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六十九話「あっけない閉幕、あわれ魔王の苦悶」

 悲鳴が光の柱の間、向こうから聞こえてきた。

 一瞬、魔王のかと思った。けど、違った。

 ロデリックは姿勢を崩し、すでに砂地に倒れ伏している。

 僕はその側にまで走寄ろうとして、いつの間にアレクサンデルに痛くなるほどの力、肩をつかまれていた。

 誰があいつにとどめを刺した――

「ロデリック卿。まさかここまで落ちぶれるとは思わなかったぞ」

 偉丈夫と言うべき、堂々とした若者の宣告。

 僕が知っている、誰の言葉とも違う。

「いずれにしても、これで王国の反逆者であることは論を俟たない。マギア・ユスティシアを勝手に始末した罰だ」


「き……貴様……!!」

「だ、誰?」 困惑するその時に限って、さらにアレクサンデルの力が硬直したみたいに強まる。

 静止しているというより、明らかに目前の事態に理解が追いついていない。

「今まで消息不明だったはずが、なぜここに……!」

 目の前の偉丈夫は、暗闇でもよく分かるくらい光沢をめぐらす金髪で、腰には長剣をはいて、深緑のマントをはおっている。

「消息不明? 最初から私はこの街にいたのだぞ?」

 言い終わった途端、ロデリックを包む、というより臨んでいる牢獄が一瞬で消去る。

「あ、あなた様が最初からここに!?」

 完全に周章狼狽のエリアーデ。彼女さえも驚愕で著しい混乱をきたしている。

「どういうことですか? なぜ、私たちに居場所を教えてくれなかったのですか!?」

「理由など必要あるまい……」


 吐捨てるロデリック。


「魔王を殺さねば世界の融合が起きるのだぞ……分かっているのか、コンスタンティン!」

 コンスタンティン――エリアーデが言っていたな。魔王を一時は討伐しかけた、勇者。

 この世界の危機を最もよく知る人間が、今、ここに。

 心臓の鼓動までもが微細(ささい)なことでしかない。

「魔王を殺せば、世界の融合を起こす技術は絶える! それを、なぜ貴様は!!」

 何とか屈辱に耐えながら、それでも自分の望みを突通す覚悟らしい。

「残念だが、敵はどうやら魔王の存在などさして重要だと思っていないらしい。あくまでこの世界を破滅させることらしいからな」

「敵?」

 僕は、ようやく

「お前は直接見知っているのだろう? その敵とやらを」

「教えてやる義理はない。いずれにしよ私には破滅する道しか残っておらんのでな」

 誰も、返事をしようとしない。


 閃光が四方に飛び散り、燃える音をあげつつ地面に刻まれていく幾何学模様。

「いざ、ここに降臨(おりたつ)がいい――」

 何の呪文か分からないが、危険なことだけは分かる。ここから逃げ出さなきゃ――とついに脚が動いた時、

 この男、すなわち真の勇者コンスタンティンは目にも留まらぬ速さでロデリックのみぞおちに蹴りを入れていた。

 魔法陣の光が瞬時に消える。

 予想しないことの連続に目を奪われていたが、視界が一気に暗転して何も見えなくなり、

「お……おお……!!」

 聞こえるのは、ロデリックの血へどを吐く声。

 数秒後、勇者は静かに闇夜に告げる。

「顕現しようとしても無駄だ。もはやお前には魔力がない」

 エリアーデもアレクサンデルも、微動だにしない。

 今遇ったばかりだというのに、この勇者がまるで僕の因縁の深い人間のように思われてならなかった。

 何しろ、勇者とばかり呼ばれてたからだろうか。冗談ではなく、この男は……異世界人が頼りにする……勇者。

 もはやそれ以上に、ロデリックの声が聞こえることはなかった。


 勇者は僕に近づいてきた。

「少年、また会ったな?」

 一切の容赦を見せない、碧眼。金髪もそれに釣られて、より合わせれば鉄を絶てるくらい頑丈に見える。

 近くで見ると、この勇者は男の僕でも見とれるくらい美しく、いかめしい。

 だからすぐには思い出せなかったが、聴憶がある声だった。ずっと前に、どこかで。

「あの時に比べると幾分か大人になったようだが……まだ青いな」

「勇者……コンスタンティン」

 僕がかろうじて紐解いたのがその名前。

「中村翔吾。なぜあの時貴様を止めなかったばかりに、こんな現状になっているんだぞ」

 そうだ。その時だ。僕があの夜、米倉清助の家に忍びこもうと道を歩いて来た時、この男は僕に声をかけたのだ。フードをかぶっていたからはっきりと顔を窺(うかが)うことはできなかったが、声、そして艶のある金髪は心の中のそれとぴったりと一致していた。


 ――


「こんな時に勇者演技(きどり)か?」


 突然、後から大人の声。

 恐怖に駆られ、静かにふりむくとローブに身を包んだ一人の男。

 顔は布に隠れ見えない。ただわずかにはい出た髪の毛が艶を帯びるように光る。


「やめとけ。あの娘の正体を知らないのならな」


 ――


 こいつが何を知ってるってんだ。

「勇者様。彼はマギア・ユスティシアと密接なつながりがありました。奴がどのように生きていたか、現時点で最もよく知る人物です」

「エリアーデ、お前には訊いていない」

 勇者は冷たい声で他者の干渉を退ける。

「彼は数ヶ月マギア・ユスティシアと交際のあった人物っす! 確かに我々の知りえないことに関係(かかわり)があるっす!」

 アレクサンデルの説得にも耳を貸さない。

 魔王の声が、聞こえ出す。

 耳をじっと澄まして、ようやく聞こえるかすかな微声(ささやき)。

「何だよ。私にこれ以上何をやれってんだ……?」

 その場に三角座をしたまま、顔を見せようとも。

「もう私は違う……」 絶望と悔恨に深く沈んでいる。

「マギア……」


「そこにいるのはマギア・ユスティシアではない」

 勇者の声は、さらに手厳しく。

「マギア・ユスティシアを模した複製品だ。というよりマギア・ユスティシアはもう死んでいる」

 僕はその否定で一気にかっとなった。

 僕はマギア・ユスティシアという人間を知っているんだ。お前なんかより、ずっと。

「は……!?」

「し、しかし」

「何もかも手遅だ。マギア・ユスティシアがあんな手違で死んだあの日から!」


 どういうわけか、僕にはマギアに対する侮辱が自分自身への挑戦に思えた。

 あの日々がこんな、こんなひどい結果で終わるなんて、とても堪えられない。


「お前に何が分かるんだよ!」

 それを、『世界の危機』とやらを救おうとするこいつはたった数言で否定しようとする!


「お前こそ何が分かる。本物のマギア・ユスティシアと一度も会ったことのないお前に?」

 勇者の眼光はすさまじかった。

 まったく違う人生をたどった、いや誰よりも過酷な日を過ごした人間に、僕の怒りなど勝(かな)うはずもなくて。

「じゃあ、こいつは一体誰なんだよ……」


 ばきり、と何か板めいたものが倒れる音、嫌なかぼそい金属音。

 振り向くと、コンサート会場の壁が支えを失ってひっくり返っていた。


「片づけろ!!」

 悲痛に響渡る張先輩の叫び。

「片づけろ」

 数人の人影がその側にかけより、柱や梁が乱暴に打ち捨てられた跡地へと飛びこむ。

 竜造寺先輩や北野先輩だろうか。無言で機材を抱上げ、僕らには注目することもなく。

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