアーデの声がとどろく。途端、化物の一匹が赤い炎を噴いて遠く吹飛ばされた。

 そのそば、人間の身長くらいある刃物が一匹の頭に食いこみ、腰にまで引裂く。


「ずっと分かってたのよ……あんたがここに来るってこと!」

 例の二人が、僕の前に立ってロデリックに構える。

「ロデリック卿、マギアを放すっす!」

「ええい! 貴様らが世界の危機が早まるのだ!」

 まるで、誰かにやらされてるみたいな声。

 ロデリックがさらに憤り、青く光る魔法陣を自分の立つ位置に発生させた。

 幾何学模様が網目のように浮上がり、魔術師の体を包む。

 これがあの防御魔術か。

「翔吾、あなたは下がってて」

「でも、魔王が!!」


「マギア・ユスティシアは私たちが何とかする。あなたは後を守りなさい」

 背後に気配。

 僕は脊髄反射的に、もう一弾の球を目の前にまで飛びかかってきた化物に投げつけていた。

 うめく化物が一瞬動きを止めた尻目に、すかさず詠唱。


「雷撃よ虚空より生じよ、敵を幾重にも撃って焦がせ!」


 呪文が本物の事象を生みだし、電撃の縄となって絡みつく。

 もろに化物がぐったりと倒伏し、そのまま黒い塵になって四方へと散る。

 何て非日常的な光景だろう。

 しかし僕はただ魔術を行使するだけじゃない。先ほど身軽になる魔術のおかげで僕は獣たちの腕や脚をさっさと避けることができるのだ。

 僕が囮になってその奴らを引きつけていると、横や背後からアレクサンデルが斬りつける。その巨体のわりには、身悶するくらい動きが鋭く、無駄がない。

 柄で殴りつけると、頭が思いきり陥没させた化物がのたうち回り、他の数匹を巻添にして倒れだす。


 ロデリックが全方位に展開した魔法陣が急に砕け散り、破片が僕の肩にあたった。ドッチボールをぶつけられた感触だ。けど刺されたとは思わない。

 地球上には少なくともこんな物質、存在しない――

 

「束縛せよ、不可視の牢獄!」

 地面を揺らす音が耳をつんざいた。

 神殿みたいにいかめしい檻が老人に覆いかぶさる。これはほぼ、魔術を越えた魔法の域に達していると見て間違ない。


「これで身動はとれませんね? ロデリック卿……!」

 エリアーデの声には、はっきり皮肉の調子がある。

 かつて


「頼むっす……マギアを開放するっす」

「解放だと? 世界の危機が早まるのに、開放するだと!?」

 ロデリックは怒りに任せて怒鳴り散らした。

 最初のあの澄ました顔など、どこにもない。


 魔王を地面に投げ、真正面から僕らを見すえる。


 その直後、魔王が目を覚ましたらしい。しばらく虚空をながめ茫然うとうとしていたが、ロデリックの

 ロデリックは懲りたかのように、

「やむを得んが、こいつを殺すしかあるまいな」

 マギアは声を発することもできず、ただ喉を鳴らすしかない。

 そんなマギアを片手でつかみ上げ、もう片手をのど元に。

「やめろ!」

 耐えられない。


「世界のためだ。世界を救うためだ」

「あ、あ……」

 マギアの頭があごから震えている。

「なぜ、私が貴様を殺そうとするか分かるか?」

 このに及んでまで、僕を完全になめてやがる。

「魔王を悲しませたいからだろ! いい加減にしろ……この畜生……!」

 僕はこのまま、ロデリックに体当を食らわせてやりたかった。世界の危機なんてもはや羽毛の話題だ。

 なぜ、マギアがこれほど僕の心に重く響くのか、それすらも疑問にならなかった。

 なのにこの魔術師は思わせぶりに、

「奴に絶望を与えるためだ。奴にはまだ希望があるが……私は奴を……」

 一体の誰のことなんだよ。

 魔術師は、魔王の首筋をしめあげた。

 ぐりぐりと嫌な音がした。

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